49.『帝国の犬、隣国の騎士になる』
「……クーデターを起こし、ラーンダルク王国の逆賊と成り果てた貴方が『お迎え』に? 過ぎた冗談は相手を不愉快にさせることを知りなさい」
この男──メルキアデスが双子騎士の片割れ。王国を裏切り、クーデターを起こした張本人。
「王家に伝わる隠し通路……どうやって知ったのですか? これは私直属の騎士、ラディストールにしか教えていないはずです」
「ふふっ、そんなことはどうでも良いではありませんか」
メルキアデスは唇を釣り上げる。ぞわぞわするような笑みだった。思わず鳥肌が立つ。
「さあ、こちらへ。王や宰相は皆、唾棄すべき愚者どもですが殿下は違います。殿下は常に世界の先を見据えている。──そう、それでこそ私の花嫁にふさわしい。文字通り、花のように愛でてあげますよ。全てが終わった後で」
ラディストールと似た顔だが、込められている悪意は溢れんばかりにたっぷりだ。
「っ、クーデターを起こすような人はタイプではないのです。お引き取り願えますか?」
「貴方に拒否権はないですよ。現に貴方を守る騎士はすでに倒れている。私が殺しましたからね。……不出来な妹でしたよ、本当に」
ぎりっ、と小さな音がした。レオネが今までにないような燃えるような表情で彼を睨みつけている。
怒りが湧いてきた。
……いきなり現れて何なんだこいつは。
クーデターを起こして、レオネを監禁して! 人を、それも身内を殺しておいて!
それでいてプロポーズ?
頭おかしいんじゃねぇのか?
性根を頭の中から取り出して見てみたい。きっと醜くねじ曲がっているに違いないのだ。
一歩踏み出す。
「なあ、おまえは独り言を言うのが趣味なのか? わたしを無視するなよ、クソ野郎」
「おや、貴方は……」
メルキアデスの目がこちらに向く。
途端に目の色が変わった。
ヒュン、と音がした。
「っ、」
首筋を狙った矢は外れて、白髪がぱらりと数本千切れて落ちるにとどまった。
「リリアス・ブラックデッド、勇者殺しの『根絶やし聖女』……っ!」
背後の壁に深く刺さった矢がその威力を物語っている。
メルキアデスが矢を投げたのだ。
「…………、?」
たらりと背筋に冷や汗が伝った。
……投げた? レンガを割る威力の矢を?
弓も使わず? いや、そもそも矢でレンガが割れる時点でおかしい──こいつも頭のおかしいバーサーカーなのか……?
「何故王城へ足を踏み入れている、帝国の犬」
「……帝国? プリティエンジェル様……?」
「私が呼びかけた復興支援団体は国境付近で待機中だ。国に入る許可はまだ与えていないはず……何故ここにいる、ブラックデッド!!」
「…………」
ルナニア帝国がやってくることをレオネやラディストールは知らなかった。対して、クーデターを起こした側のメルキアデスは知っていた。そして、あろうことか当人が呼んだと言った。
つまり。
「おまえがルナニア帝国を呼んだのか。レオネに黙ったまま」
メルキアデスは鷹揚に頷く。
「その通り。そして、貴様は帝国の三大将軍だ。大人しく国境付近の本隊と合流し、許可を取ってから国へと入るがいい。王が変わった我が国に、な」
「っ、この卑怯者っ! 後わたしは聖女だよ!」
「何が卑怯なのか。貴様こそラーンダルク王国に許可なく侵入している犯罪者だろうが!」
「ぐぅ……!」
歯を噛みしめる。
聖女として、そして三大将軍(准)として──国の代表としてメルキアデスの言うことは何も間違っていない。
そもそも皇帝に【転移門】でここまで飛ばされてきたのが異常だったのだ。他国の事情に首を突っ込む必要など、どこにもない。
「プリティエンジェル様。あなたは……」
レオネはわたしを見ていた。
わたしが帝国の人間だと聞いて疑うでもなく、三大将軍と聞いて恐怖するわけでもなく。
ただ、わたしを見つめていた。
「……っ、」
勇気を振り絞る。
素手で投げた矢がレンガをぶち抜くような化け物じみた騎士相手でも臆することなく、前を向いて睨み返す。
あいつはラディストールに手を出した。レオネが選んだ、口うるさくて優しい騎士を殺したのだ。
そして今、レオネの自由と尊厳さえ奪おうとしている。
許せない。許せるはずがない。
「……許可が必要だと言ったな」
わたしはレオネの肩を掴んで、噛みしめるように叫んだ。
「今のわたしは『リリアス・ブラックデッド』じゃない。『プリティエンジェル』だ。──許可なら、レオネからもらったんだよっ!!」
リリアス・ブラックデッドは許可をもらっていない。だが、プリティエンジェルならば許可などとうにもらっている。
その言葉を聞いたレオネは最初からその言葉が出るのを待っていたかのように、とびっきりの笑顔で頷いてくれた。
「そうです。今の彼女は私の騎士と同義。そう約束しましたから!」
いいぞいいぞ! 言ってやれ、お姫様!
「ですのでメルキアデス。貴方の求婚……いいえ、そのクソ気持ち悪いストーカー行為をお断りいたします!」
相手は武器も持ってない丸腰だ! 言葉の刃でぶっ殺せ!
「愚かな……ルナニア帝国の三大将軍を信用して騎士に抜擢するだと……!?」
「だからおまえはお呼びじゃないんだよ! とっとと帰りやがれ、この殺人鬼! ロリコン変質者! ロン毛野郎! 唐揚げにしてさっぱりレモンをかけてやる!」
「調子に乗って……!」
メルキアデスは袖口からナイフを取り出した。しかも二本。……ん? 武器、持ってるじゃん!!
悪口いっぱい言っちゃったんだけど!?
「いいでしょう! どうしても抵抗するというのならば、そこのブラックデッドの四肢を切り分けてさしあげます。……その後にゆっくりと将来のことについて語り合いましょうか、レオネッサ殿下ッ!」
「望むところです! 私の天使様はとてもとても強いのです! さあ、やっちゃってくださいプリティエンジェル様っ! 逆賊に血を見せてやるのです!」
待て待て待て!
「張り合うなよ!? 平和主義は!? レオネってそんな性格じゃないだろ、え、まじ、ひぁああっ!?」
横っ跳びに躱す。銀閃が奔ると同時に隠し通路の壁がまるでバターのように切り裂かれた。ぞっとする。
「あ、あっぶねぇ!? 人に刃物を向けちゃいけないんだぞ!!」
「帝国の犬がそれを言うか、戯け者が!」
ナイフを薙ぎ払うとその軌道上に真空波が生まれて空間をズタズタに切り裂いていく。なんだそれ、人間技じゃねぇ!
「どうした! 逃げ回ってばかりでは私を倒せないぞ! 勇者殺しの実力がその程度など片腹痛い!!」
「……はぁ、はぁ……ルナニア帝国に行かないか? おまえみたいなバーサーカーなら、たぶんあの皇帝は大歓迎だぞ……?」
「ふざけるなぁあああああああああああ!!」
やばい。完全にキレている。
「ふざけてなんかいないっ! なんだったらわたしの代わりに三大将軍になってくれよ! 皇帝に言っといてやるからさ!」
「笑止! ここに屍を晒せ、ブラックデッドッ!」
繰り出されるのは刃の連撃と殴打が組み合わさった乱舞。貴族のように整った外見と合わさったその技は、もはや一種の芸術だった。
ぴっ、と頬が裂かれて血飛沫が飛び出す。服が斬られて太ももが露わになる。
躱せない。躱しきれない。
彼はラディストールの評価と一寸も違わなかった。
めちゃくちゃに強い。過去に三大将軍を撃退したという話が真実味を帯びてくる。わたしがここで戦って勝てる相手ではない。
わたしはここで死ぬかもしれない。
異国の地で、ロリコン変質者の殺人鬼にめちゃくちゃにされるのだ。殺されるのだ。
……イヤだ! そんなのイヤだ! 死んだらとても痛いんだ! わたしは死にたくねぇ!
「──おりゃあっ!」
振り向きざまに脚を横薙ぎに振り切る。
咄嗟に腕を立て、わたしの蹴撃が頭部に直撃することを防いだメルキアデスだが、勢いに圧されて壁に叩きつけられた。
「……っ、ラディストール……!?」
苦悶の声に混じってメルキアデスの驚きが漏れ聞こえた。
だが、そんな声に耳を貸している暇はない。
「レオネ、逃げるぞ!」
「何故ですか!? 今がチャンスです、ぶっ殺しちゃってください! マウントポジション、マウントポジション、リバース・マルチプルデスロック!」
「マジで黙ってくれ!?」
強引に隙を捩じ込んだわたしは、シュッ、シュッとシャドーボクシングを繰り出すレオネの手を取って隠し通路の先を目指して走り始めた。
すぐに追ってくるものかと思ったが、意外にもメルキアデスはこちらを睨みつけるだけで追ってこなかった。
「……えっと、もう少し速く走れませんか?」
「疲れてんだよっ!!」
全力疾走するわたしの横に並んで余裕たっぷりに語りかけるレオネ。その姿は綺麗な陸上フォームだった。……もう突っ込まないからな。
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