第6話 身代わりの身代わり


 クリフォードは、剣をしまいながら、エレノアを振り返った。得意げに言う。


「邪魔がなければ、あれくらい俺ひとりでも倒せます」

 オーラを操り、しかもそれを遠当てできるような剣士は、極めて優秀だ。


「エリック公子ほどではありませんが、俺もそこそこ使える方です。ご安心ください」

「知っているが」

 はあ、とエレノアはため息をついた。馬車から出て、まわりを見回す。あまりにも被害が大きい。 



 クリフォードは、生き残った騎士たちにテキパキと指示を出していく。

 自分が剣を手にして背中を預けるに申し分ない騎士なのは知っているが、自分が戦えないというのが、こんなにももどかしいものだとは。


「皇女の馬車に乗り込ませたのはお前の落ち度だ」

「それについては面目もございません」

 クリフォードはエレノアに向き直って、苦笑した。乗っているのが皇女ではなくエレノアだと知っている油断もあるのだろう。

 それでは秘密が守れない。


「ブレフロガ騎士団の面々であればこのようなことはなかったのですが」

 護衛にあたっているのは、皇宮騎士団だ。腕前で選抜された面々ではあるが、身分ありきの者たちだ。


 エレノアが身分問わず選りすぐり、常に戦線に立つブレフロガ騎士団と違うのは当然だった。指揮に関しても、勝手知ってる者たちと違うのも確かだ。

 だが与えられたもので対処せればならない。


「言い訳している場合ではないぞ。どうするつもりだ」

「急ぎ陛下に報せを出します。我々は先を急ぎましょう」

「負傷者はどうする」

「警護に少数残して、置いていきます。こちらの領主へも使いを出しますので、すぐ回収してもらえるでしょう」


 ここが戦場なら負傷者を狙ってくることもあるだろうが、標的はエレノアだ。

 置いていった方が安全だろう。エレノアの警護は減ってしまうし、それは相手の狙い通りだろうが、この際それは問題ではない。


「護衛の追加も要請しております。川へ出るまでには合流できるかと」

「さすが、副団長は有能だな」

 ほめられてクリフォードは嬉しそうだった。喜んでいる場合ではないのだが。


「生け捕りはできたのか」

「かなわぬと見ると、逃げるか自害したようです」

 ただの山賊がそんなことをするはずがない。

「奇襲はある程度予想していたが、魔獣を操るなど、普通ではないな」

「しかも我々よりも魔術に長けたヴォルネスの方が得意とすることです」

「術具があればイゾルデの人間でも可能だ。決めつけはできない」


 このまま先に進んでいいものだろうか。

 エレノアは顎に手を当てて思案した。


「クリフ」

「やっとまともに呼んでくださいましたね」

 エレノアの副官は、胸に手を当て、騎士の礼をしながら嬉しそうに笑った。冗談めかした言葉を無視して、エレノアは静かに問う。


「お前はこれで良かったのか。本当にこのまま私へついてヴォルネスに行くつもりか」

 ――騎士団の副団長より、嫁ぐ皇女の護衛がいいかといえば、名誉ではあっても出世とは言えない。


「団長がいない騎士団はつまりません」

 クリフォードはにこやかに言った。顔の整った男がそうして笑うと、とても見栄えがする。


 これが、和平が成ってエレノアが剣術修行に出て、それについてくるというなら話は違うのだが。

 仲間と戦場を放棄し、誇り高き騎士団の副団長が、皇帝の命で出世を奪われるのは違う。


「俺が自分から来たんです。団長がいきなり呼び出されたので、おかしいなと思って探りをいれて」

「そうか。ならばよし」

 あっさり頷くエレノアに、クリフォードは後ずさった。すぐさま嫌な展開を察するのはさすが副官だ。

 エレノアはクリフォードをまっすぐ見て命じた。


「お前の騎士服をよこせ」

「……団ちょ……殿下?」

 あきれとうんざりの混じった心底嫌そうな顔でクリフォードはセレノアを見た。


「まさか」

「お前がドレスを着て馬車に乗れ」

「正気ですか?」

「お前は顔がいいから似合うはずだ」

「俺の見た目がいいのは否定しませんが、ドレスが入ると思っているんですか」

「きちんと着る必要はない。どうせ誰も馬車の中は見ない。それっぽい人物が乗っていればいい」


 そもそも偽の馬車を用意して、先を行かせてもよかったのだろうが、そうなれば犠牲が増えるのでエレノアの望むところではない。


「私が対処していれば死者は出なかった。大義があろうとも、防げる犠牲を見過ごすのは性に合わない」

「俺の戦力は必要ないと?」

「事情を知らない者を身代わりにはできないし、さっきのような万が一の時に処理できる人物でなければ困る」

 はあ、とクリフォードは盛大なため息をついた。


「俺とあなたではそもそも髪の色が違いますし、姿形が似ても似つきません。皇女殿下を覗き見る者はいなくても、俺の方は違います。入れ替わるのは不可能です。銀狼の面頬もお持ちではないのでしょう?」

 エレノアは戦場でいつも顔を覆う面頬をつけていた。万が一にも公女だと知れないように、これは最低限の母の命令でもあった。


 ――今持っていないかと言えば、持っているのだが。

 これを出す必要はないし、戦場にいるはすのエリック公子がここにいてはまずい。


「お前になりすますつもりはないし、エリック公子になる必要もない。最初からいたていで護衛に加わる。お前は道の安全を図るため隊を離れた事にする」

「そんな無茶な」

「堂々としていれば人は気にしないものだ。国境が近づくまでの間だけだが」


 エレノアの副官を務めてきたこの男は、エレノアが理不尽を言い出しては無茶をするのに慣らされている。

 それを望んで来たと言うのだから、喜んでやってもらおうではないか。


「このくらい想定の内だろう」

「まさかいきなり服を取り上げられて女装させられるとは思いませんよ」 

 クリフォードは精悍な眉根をしかめて、それをぐりぐりと人差し指で押しながら、なんとか平静を装った。

 反論をしたところで無駄なことをよく知っている。


「はあ――わかりました」

 クリフォード盛大なため息をついた。

「オーラでバレないように気をつけてくださいよ」

「わかっている。それくらい調整する」


 普通の人間がまとうオーラは白い色だ。クリフォードの青銀は、人よりも秀でた証。

 そしてエレノアの濃い青い炎は、ソードマスターの証でもある。


「というわけだから、メイザー婦人に私のことを説明してくれ」

 話している間ずっと馬車の中から視線を痛いほど感じていた。

「俺に面倒ごとを押しつけたいだけじゃないですか」


 否定はしない。

 窮屈な馬車から少しでも逃れたいのも否定はしない。


「お伝えしていいのですか?」

「どうせバレるんだから早めに教えておいたほうがいい。もう誤魔化しようもないだろう」

 そもそも一番身近でエレノアの世話をしてくれる人物なのだから、エレノアが病弱などでないことはすぐにバレるし、さっきのように身を挺してエレノアをかばって、しなくていい怪我などされては困る。


「わかりました。ひとまず平服に着替えます」

 手を差し出すエレノアに、クリフォードは鞘ごと剣を渡した。

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