第10話 影響力

朝の10時きっかり。

家のアパートの前で待っていると、一台のシルバーの車が停まった。

運転席に座っているのは施設長。

ガチャリ。

車のドアのロックが外れる音。

同時に窓も空いた。


「おはようレンゲちゃん。乗っておくれ」


「おはようございます施設長、それでは失礼します」


うながされるまま、助手席へと乗った。


「あの、ところで今日はいったい……?」


「昨日私が言った事は覚えているかい? レンゲちゃんは自分の影響力を知るべきだ、と」


施設長はアクセルをゆっくり踏んだ。


「今日はレンゲちゃんに普通のダンジョン攻略というものを知ってもらおうと思うんだ」




* * *




車を走らせて1時間半。

到着したのは施設長の友人が経営しているのだという東京のダンジョン管理施設だった。


……それにしても、大きい。

それに、駐車場に停まっている車の数も多かった。


「都内だからね。たくさんお客さんが来るんだよ」


「都内ってすごいんですねぇ……」


「……いや、さすがに今のは我ながら言い訳じみていたかもしれないな。ひとえに経営努力の差なんだろうが……うむ」


施設長は思うところがあるのかブツブツと呟きつつ、


「まあとにかく、見て欲しいのは規模ではなく中身だ」


そう言って歩き出す。

施設の中に入ると、私は施設長に紙袋を渡された。

ズシッとした重みがある。


「これはなんでしょう?」


「服だ」


「服?」


「さて、とりあえず更衣室でこれに着替えてきてくれないか? 女性用フリーサイズを選んできたから大きくサイズ違いがある、ということは無いハズだ」


「はあ……」


「しっかりフードを被って出てくるようにね」


「はぁ……?」


よくは分からなかったけど、そうしろというならそうしよう。

なんていったって、今日はお給料も発生していることなのだし。

施設長の指示には従わなくては。


……というわけで着替えてきた。


変なところはひとつもない。

普通のパーカー、動きやすいズボン。

それに運動靴。

言われた通りフードを被って出る。


「これで良かったんですか?」


「ああ、充分だとも」


更衣室前で待っていた施設長は満足そうに頷いていた。

そのまま私はダンジョンの入り口の部屋まで連れて行かれる。

施設内の構造はウチの施設と似ているようで、ダンジョン入り口はやはりアリーナ状の大部屋にあるらしい。

似ていないのは客入りくらいだ。


「しかし、本当にお客さんが多いですね? ここの施設にはいつもこんなに来ているんでしょうか?」


「いや……さすがに今日のこの賑わいっぷりは特別だろうな」


「そうなんですか?」


「ああ。見てみれば分かるさ」


施設長がそう言ってアリーナの1つへ入る。

(この管理施設には全部で3つあるらしい)

私も続いて入る。

すると、


「──はーい! こちらのダンジョンは本日、【謎の美少女Aが挑戦したHARDモード体験コーナー】となっていますっ! 混雑緩和のため整理券制となっており、いま配っているのは19時からの回の整理券ですー! またこちらは1組20人30分の体験コースとなっており、本格攻略用ダンジョンではありませんのでご注意くださーい!」


そんな施設スタッフの大声が響き渡る。

それと同時に人々がスタッフの元へ群がった。


「整理券2枚くださいっ!」


「ちょっとアンタ割り込まないでよっ!」


「こっちには子供いるのよっ!?」


整理券は瞬く間にスタッフからむしり取られてしまった。


「え、え、えぇ……?」


謎の美少女A、それには聞き覚えがあった。

というか聞き覚えどころじゃない。

それは昨日施設長に見せてもらった配信動画で呼ばれていた──


「わ、私……?」


隣の施設長がコクリと頷いた。


「レンゲちゃん、キミは昨日ネットニュースや掲示板、SNSなんかを見てみたかい?」


「いえ……ウチ、ネット回線ないので……テレビも……」


「そ、そうかい。では言うがね、いまネットもテレビもキミの話題で持ち切りなんだよ。特にネットの盛り上がり方はすごい。キミの雄姿に影響された人々が翌日にダンジョン管理施設に押し掛けてしまうほどに」


「……!」


言葉にならない。

雄姿って……私は掃除をしただけなのにっ?


「さて、これだけじゃないぞ」


「これだけじゃないんですかっ!?」


「うむ。次はこっちだ」


施設長はそう言って私を促すとその体験コーナーとなっているダンジョン入り口から出た。

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