殴れリリアス

紅葉

第一章 神殿事件編

1.『頭のおかしいブラックデッド家』

 ある日、姉から手紙が届いた。


『となりの王国で三万人くらい殺したよ。ほめて』


 こんなとち狂った手紙を送る姉も姉だが、その手紙を見た家族は、大喜びした。

 大きなケーキを使用人たちに焼かせて、屋敷中を色とりどりに飾りつけた。わたしまで手伝わされた。

 そうして、人を呼んで盛大にパーティーを開いた。


 もうお分かりになったかと思う。


 ──ブラックデッド家は頭がおかしい。


 まず一族の平均殺人人数が月12.6人。三大将軍として戦場に出ている姉に至っては、もはや計測不能だ。


 ブラックデッド家はこのルナニア帝国の建国に携わっている、いわゆるものすごい名家だ。初代皇帝との間で盟約を結んだ竜の最強種と云われるブラックドラゴン。その血をブラックデッド家は、ばっちりと引いてしまっている。


 ブラックドラゴンの血を引いている。つまり、ご先祖のどこかにトカゲが混ざっているということだ。最悪である。その血によって常人より遥かに頑丈な肉体や魔力を備えているといわれても、お断りだ。


 そんなブラックデッド家は、代々帝国の武力としての役割を担ってきた。能力至上主義であるはずの三大将軍の地位を全て独占、世襲してきたといえば分かりやすいか。


 先祖、親戚、家族──ブラックデッド家に連なるみんなは名だたる覇者であり、殺戮者である。バーサーカーであり、社会不適合者の一族だ。


 姉はそうあるのが当たり前のようにわたしが生まれた時にはすでに三大将軍の地位についていたし、妹にいたっては未就学児の時点で当時三大将軍であった父を二回ぐらいぶっ殺し、屈服させて三大将軍の地位を奪っている。


 わたし──リリアスは、そんな家に生まれた哀れな赤子だった。


 まず、初めに宣言しておこう。


 わたしは平和主義者だ。戦争なんて行きたくないし、争いごとも大っ嫌いだ。人様に向かって剣や刀を振り回す姉妹にはドン引きである。


 千里先を見通す戦術眼? 大地を焼き尽くす焼却魔法? 要人を確殺する暗殺術? 


 そんなのいらない。ほしくない。勘弁してくれ。


 趣味はゲームと読書。


 殺人を趣味にしないことは家族から残念がられたが、そんなことはどうだっていいのだ。野蛮人どもめ。


 そんな頭のおかしい家族に馴染めるはずもなく、わたしは当然の権利のように引きこもっていた。毎日自堕落で悠々自適。高尚な遊民の如き生活を送っているのだ。


 ただまあ、最初からこうであったわけではない。


 わたしが歪んだ最初の原因は、何気ない妹からの質問だった。


『どうして、お姉ちゃんだけ髪が白いの?』


 ブラックデッド家に連なる者は、ブラックドラゴンの血と祝福(呪いの間違いだと思う)により、強大な身体能力と莫大な魔力を得る。そして、一族全員が黒髪、赤い瞳になるのだ。


 ──そう。わたしの髪は生まれた時から真っ白だった。真っ青な瞳だった。大して力もなければ、魔法も回復魔法しか使えない。美貌は一族トップかもだけど(みんなに小さいころ『最高傑作』とか言われてチヤホヤされた)。


 ……あれ?


 そして、精神を大いに病んだ。


 病んで病んで、学校にもいかずに自室に引きこもった。布団を被って、天井のシミを一日中探して数えたこともあった。ちなみに数はゼロ。屋敷の天井は汚れない材質でできていた。


 わたしは、両親の実の子供ではなかったのか。


 考えてみれば、合点するところがいくつもあった。


 いや、ありすぎた。もう一を探したら百を見つけるくらいにはあった。


 だから、リリアス・ブラックデッドの名を与えてくれた両親には悪いが、こんな家からはさっさとおさらばさせてもらう。


 もう十分だ。


 母から、『死は救済なんですよ』と笑顔で言われるのも。


 妹から、『お姉ちゃん、ダメ人間真っ直ぐのお姉ちゃん! 早く起きて、もう十一時だよ!』と扉をガンガン叩かれるもの。


 ◇


 コツコツ、と窓ガラスが叩かれる音で目が覚めた。


 太陽の光が憎い。恨めしい。消えてしまえ。そんなことを思いながらも、寝ぼけ眼をこすってふわりとあくびをする。


 時計は十三時を指している。


「なに……?」


 自室は二階である。朝っぱらから窓ガラスを叩いてくるなんて常識外れにもほどがある。


 窓ガラスを開けると降り立ったのは、黒々としたカラスだった。嘴には新聞。新聞配達の使役獣だ。


 ブラックデッド家相手に人間を使うような愚かな配達業者はいない。昔、新聞配達員が一族の不興を買って肉塊になって戻ってきてからは家にやってくる配達員は全て使役獣になってしまった。


 まったく、困ったものである。


「おつかれさま」


 ふと、カラスの翼に目を向けると一部がボロボロになっていた。たぶん雨風が強い昨日の晩に必死にここまで飛んできたんだろう。


 痛々しくて見ていられない。わたしは心優しい平和主義者であり聖人君子なのだ。


「【代行者たる我が名はブラックデッド 慈悲の祈りよ 彼の者に一筋の雫を】」


 初等魔法【回復】。手のひらをかざすと淡い光が漏れて、カラスの傷に染み込んでいく。


「どうだ、すごいだろ?」


 傷が塞がって見る見るうちにカラスが元気になっていく。やがて翼をばさりと広げて空の向こうに吸い込まれてしまった。


「ちぇっ……お礼もなしかぁ。光り物くらい集めてきてくれてもいいのに」


 聖人君子にあるまじき言葉を呟きながら窓を閉めて、カーテンも引いて完全防備体制に移行する。


 長時間窓を開けていると日差しが入ってくる。長い間引きこもりだったわたしは、日差しを浴びるとくらくらと目眩を起こして倒れてしまう。日焼けなどもってのほかだ。


「ふんふ~ん……新聞新聞……の、これだ! 確か今週のクロスワードに、最新のゲーム機が……」


 熊のぬいぐるみに猫のぬいぐるみ。お気に入りのペンギンの抱きまくらなどを、ベッドのすみに退けて──ダイブっ!


 あー、幸せ。最高っ。


 うつ伏せに寝っ転がって新聞を広げる。


 ──皇帝がまた新しい戦争を始めた。──三大将軍、ドーラ・ブラックデッドが単騎で敵軍主力をなぎ倒した。──りんごとぶどうのパフェがルクセンネリア城下街の喫茶店で限定セール中。──歴代最年少の三大将軍、アリス・ブラックデッドが隣国の王の首を討ち取った。──近年増えている魔物、魔族に対抗するために勇者召喚の儀を行う。──それに付随し、王城にて聖女を募集する。


 新聞には様々なニュースが載っていた。相変わらずブラックデッドの名はあちらこちらで見かける。これがわたしの姉と妹だというのだから恐ろしい。


 血なまぐさい戦争の話題の隣に、クロスワードがあった。懸賞の一等はなんと最新のゲーム機だ。


「ふふっ、戦争なんぞ勝手にやってろ! わたしはこのゲーム機をもらうぞ!」


 高らかに叫び、クロスワードを解くために用意したマジックペンをきゅぽんと抜いた時だった。


「どっせぇええええええいっ!」


「ひやぁああああああああっ!?!?」


 扉にショルダータックルをぶちかまして粉微塵にしたのはむさ苦しい筋肉ダルマであり──


「おはよう、愛しのリアよ!! 元気だったか!」

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