57.『ロリコンが語る世界平和論』

 これはやばい。

 マジでやばい。


 目の前には一撃で壁を吹き飛ばすことのできるロリコン変質者が大剣を構えている。

 そして、わたしたちを取り囲むようにして衛兵たちもいる。


「な、なんでここが分かったんだよ!?」


「勘だ」


「嘘だ!」


「もちろん嘘だ。だが、そんなこと今は関係ない」


 信じられないような適当な理由をつけて、こちらににじり寄ってくる。くそめ、話し合う余地はないってことか!


「アスターリーテ殿。貴女は初代国王との盟約で国家の内紛に関与することは禁じられていたはずです。どうか手出しせぬよう願います」


「それは違うとも──メルキアデス」


 アスターリーテは瓦礫に座って、長い脚を組んだ。

 その顔に浮かんでいるのは、苛立ちだ。

 ゆっくりと腕を上げる。


「ラーンダルク初代国王との盟約において、確かに私は内乱に手を出すことを禁じられた。だが、それにも例外が存在する。──国家存亡の際には、力を振るって良いとの例外がな」


 アスターリーテは腕を振り下ろした。


 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 いくつもの目玉に見つめられている感覚……部屋のあちこちから何百もの照準光の赤色が一斉に衛兵たちの頭を狙った。

 光の根本には黒光りする砲門。待機状態だった機械人形が次々と目を開ける。


「抜かったな、メルキアデス。ここは私のラボだ。──私のラボを破壊しておいて、五体満足で帰れるとは思うなよ」


 一瞬で立場が逆転する。

 メルキアデスと衛兵たちは、数百もの砲門に狙われ、機械人形に取り囲まれている。その機械人形の腕や背に取り付けられているのはノコギリやチェンソーといったスプラッタ映画で良く見るやつ。


 アスターリーテは、完全にブチ切れていた。


「……ちょっ、それは流石に」


 今度は逆の意味でやばい。

 このままではメルキアデスのミンチが完成してしまう。アスターリーテのブチ切れ具合からすると、チェンソーでこねられて魔法でこんがり焼かれて……メルキアデスがハンバーグにされてしまう!


「貴女がなぜ国家存亡の危機だと判断したのか、その理由をお聞かせください。ルシウスの賢人、アスターリーテ殿」


 しかし、命の危機に瀕してもメルキアデスの表情は欠片も変わらない。冷徹怜悧な顔のまま、ブロンドの髪をかきあげた。

 なんだこいつ。ハンバーグにされかけてんだぞ。もっと泣き叫んで命乞いしろよ。


「お前、『千年甲冑』を使う気だろう?」


「──」


 メルキアデスの姿がかき消えた。


 ガリィ! と凄まじい音が響いて、アスターリーテを両断しようとする大剣と庇うように飛び出た機械人形の腕が交錯する。

 突風が吹き荒れて、衛兵たちは吹き飛ばされたり、逃げ出したりしている。


「待って待って、よ!」


 もちろんわたしもゴロゴロ転がっていた。

 いきなり殺し合うな! 攻撃するなら合図とか頼むよ、命がいくつあっても持たないから!


「ふむ。野蛮だな、まるでルナニア帝国みたいだ」


 野蛮の代名詞にされてるんだけどうちの国家。


「やはり知っていましたか。貴女はどこまで知っている……?」


「どこまでも。この私が、『千年甲冑』の主任設計士としてルシウス王国に仕えていたのだから」


「……っ」


 メルキアデスはふわりと飛んで距離を取り、再び大剣をアスターリーテに向けた。対する彼女は、三体もの機械人形に守られている。


「ルナニア帝国に勝ちたいか? だが、『千年甲冑』で烈日帝を打倒することはできないだろう」


「なにを……! 貴女が造ったものだろう!? 自身の造ったものに対して信用が置けないとでも言うつもりか!」


 まるで獅子すら射殺しそうな鋭い目を向ける。

 だが──


「私は実際にかつての大戦をこの目で見た。そして、諦めた」


 返ってきたのは、諦念に沈んだ声だった。


「この、……ッ!」


 怜悧な様子はどこへやら、まるで真っ赤に実ったトマトのような顔色を見せた後、苛立たしげにメルキアデスは大剣をこちらに向かって投げつけてきた!


「ちょ!? 刃物投げんな!?」


 ぐるんぐるんと水平に回りながら刃物が飛んでくる。適当に投げたわりには魔力がぞっとするほど込められていて素手で受け止めることは不可能だった。

 そのまますっ飛んだ大剣はアスターリーテの機械人形を三体まとめてぶち壊し、わたしの顔の真横に突き刺さってびぃん、と震えた。


「ひえっ」


 わたしの立ち位置が後数センチずれていたら脳髄をぶち撒けられていた。レオネも顔を真っ青にしている。


「……この世界ってもしかして、命の危機満載なのでは? 最近気づいたのですが」


「遅くない?」


 もっと早めに気づこうよ。


 メルキアデスは懐から銀のペンダントを見せつけるように取り出した。

 あ、やっぱり持ってやがったな、この遺失物横領罪!


「ならばそこで見ていろ、アスターリーテ。私は今夜、世界を変えてやる。貴様が諦めたものを使って、烈日帝を打ち倒し、魔族をも打ち倒して……世界に平和をもたらしてみせる!!」


「せ、世界平和……? おまえ、世界平和が目的だったのか!? ロリコン変質者が、世界平和!?」


「っ、勝手なことを……私の好きなタイプは年上──」


「嘘をつくな! なら何でレオネを狙ったんだよ!」


「大義のためだ! 大義のためでなければそのようなちんちくりん……」


 何だとこの野郎! 全レオネファンを敵に回したな!?


「レオネに謝れ! 今すぐ謝れっ! 記者会見を開け!! 全国民の前で焼き土下座しろ!!」


「殺すぞ貴様ァ!!」


「ひっ」


 いそいそとレオネの背後に隠れるわたし。レオネがよしよししてくれる。やっぱり天使はここにいたんだな……。

 しかし、ありえないこともあったもんだ。こんな刃物を投げるようなやつが世界平和を語るなんて思わなかった。人は見た目によらないとよく言うが、こんなに似合わない人もいないだろう。


「……んー?」


 しかし、なんだろうか。この変な感じ。

 まるで肝試しの時にアリスがわたしの首筋に向かって、ひゅっと息を吹きかけたときに感じた気持ち。怯え、怒り、殺意、その他もろもろ──最近こんな気持ちになったことといえば──


「メルキアデス。おまえ、最近魔族に会わなかったか?」


「……魔族? それはいったい……?」


 レオネが小首を傾げる。

 そうだ、これは神殿事件で触手うにょうにょ系魔族、アルファと相対した時にもこんな嫌な感じに襲われた。

 今まで気づかなかったが、目の前のメルキアデスからも同じような匂いがする。


「なんだと? 魔族になど会うものか!」


「いや、でもさ。確かに魔族の独特の匂いっていうか、気配っていうか……そんなものがおまえから漂ってきてるんだよね……」


 くんくんと鼻を鳴らす。

 そんな匂いはしない。ただ……なんというか、嫌な感じがするのだ。


「……最近お風呂入った?」


「なっ、そんなの昨日の晩に──」


「ならさ、お風呂の後で出会った人、その人の中に魔族がいるかも知れないぞ? ココロによると、最近の魔族って人間に化けるみたいだし」


「…………」


 メルキアデスは深く俯いたまま黙ってしまった。


 レオネがこちらをじっと見つめてくる。

 な、なんだよ。恥ずかしいな……。

 アスターリーテは銀縁眼鏡をきらめかせながら、進み出た。


「まさか、魔族にそそのかされて『千年甲冑』を起動させようものなら……メルキアデス、貴方は軽蔑に値する」


「っ、くそっ!」


 衛兵を置き去りにしたまま、メルキアデスは背を向けて一直線に逃げ帰って──


「──どこへ行こうというのかね?」


 部屋の隔壁がまるで地獄の門が閉まるように下ろされた。逃げ道が塞がれたメルキアデスはまるで迷路に囚われたハムスターのような顔をしている。


「私のラボをめちゃくちゃにした責任を取ってもらおうか?」


 ぱちんっ、と指を鳴らすと凶器を備えた機械人形がぞろぞろとメルキアデスを取り囲む。


「一度死んでおけ。頭も冷えるだろう」


 アスターリーテは無表情で、攻撃の指示を下そうとした、その時だった。


「リィアァちゃぁああああああああんん!!!!」


 怪鳥のような鳴き声を棚引かせながら、アスターリーテのラボの天井が爆発した。


 続々と降り立つのは、まるで聖女のような素敵なドレスを纏った人たち。手にはメイスやモーニングスターといった人を叩き潰せる武器を持っている。なんだこいつら!?


 やがて、粉塵の中から空色の影がわたしに飛びついてきた。そのスピードは、音を置き去りにする。

 次の瞬間、おっきな胸がぎゅうと押し付けられた。


「む、むぐっ!?」


「リアちゃん! リアちゃんリアちゃんリアちゃんっ!!」


 喜びを全身で表現したような、そんな光のオーラを放つ美少女。


 ココロ・ローゼマリーだった。

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