第22話 生配信への誘い
私はこれまでの経緯を全て話した。
今年、中学卒業と同時に働き始めたこと、
ダンジョン清掃員歴は6カ月ということ、
ずっと"へる"と"べりーいーじー"を勘違いして点検・清掃作業していたことも。
それらを全て聞いたAKIHOさんは、
「……………………」
「あ、あの、AKIHOさん?」
「……チョット待ッテ」
カタコトになってしまっていた。
「頭ノ整理ガ追イ着カナイ……」
「む、麦茶飲まれますか? 水筒を持参していますので、」
トポトポトポ。
麦茶を水筒の蓋に注いでAKIHOさんに渡した。
「……温かい。ホットの麦茶って初めて飲むかも」
「冷たい方がお好きでしたか?」
「ううん、そんなことないです。美味しい……ありがとうございます。ちょっと落ち着きました」
ふぅ、とひと息を吐いて、
「あの、中学卒業したのが今年って……じゃあ花丘さんって私より歳下なんですか……?」
「えっと、そうなんですかね? 私はいま16で、学校に行っていれば高校1年生の年次でした」
「私は17。高校2年なの」
「じゃあ、AKIHOさんが1年先輩ですねっ」
「本当、そうみたいですね」
空気が柔らかくなった気がした。
なんでだろうか、
歳が近いと分かると一気に親近感。
AKIHOさんもそうみたいで、
「その、もしよければなんですけど、レンゲちゃんってお呼びしてもいいですか?」
「はいっ、喜んでっ! それに敬語なんて使っていただかなくていいですよっ、私もAKIHOさんと普通にお喋りしたいです」
「そ、そうですか……? じゃあ、ちょっとずつ……」
AKIHOさんは照れたように笑った。
1個差と分かったからか、それがとても可愛いものに思えた。
「あの、AKIHOさんはいったいどうしてダンジョンに?」
「私の場合はダンジョン攻略が好きだから、だよ」
AKIHOさんは迷いなく即答する。
「ダンジョンは自分の頭も体も、持てるモノ全てを駆使して挑むものでしょう? だから、完走タイムが縮むたびに私はまた強くなったんだって実感できるところが好きなの。私は強くなりたいから」
「そうなんですね……どうして強くなりたいんですか?」
「世界で1番強くなるってことを目指していたいんだよね。そこに至るまでの人生が、強くなっていく過程がすごく楽しいから」
AKIHOさんはそう言って笑った。
「単純で、馬鹿みたいでしょう?」
「そんなことないです……! 楽しむことにまっすぐですごいと思いますっ!」
「そう? ありがとう」
「すごいです、本当に。私なんて目の前のことに精一杯だから、自分がこれからどうなりたいとか、あまり深く考えられてなくて」
「精一杯、というのは……失礼かもしれないけど、レンゲちゃんはやっぱりお金のことを言っているの?」
「はい……1番はそこですね」
お金がないと、あらゆるものに追われてしまっている感覚になる。
一生懸命に働かないと、稼がないと、今の生活が終わってしまうしまうんじゃないかという危機感。
思えば最近は、常にそれに背を押され続ける日々だった。
「……あの、レンゲちゃんは配信はしたくないって考えなのかな?」
「……えっ?」
唐突な話題の転換に、思わず訊き返してしまう。
「配信だよ、動画配信」
「動画配信……を私がしたくないって、言いましたっけ?」
「ううん、そうなのかなーって。だって、レンゲちゃんが配信活動をすればお金なんてすぐに貯まると思うから」
「……えっ?」
お金がすぐに貯まる……?
動画配信をすると?
思わず運転席の施設長の方を向く。
施設長はハンドルを握りながらも私たちの会話には注意を払っていたようで、
「ああ、レンゲちゃん、それは私も先ほど言いかけたことなんだ。今のキミだからこそできる新しいお金の稼ぎ方があると思う」
そういえば。
AKIHOさんが話しかけてくる前、施設長は『レンゲちゃんにはもっと相応しい稼ぎ方があるかもしれない』と言っていた。
「それが、配信活動……なんですかっ?」
「ああ、そうだ」
ウインカーを出しながら、施設長は頷いた。
「人気があればあるほど、配信活動で得られる収入は増える。それは事実だよ」
「そう。そしてね、レンゲちゃん。レンゲちゃんは絶対確実に人気が出るわ。なにせもうすでに人気に火が点いている状態なんだものっ!」
施設長とAKIHOさん、両方から話されて何がなんやら……とにかく、私は配信活動をするべきってことっ?
「ただね、デメリットもある。先ほどAKIHOさんも言っていたように、配信活動を始めたらもうレンゲちゃんは"配信者"だ。ただの一般人ではいられなくなってしまう」
「配信者になると、つまり、報道の人とかに追われたりもする……ってことですか」
「そうだね。人気者の常……というのはあまりに他人事だけど、でもやはり辛かったり息苦しいこともあると思うんだ。それは私よりもそちらのAKIHOさんの方がよく知っていらっしゃるとは思うがね」
AKIHOさんは頷いた。
「やっぱり大変は大変……かな。プライベートにも常に気を配らなきゃならないから、素の自分っていったい何だろうってたまに分からなくなったりするし」
「そんなご苦労を……」
「でも、それを込みで私は今の生活を気に入っているの。やっぱりダンジョンで自分を試すのは楽しいし、それを大勢の視聴者の方から応援してもらえるのも嬉しいからねっ」
AKIHOさんの目はまっすぐだった。
そこにウソを吐いているような曇りはない。
やはりそれは自分の芯となる大事な目的があるからなんだろう。
「(……私は、どうだろう)」
AKIHOさんのように大きな目的があるわけではない。
1本のしっかりとした芯があるわけではない。
妹のため、今の生活を守るため。
そのためにお金が稼ぎたい、それだけだ。
「ちなみに私の場合だけど……大体これくらいのお金が入ってくるよ」
チラっと。
AKIHOさんがスマホの画面を見せてくる。
数字が並んでいて、画面の右上に四井住愛銀行の名前がある……
これ、つまり銀行口座っ?
「これは取り引き履歴画面ね。で、これがこの前の先月の配信の広告収益として振り込まれた金額だよ」
「えっと……」
私はその数字を数える。
えーっと?
いち、じゅう、ひゃく、せん……
まん、じゅうまん、ひゃ……せ……
……っ!?
「こっ、こここっ、これっ!?」
「うん」
「年収ですかっ!?」
「違う違う、月収だよ」
「……!?!?!?」
目がチカチカする。
月収が〇○○○万の人って、マンガや空想上にだけいるものだと思っていたけど!
本当にいるんだ……!
「ちなみに生配信だと1日で~~~万に達することもあってね、」
「いっ、1日で……!?」
ふにゃり。
腰の力が抜ける感覚。
ビックリし過ぎた……
なんというか、
これまで自分の生きてきた世界と違すぎる……!
「レンゲちゃん、私は断言してもいい。もし配信をしたのなら、レンゲちゃんは恐らく1カ月でこれよりもたくさんのお金を手に入れられる」
「そっ、そんな……さすがにそれはウソですよっ!」
「ウソじゃない。レンゲちゃんにはそれだけのポテンシャルがある。なにせ、私を含め、全人類が花丘さんの実力の秘密に興味を持っているんだからっ!」
こちらを覗き込むように言うAKIHOさんの瞳は、体の内側の情熱を燃やすかのように煌々と輝いていた。
「……私に配信を勧める理由は、その秘密を知りたいから……ですか?」
「そう……だね。さっきまではそれが1番だった。でもレンゲちゃんのお話を聞いて……もったいないな、とも思ったんだ」
「もったいない?」
「レンゲちゃんほどの子がただの清掃員でいるなんて、そんなところで埋もれたままでいるなんて……私にはそれがもったいなく思えて仕方がないの」
AKIHOさんは私の手を握ってくる。
「レンゲちゃんはもっと広く羽ばたける存在なのっ! だからもっと世界に目を向けて見てほしいと、そう思ったわ」
AKIHOさんの言葉から、手を握る体温から、凄まじいまでの熱量が伝わってくる。
その想いは真実なのだろう。
でも、
「AKIHOさん、ありがとうございます。私のことをよく考えてくれて。でも……私は、私が今居る場所を『そんなところ』だとは思っていません……」
「えっ」
「確かにまだ貧しいし、配信者のように稼げる仕事ではなかったのかもしれないですけど、それでもいま私の居る場所は、私と妹でがんばって生きてきた場所で、そして施設長たちの優しさで恵まれた場所でもあるから」
「あっ……」
AKIHOさんは息を飲んだかと思うと、
「ごっ、ごめんなさいっ! そういうことを言ったつもりはなかったのっ!」
慌てたように言う。
「私はただ、レンゲちゃんの才能を……いえ、だけど、確かにそう取られてもおかしくない……すごく傲慢な言い方だったと思う。本当にごめんなさい、レンゲちゃん……」
「いえ、私の方こそごめんなさい。今日AKIHOさんと話して分かってはいたんです、AKIHOさんがそういう意図で言葉を使わない人だということは。でも……」
「……そうよね。すごく失礼だった。レンゲちゃんに対してだけじゃなく、この場に居る施設長さんに対しても。すみませんでした、施設長さん」
急に向けられたAKIHOの謝罪に、
「わっ、私かいっ? いいですよ、そんなに気負わないでください。私の方はなんとも思っていませんから」
施設長は逆にかしこまったように応じた。
そして、
「それに実際、私だけじゃレンゲちゃんの抱える問題を解決してあげることはできなかったですからね。こうしてAKIHOさんのような有識者の人に話を聞けたのはすごくいい機会でした」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ。私としても勉強になりました……それと、これはジジイの
「提案、ですか?」
AKIHOさんが私を見る。
私は首を横に振る。
どんなものか想像がつかない。
いったいなんだろう……?
「私はね、2人の方向性は必ずしも一致しないわけじゃないと考えているんです」
施設長は信号で車を停め、
「レンゲちゃんはお金を稼ぎたい、でも有名人扱いされるのにはまだ戸惑っている。一方でAKIHOさんはレンゲちゃんに配信活動を勧めたい。そうすればお金の問題は解決するし、何よりレンゲちゃんの強さの秘訣が分かるかもしれない」
「そう、ですね……」
「だったら、お試しでAKIHOさんの主催する生配信へとレンゲちゃんが一般人待遇で出演してみるのはどうでしょう?」
「レンゲちゃんを一般人待遇で、私の生配信に……!?」
「ええ。AKIHOさんはそこでレンゲちゃんに強さの秘訣を訊ける。そしてレンゲちゃんは個人情報を守られつつ、配信活動がいったいどのようなものかを体験できる……一挙両得な方法かと思うのですが」
「それは、私は歓迎しますけど……レンゲちゃんはどうかな?」
施設長、AKIHOさんの2人の視線が集まった。
私もまた、頷いた。
「叶うならぜひ、お願いしますっ。有名になるとかはまだピンときませんが、でも、それがお金を稼ぐことに繋がるかもしれないなら……私は試してみたいですっ!」
「よかった……よろしくね、レンゲちゃんっ」
私とAKIHOさんは後部座席で握手を交わす。
信号の色が変わり、施設長はゆっくりとアクセルを踏んだ。
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次回は掲示板回です。
18時更新予定です。
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