第32話 RENGEの初生配信その6

秋津ダンジョン地下第1階層。

"へるモード"。

そこに入って配信を始め、30分。

先ほど取り決められた役割通りに私たちは動いていた。


私がモンスターを倒し、

AKIHOさんがそれを実況・解説し……

そして視聴者さんはそれを受けて盛り上がった。


「おっと! 私たちの目の前の道を、なんとレッドキャップ10体が塞いでいますっ!」


「えいっ」


「……!!! 一瞬で、10体全てがまるで下あごを打ち抜かれたボクサーのように地面に膝を着いて突っ伏しましたねっ!? RENGEちゃん、今何をっ!?」


「あ、発生させた衝撃波であごを打ち抜きましたっ」


>速すぎて見えんwww

>RENGEちゃんが一瞬消えた・・・?

>いつの間にかレッドキャップの中心にw

>速すぎて草しか生えんw

>どうやって移動したし


「移動方法ですか? ただ一瞬足元で魔力爆発を起こしただけですね。そうすると爆発的な速さが出るんです。こんな風に」


>速っ!?

>RENGEちゃん!?

>今の一瞬で何メートル移動した・・・?

>魔力・・・爆発?

>おいおいまた新しい単語だよw

>爆発させる? 魔力を?

>どんどん革新的なモンが出てくるなw

>これだけ速度出せたらすごいことできそうw


「みなさんご想像の通り、魔力爆発は色々応用が効きます。もちろん分身もご覧の通り……少し増えてみますね」


フォンフォンフォンっ。


>ちょっwww

>RENGEちゃんが3人になったwww

>少 し 増 え て み ま す ね

>パワーワード過ぎるだろ・・・w

>忍者か何かですかw


「……RENGEちゃん! 次のモンスターが出てきたみたいっ! アレは……アラクネっ!? 女人型の胴体を頭から生やした蜘蛛型モンスター、VERY HARDモードの20階層付近のフロアボスが出現しましたっ!」


>こいつヤバいなwww

>上裸か・・・エッチだ

>アラクネさん美人じゃね?

>そうやって昔は男を騙してたんだとさ

>昔?

>本物のダンジョンがあった頃な


「確かアラクネは神経毒を持っていたハズ! 安易に近づくのは危険だけど……RENGEちゃん、いったいどう対抗しようっ!?」


「あ、はい。まずは女体部分の首を引きちぎります」


>ちょっw

>うわっ!?

>速い!

>いつの間に背後に!?

>安定の見えなさw

>ちぎった!

>ちぎった!

>ちぎってるwww

>うわっ・・・

>ノータイムで首をちぎった・・・!

>ヒェッwww

>グロいってwww!

>躊躇がなくて草


「これは本物の首ではないので出血の心配はありません。またこの顔の部分が感覚器になっているみたいなので、これで襲われる心配はなくなります。後は本体の蜘蛛の胴体……その中心部を思い切り地面に叩きつけると、」


ビターンッ!!!


「はい、このように仕留められます」


>アラクネェ・・・

>動かなくなった・・・

>普通の蜘蛛の殺し方と変わらんな・・・

>胴体硬いんだね、破裂しない

>やはりRENGE、汚れない戦い方だ

>清掃員の誇りが見える・・・




──とまあ、都度都度コメント欄の質問に答えたり、モンスターの倒し方についてを解説したりしていると、いつの間にか地下1階層の終点だった。




そしてその終点にいるのが……


「ケッ、ケルベロス……!?」


AKIHOさんが震える声で言う。


「VERY HARDモードの30階層フロアボス……! コイツがRENGEちゃんがいつも手間取ると言っていた……?」


「はい、そうです……"けるべろす"というんですね? 私は"シロポチクロ"と呼んでました」


「シロポチクロ……? それはいったいどうして?」


「3つ首がある中の一番左の頭が白くて、真ん中はまだら模様で、右側が黒いので」


>名前つけてたwww

>飼い犬じゃんwww

>ネーミングセンス皆無で草

>安直すぎるwww


「……さて、ケルベロス戦だけど、RENGEちゃん」


「はいっ?」


「このケルベロスは通常、1対1で戦って勝てるようなモンスターじゃないの。頭ごとに固有の能力を持っているし、3回殺さなければ死なないという性質も持っているわ……RENGEちゃんは普段、それをどうやって攻略しているの?」


>期待

>期待www

>期待

>またトンデモ理論が出てきそうw

>楽しみ過ぎて草


AKIHOさんも、コメント欄の視聴者さんたちも、私の解説を期待して待ってくれているようだ。

ちゃんと滑舌よく、分かりやすく説明しないとっ。


「まずですね、綺麗に仕留めるには"けるべろす"の頭1つ1つを【神経締め】する必要があるんです」


「し、神経締め……!?」


>それって魚締めるのと同じ、アレ?

>鮮度保つためにすること・・・っすよね?

>ケルベロス捌くの???

>神経締めって脊髄破壊して生かしとくやつ?

>いや、逆。即死させる


コメント欄の通り。

神経締めは本来魚に対して施されるものだ。

私も自給自足をするために釣りをしていたことがあり、そこで川魚に対してやっていたことを応用したのがコレだ。

しかし、今回の目的は鮮度を保つことではない。


「"けるべろす"の共通的な急所となる胴体は硬いので、あえて首の下、背中側の脊髄を狙います。1体1体場所は異なるので三度手間になってはしまいます。しかし"けるべろす"の背中と首の合間の肉は柔らかいので、素手でも簡単に穴を空けることができるのが利点ですね」


私の解説に、


>いやwww

>理屈は分かったけれどもw

>たぶんRENGEちゃん以外無理で草

>素手で簡単にとか草

>解説が体に穴開けられる前提なんだよなwww

>解説が解説になってないwww


視聴者さんも盛り上がっているようだ。

よしっ、何か配信の手ごたえが少しずつ掴めてきたような気がする。

この調子でがんばろうっ!


「それでは締めていきますねっ」


私は魔力を腕に集中させ、それを鋭利なアイスピックに見立てた。


>ああ、合掌

>締められるシロポチクロに合掌

>合掌

>合掌

>合掌w

>まだ死んでないのにw

>前にもあったなw このノリw

>1番最初の生配信なwww


「──フッ!」


足元の魔力爆発。

それによって私は瞬時に"けるべろす"の背後を取った。

まず1番最初の締めは……真ん中のポチ。

火を噴いてくるのだが、噴かれるとダンジョンがすすだらけになってしまうので清掃が厄介だ。


「ホッ」


ポチの脊髄へと右腕を突き立てる。

すると、ダランと。

ポチの首は力なく垂れる。


>もう1体倒したのっ!?

>速くねっ!?

>締めるの早い。漁業で生きてけるレベル

>褒めるのそこ?

>ポチェ・・・

>シロクロになっちまったな・・・

>ポチに合掌

>しかし何で真ん中から?

>ポチから倒したのは理由あり?


「あ、そうですね。ポチから倒したのには視聴ささんのおっさるとおり、あっ!?」


>しちょうささん・・・

>しちょうささん・・・

>噛んだなwww

>おっさるwww

>嚙んでて可愛い

>カワイイかよ

>これはさすがに可愛い

>キュン死するわ

>もう俺しちょうささんで良いや


しまった!

油断したっ!

噛んじゃった!


「すっ、すみませんっ!」


言い繕うためにケルベロスの背中から飛び降り、ドローンの前に立つ。


「今のは視聴者さんと言おうとしてっ、」


〔グルルルルッ、グォォォォンッ!〕


ああ、ケルベロスの残った2つの頭が、邪魔だ。


「ごめんっちょっと静かにしてっ」


私は腰当てのホルダーに仕舞っていた消毒銃を取り出すと、


──魔力充填200%。


早撃ちする。

すさまじい速度で放たれた消毒弾はケルベロスの胴体を貫き、


〔グルォッ!?〕


派手に破裂した。

ケルベロスの体が砕け散り、左右の壁に血しぶきと肉片が貼り付いた。

静かになった。


「本当は視聴者さんと言いたかったんですが、すみません。私、早口言葉とかも苦手で、滑舌あまり良くないのかもです……しっかりと練習しなきゃと思います」


ドローンに向かって軽く謝罪する。


>待てwww

>ちょっと待てwww

>待って?www

>滑舌とかそういうのはいったん置いとこう

>もう噛んだとかそういう問題じゃないw

>今のなにっ?

>神経締めはどこにいったwww

>神経どころか肉体が爆散してたんですがっ?

>ケルベロス瞬殺で草

>手間取るとはいったい・・・


「あっ、これは消毒銃といって……私が普段の清掃作業でも使っている銃型の清掃用具ですね。モンスターを発生させて点検作業をしながら清掃もできる優れものなんです」


>それは知ってるんだけど・・・

>それってそんな威力出たっけ???

>せいぜい何発か撃てばゴブリン倒せる程度のハズじゃ・・・?


「そうですね、普通に射出するとその程度の力しか出ないので……お察しの通り、銃に込める魔力の密度を高めるんです」


>密度?

>魔力の密度とは?

>現役清掃員です。魔力ってすぐ消えるものだから、込められた瞬間に消毒銃の中で勝手に消毒弾に変換されるハズじゃない?


「え? 確かにそれはそうですけど……この消毒銃に込める魔力の密度を高めることで、より強い消毒弾として射出できますよね?」


>魔力に密度とかなくね?

>そもそも物理的な力ではないからな

>俺もそう習ったけど・・・魔力に実体はないって

>魔力は触れないから物質変換による転用か、身体強化とかの補助的使用が基本だろ?


「確かに魔力へ直接触れて圧縮とかをすることはできませんが、魔力を高速回転させることでより多くの魔力を仕舞えるポケットができるんです」


>???

>???

>???スマン、理解不能

>また何言ってるのか分からん

>ポケットができる?


「えっと、消毒銃の中でやってることを再現すると……こうなります」


私は胸の前で両手の指で輪を作る。

そしてその中心で魔力を高速回転させた。

すると、


──ギュルギュルギュルっ


「あれ、風が吹いてきた……?」


隣にいたAKIHOさんがいち早く変化に気付いてくれる。

そう、風が起こる。

それが第1段階。


「なんか、熱い? それに空気が薄くなってきたような……?」


それが第2段階。

熱が生まれ、周囲が真空状態になっていく。


「待って待って、RENGEちゃんっ!? ナニソレッ!?」


第3段階。

ポケットの可視化。

綺麗な星空のような紫の瞬きが、作った輪の中心で渦巻き始める。

バチッ、バチッと。

火花のようなものが弾け散る。


>!?!?!?

>!?!?!?

>!?!?!?

>ちょっ!!!

>えっ!?

>なんだソレっ!?


「れ、れれRENGEちゃんっ!? なんか化学反応起きてるっ! 化学反応が起きてるよっ!? それはシャレにならないやつなんじゃっ!?」


「大丈夫です、たぶん。子供の頃、夜の山で迷子になっちゃった時とかはこの光を頼りに歩いたものです」


「何だかツッコミどころが多い新情報だけどもっ! 今はそれよりもっ!」


「あ、そうでしたね。ポケットの話でした」


私は発生したその渦巻く光──ポケットを左の手のひらに載せて、それに向けて消毒銃を撃ち放つ。

すると、


>えっ!?

>消えたっ!?

>渦巻きの中に消えたぞっ?

>ていうか、弾が吸い込まれた・・・!?


「はい。その通りです。消毒弾は今この中に仕舞われている状態です。今は魔力が"順転"している状態なので、ポケットは吸い込み状態なんです。なので今度は"反転"させると──」


ポケットの色が変わる。

星空の紫色から、太陽のような黄色い輝きへ。

それと共に先ほど撃ち放った消毒弾が飛び出して、ケルベロスの死骸へと突き刺さった。


「これが魔力のポケットです。これを消毒銃の中に発生させて、魔力の中に魔力を仕舞っておくことができるんですね。私はこれを『魔力の密度を高める』とか、『魔力を充填する』などと言っていたんですけど……もしかして誤用でしたでしょうか?」


>・・・

>・・・

>・・・ノーベル賞

>間違いない

>これは間違いなく世紀の発見

>いや、"これも"、な?

>研究者たちおったまげるぞ?

>ちょっと配信見ながら論文漁ってみたけど魔力密度に関するものはまだ0件だわ。俺ちょっと今日から卒論書き直す。大学院でこの研究したいわ

>ひとりの学生の人生が今変わったな

>いや、たぶん大勢の人生が今変わってる


「私がいま使っている消毒銃の内側では300%までなら密度を高めた魔力を消毒弾に替えられます。ちなみにさきほどのケルベロスを仕留めた消毒弾は150%です」


>!?

>ウソだろ?

>1.5倍であの威力なの?

>いや、待て。密度と威力の相関性がどうなってるのか分からんぞ?

>はい???

>相関性???

>教えてセンセー


「私の体感で言うと、ですけど……150%の魔力の充填で破壊力は数十倍になってる印象です」


>???

>なぜだっ!?

>わからんっ!

>センセー助けて!

>センセー!

>俺たちの算数の世界まで脅かされてるよー!

>俺たちの知ってる常識はどこまでが常識なんだ・・・?

>やめろっ、ウッ・・・頭がっ!

>これがコペルニクス的転回か・・・

>ちょっと違う

>研究結果待ちやな、これは


コメント欄を見るに、どうやらすごいことだったらしい。

どうりで頭の良いナズナが、幼いころにしきりに私にせがんで見たがったわけだ。

思い出がよみがえる。

確か、あの時はナズナを正面に抱きながら……


『ほら、ポケットだよ~』


『わぁっ! おねえちゃんすごーい! キレー!』


『エッヘン。お姉ちゃん器用でしょ?』


『うんっ。すごいなぁ、いまこの"しょううちゅう"には"べっせかい"が"けいせい"されてるまっさいちゅう、なんだろうなぁ』


『ナズナ、"しょううちゅう"? ってなぁに?』


『コスモだよ、コスモ。それはつまり、"しんせかい"をつくりだす"もと"となる──』


『……zzz』


『おねえちゃんっ! おきてー! コスモだしっぱなしにしてねないでー! おウチが"けしずみ"になっちゃうー!』


……詳しくは思い出せないけど、そんな微笑ましいやり取りがあったなぁ。


ついつい、懐かしくてクスっと笑ってしまう。


「あっ、すみません……」


>笑っ・・・た・・・?

>おいおい・・・

>この程度で驚くなんて、ってコト!?

>まだ引き出しありますよ、ってか?

>RENGEちゃん、恐ろしい子っ!


「あ、違くてっ! これは思い出し笑いでっ!」


とまあ、そんな調子で攻略配信は続いた。


結局、その後も各階層ごとにこういった足止めが続いて、4時間で進んだのは計5階層。

さすがにAKIHOさんの疲れが隠せなくなってきたということで、この日の配信はそれで終了ということになった。




==========


ここまでお読みいただきありがとうございます。

初生配信回、書いてて楽しかったためすごく長くなってしまったことをお詫び申し上げます・・・。

次回は掲示板回です。

本日の21時に更新します。


これでRENGE生配信回はいったんひと区切りです。

毎日複数話更新も明日でラストです。


引き続きよろしくお願いいたします。

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