閑話:VERY EASY と HELLを間違えた理由
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そもそも、なぜレンゲはVERY EASY と HELL を間違えるに至ったか。
これはその余談である。
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──4月9日 レンゲ入社翌日のこと──
アリーナ状の大部屋にて。
施設長はレンゲにひとつひとつ業務を教えていた。
「それじゃあレンゲちゃん、ここまでの説明は大丈夫だったかな?」
「はいっ、施設長っ! この大部屋がダンジョンの入り口で、ダンジョンは計100階層ありますっ!」
「うん、そうだね。それではこの
施設長の目の前にあるのは四角柱の筐体。
その上にはさまざまなボタンやタッチパネルが並んでおり、誰でも視覚的に分かりやすいデザインがなされていた。
「はいっ! これは"ばあちゃるしすてむ・こん…"、zzz……」
「レンゲちゃんっ?」
「ハッ! すみません!」
「いま一瞬寝てた……?」
「ねっ、寝てないです大丈夫ですっ! えーっと、その筐体ですが、挑戦するダンジョンの各種設定を調整するための操作盤ですっ!」
「う、うん。そうだね。バーチャルシステム・コントローラーだね。名前以外はちゃんと覚えられていて偉いね」
施設長は満足げに頷いた。
「ではそのコントローラーの左のモードスイッチの説明をしよう。ここにモード種類の記載があるね? VERY EASY、EASY、NORMAL……」
「zzz……」
「レンゲちゃんっ!?」
「ハッ……」
レンゲは我に返った。
彼女は致命的に英語に弱かった。
「だ、大丈夫かい? 眠いっ?」
「すっ、すみません……英語文字を覚えようとした途端、こう、クラッと」
「入社時に聞いてはいたけど、まさかここまで英語に弱いとは……うーむ」
施設長は悩みつつ……
それならばと、
「まあ清掃作業ではあまり使わないし、場所で覚えようか。いいかい、このモードスイッチの1番奥側のボタンを押すんだ」
「1番奥……1番奥……」
レンゲは目を細めて英語文字を見ないようにしながら、場所だけを記憶する。
「1番奥のものが1番簡単なモードだからね」
「はいっ、覚えましたっ!」
レンゲはしっかりとメモに取った。
"もーど"は"1番奥"、と。
「じゃあ今は私が押したから、実際にダンジョンの中に入ってみよう。モンスターが出現しているはずだ」
「モンスターを見てどうするんでしょう?」
「モンスターがちゃんと出現しているか、動きに問題がないかを点検するんだ。本来は万が一のことがないよう、男性従業員にやってもらうんだが……今は人手が足りなくてね。申し訳ないけどレンゲちゃんにやってもらえると助かるんだ」
「お任せくださいっ! 全力でがんばりますっ!」
「ありがとう、助かるよ」
──その翌日──
「ふぅ、ダンジョン入り口のお掃除はこんなものかなぁ」
レンゲはダンジョン入り口の掃除を念入りにし終えていた。
「あとは消毒銃を持ってダンジョン内の清掃と点検作業か。"もーど"は確か、ええと……"1番奥"のスイッチか」
レンゲは四角柱の筐体──バーチャルシステム・コントローラーに向かい合う。
しかし、昨日とは"逆向き"に。
だけどそれに気づかない。
なぜなら……目を限りなく細めているから。
そのせいで操作盤に書かれたローマ字が逆さになっていることにも気付かないから。
「1番奥って……これ? なんか透明なフタがしてあるけど……これでいいんだよね?」
HELLモードボタンが露わになる。
それは他のボタンに比べて赤くて大きく、さらにDANGERと書かれたいかにも危険そうな色のシールまで貼られていたが、
「あっ、ここだけ色が違うんだ。これなら押し間違える心配もないや」
レンゲに英単語が読めない以上、彼女にとってそれはただの見やすい色に過ぎなかった。
ポチリ。
迷わずHELLモードを押下する。
〔HELLモードが選択されました。ゴール地点は地下100階層終点です〕
アナウンスが流れる。
「わあ、そっか、100階もあるんだ……急がなくっちゃ!」
そうしてレンゲは消毒銃を構え、初めてのHELLモードダンジョンへと駆けて行くのだった。
* * *
「はぁ……」
14時。
ダンジョン管理施設から帰宅するレンゲはヘロヘロだった。
……まさか点検作業があんなにも大変だとは。
レンゲは悔やんだ。
初日から中途半端な清掃で終わってしまった。
レンゲは時間内に半分……地下55階までしか清掃できなかったのだ。
「たっ、ただいまぁ……」
「おかえり、お姉ちゃん」
ワンルームの部屋に帰ると、ランドセルを枕にして寝転がっていたレンゲの妹、"花丘ナズナ"は読んでいた教科書を脇にどけた。
「お姉ちゃん、すごく疲れた顔してるよ? やっぱりお仕事大変?」
「う、うん。ちょっと疲れちゃった……」
「そっか。私も早く働けたらいいんだけど」
「何言ってるの。ナズナは頭が良いんだから大学行かなきゃダメだよ」
「でも……」
「お姉ちゃんは大丈夫っ! 元気なことだけが取り柄なのでっ!」
心配そうにするナズナに、レンゲは精一杯明るく振る舞ってみせる。
「ナズナは小学校から帰ってきてさっそくお勉強? エラいねぇ。何やってるの?」
「高校英語の複合関係代名詞。whateverとか」
「zzz……」
「お姉ちゃん、おーい」
「ハッ」
唐突に眠り、そして目覚めるレンゲを、ナズナは可笑しそうに笑う。
「相変わらずだね、お姉ちゃん」
「うん。お姉ちゃんね、英語あれるぎーなの。ナズナは難しくない?」
「これくらいは"べりーいーじー"だよ」
姉をちょっとからかうように、ナズナ。
しかし、レンゲはそんなナズナに気づきはせず、
「"べりーいーじー"……そっか、当然だよね。だって高校生でやる英語なんだもん」
これがレンゲにとって、"べりーいーじー"が"難しい"の意味になった瞬間だった。
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