第三話
「護符! えっ、そんなファンタジーなアイテムなんですか!」
唐突に護符などと言い出したユーレッドに驚きつつ、タイロはまじまじとそれをみてみる。
和歌の書かれた風流な和紙っぽいステッカー、という感じの短冊だ。筆文字には、呪術感が漂っていないわけでもない。
けれど、護符というには俗っぽいものでもあったのだ。
それなら、もっと呪文っぽいものが書かれていても良さそうだが。
「護符っていっても、相手の正体ががわかってるからな。ユーレイ相手じゃねえんだぞ。ほら、見ろ」
そう言ってユーレッドは、べりっと短冊を幹から剥がすと、短冊の裏側を見せる。
そこに小さなチップのようなものが貼り付けてあった。
「それ? なんかのチップです?」
「コイツこそが護符だ。短冊はただのカモフラージュ用のステッカーだよ。風流な外見にしていたら、ここにあっても違和感少ねえからそうしたんだろうよ」
「汚泥忌避の命令が書かれたチップだな」
ドレイクが口をはさんできた。
「結構強いものだ」
「ああ。汚泥どころかちょっとした囚人でも、とても近づけねえようなものさ」
といってユーレッドは木をふりあおぐ。
「この桜の木は囚人を寄せやすい。だが、それを利用してこいつに周辺の囚人をわざと集め、ここから向こう側に侵入しねえようにしてるわけ。このステッカーの貼り付けてある向きが祭り会場かつ桜並木のある場所だろ。ここからは入れないようにしている。だが、この桜はあいつらを寄せちまうからな。つまり、こっちの雑木林には連中が溜まってるということだぜ。なかなかエグいことになってんぞ」
とユーレッドは、桜の木の奥に見える雑木林の方に目を向けた。
「ま、アイツらも変に残留した記憶とか持ってることはあるから、幽霊みたいなもんかもしれんが、実体ある分、幽霊よりタチが悪いぜ。ただ、お陰でイヤな気配漂わせてるから、ここから好き好んで雑木林に入る奴もいねえだろうから、ここに護符を貼った奴の思惑通りになってるんだろうな」
「えぇっ、俺には不気味だなーぐらいしかわかんないですが。この林の奥、なんかいるんですか?」
タイロが不気味そうにそちらを見る。
「お前にはわからねえだろうよ。スワロもまだ感知できてないぐらいだ。でも、ま、俺やドレイクには『わかる』わけ。なんつーか、旧い。古いんだよ、連中の気配も」
ユーレッドは肩をすくめる。
「気づかなかったが、ここ、相当古い場所だよな。こんなに古い場所残っていると思っていなかったぜ。大体再編されたときに壊されたと思ってたんだけどな」
「古い、ですか?」
「ああ。俺にはお馴染みの場所さあ。昔、何度も案内してたからな。ここに入った時、気にはなってたんだが、てっきりデジャヴだと思ってたぜ」
目を瞬かせるタイロに、ユーレッドはそう説明した。
「それで、あたりを観察してたんです? いや熱心だなあって」
「流石に気になったんだよ。しかし、なるほどなあ、それで古いタイプの囚人が残っているわけか」
ユーレッドは頷いた。
「そうだな」
ドレイクが同意する。
「この旧い気配。逆に新しいタイプのアシスタントでは感知しづらいものだ」
「え、そんな旧型なんですか。それじゃあんまり強くないんでしょうか」
あのなあ、とユーレッドが苦笑する。
「お前はのんきだなあ。”こっち”の業界じゃあ古いほうが怖いんだぜ? 俺たちを見ればわかるだろ」
というユーレッドに、タイロはハッとする。
確かにユーレッドもドレイクも、とても古いタイプの戦士なのだ。そして、彼等が最新式と銘打たれた強化兵士よりも、かなり特殊で強いことをタイロは知っている。
彼等はただの獄卒というには、事情が入り組みまくっているのだ。
「あ、そういえばそうでした! ってことは割と厄介なんです? その古いタイプの囚人って」
「まあそうだなあー。この感じだ。なかなか骨のあるやついそうだよなー」
といいつつ、ユーレッドは楽しそうにニヤニヤしている。
途端タイロは、ユーレッドの表情に嫌な予感を覚えたらしい。好戦的なユーレッドは、当然、どうせ戦うなら雑魚よりは骨のある相手が好きなのである。
「ユーレッドさん、楽しそうですね」
タイロは、そんなユーレッドの視線におそるおそる尋ねた。
「……えっと、これ、俺にどうするかきいてるやつですか? このまま、今夜、囚人狩るかどうかって?」
「そうだよ」
ユーレッドは当然だといわんばかりだ。
「俺はそりゃあこのまま乱闘に持ち込みたいけど、お前はオフだからなあ。ここで俺があいつら討伐するのは別にいいけど、お前は帰宅が遅くなるだろ」
気を遣ったんだ、と当然のように言うユーレッド。
「わー、やっぱりそういうことー」
気を遣われているのかどうかはわからないが、タイロは、えー、と声を上げる。
「仕事終わりなのにー」
獄吏のタイロにとって、囚人の駆除は一応お仕事なのだ。
そりゃあ獄卒のユーレッドやドレイクにしてみても、お仕事には違いない。
が、二人は何を言っても囚人退治が嫌いではない。しかも、それ相応の報酬も出る。なおかつ、この兄弟は二人とも夜型で、昼のハンティングより、断然、夜にやる気が出るタイプなのだ。
ドレイクはそれでも積極性はないが、ユーレッドに至っては、もはや囚人狩りは趣味の範疇。暴れられるのはうれしいに違いない。
ただ、二人に付き合うタイロは、別に何の報酬もないのだ。サービス残業みたいなものである。二人が囚人討伐で功績をあげても、タイロのお給料は上がらない。
「明日も仕事のお前がかわいそうだから、一応きいてんだよ。見なかったことにして平日の昼にやるか、今からやるかって?」
「うあああ、夜桜見学してごはん食べて帰って寝ようとおもったのにー! こんなとこで」
直接的なユーレッドに、タイロはげんなりと頭を抱える。
「あー、じゃあ、今夜はやめてメシ食って帰るか?」
ユーレッドは、意外にアッサリとそんなことを言った。
「別にコイツ貼ってたら、この公園自体は守られちゃあいる。一晩放置したところで被害者は出ねえと思うけどな」
これはユーレッドに気をつかわれている。そんな優しくされると、逆に真面目になってしまうタイロなのだった。
「いいえ。大丈夫とはいえ、万一にでもこのまま放置して、犠牲者とか出たら後味悪いです! やりまーすー。やりますよっ! ユーレッドさんもやる気みたいだしー」
お仕事といっても、タイロに書類仕事がこの後降りかかるわけではない。
ただ帰宅時間が遅くなって、三人で食べようと思っていたごはんが食べられなさそうだし、明日眠くなるだけのことだ。
タイロが覚悟を決める。
「いいですよ。ユーレッドさん、すごくやりたそうじゃないですか。こうなればどこまでも、おつきあいします!」
ユーレッドが思わずクスリとする。
「ははは、話がわかるじゃねーか。自分の時間を犠牲にしてみんなの安全のために働くとか、コーボクの鑑だなあ」
けらけらっとユーレッドは笑ったが、
「ま、そういう立派なお前にラーメンぐらいはおごってやる。ご褒美だぞ」
「えっ、本当ですか」
食事の話をされると、タイロは途端顔が明るくなる。
「ラーメン屋なら夜遅くても開いてるしな。運動の後は腹も減るからちょうどいいだろ」
「さすがユーレッドさん! 話わかるー!」
「ラーメンか」
タイロが機嫌を直したところで、ぼそりと低い声が割り込んだ。
そして、しみじみと。
「ラーメン……」
「おおっ?」
びくっとユーレッドが反応する。
割り込んだのは、当然、その場にいた男だ。
つまり、ドレイクがじっとこちらを見ていた。静かな時間が訪れる。
「な、なんだよ」
「……」
じっと見つめてくるドレイクに、ユーレッドはやや焦る。
「え。な、なに、アンタも食いたいのか? さっき焼きそば食ってたじゃねえか」
「いや、別に、気にしないで良い」
尋ねられるとすっと視線を外す兄ドレイク。それにユーレッドが困惑気味になった。
「あー、なんだよ。い、いいよ、奢ってやるよ、ラーメン一杯くらい。来たいなら来ればいいだろ。アンタも一緒に来いよ」
「良いのか」
無表情ながら、ほんの少しドレイクの目がキラッと光る。
「なんだよ、あんた、反応怖えよ」
ユーレッドは困った顔になりながらため息をつく。
「その代わり働けよ。ちゃんとな」
「うむ。了解した」
念押しされドレイクが深々と頷く。ユーレッドが、深々とため息をつく。
そんなどこか噛み合わない二人を、タイロはひっそりと観察しているのだった。
(この兄弟、見かけ物騒なんだけど、みてて飽きないなあ)
タイロはそんな怒られそうなことを考えて、なんとなくニヤついてしまうのだった。
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