始まりの旅 〜リヤン・ハイムーンの場合〜①

誰かが作った言葉にはそれなりの意味があり、作った本人はきっと同じような状況であったのだろうと僕は思う。いや、思わずにはいられないのだ。


「それでは、お気をつけていってらっしゃいませ。ご武運を」


「ああ……はい、ありがとうございます」


天よりも高く鳴り響く楽器音と民である老若男女の歓声が響き渡っていた。祝福されていることは分かっている。分かっていても、胸の中に抱いているこの禍々しいものを目の前の金髪野郎にぶん投げてやりたい。


「いやぁ、マジでよく当たるよな。お前の予想って」


「嬉しかねぇよ、こんなの。むしろ当てる気なんて皆無だったんだぞ? 僕に対しての嫌がらせか? 精神的にダメージを負って欲しいってことか? お? お?」


隣でまたヘラヘラと笑っているカズーキはガシャンガシャンと重たそうな鎧を身に纏っている。音からして自分には耐えられそうにもないと思ってしまうが、筋肉の塊みたいなこいつにとっては朝飯前だと言うことだろう。そこは尊敬するけど、にこやかに手を振りながらおちょくってくるのは許せない。


「なぁなぁ、リヤン! 俺って、そんなにすげぇのかな!」


「あ? すげぇんじゃねーの。勇者に選べばれるんだからな」


「へへっ そうか、そうなのか! よーし、俺頑張る! これからよろしくな、リヤン、カズーキ!」


照れくさそうに笑っている勇者、スィースを見ていると、毒気が抜かれたようにため息をつきたくなる。昔からの仲と言うこともあるが、根本的にこいつはいいヤツだ。いわゆる、憎めないバカってヤツだろう。


羨ましいと思う反面、何で僕はこいつの幼馴染をやっているのだろうとぼうっと考えることもある。だが、今回は国王の命令とあっては中途半端なことはできない。最終目標である魔王の討伐に向けて、自分ができることは片っ端からする所存だ。


太陽に照らされて輝く髪色は、彼の父であるアーシ様の遺伝そのもの。若干の苛立ちを抑えつつ、後ろからかズーキにぐりぐりとつねられているのを見てふふっと笑った。



旅のお供に連れて行けと渡されたのは、道具だけではなかった。足として使えそうな馬を人数分渡され、盛大なお見送りが見えなくなったところで早速使わせてもらったのだ。


僕、カズーキは無事に乗ることができ、上手く関係を構築できそうだと思っていた時だった。あと、今の断じてダジャレではないからな。


「ちょ、俺の馬、めっちゃ暴れるんだけど!」


前足後ろ足ともに上げては下げて繰り返しているのを二人で見つめていた。必死に食らいついているスィースはずっと叫んでいるが、近づいたら自分たちが瀕死状態になるのは目に見えているので傍観しているだけ。


助けを求める声を聞いても「スィース、お前ならできるぞ!」と完全に見放しているカズーキが応援という名の諦めを見せていた。


「無理無理、無理だって! こいつ、チーナと同じくらい言うこと聞かないって!」


「うわ、チーナ様にチクってやろ」


「それはやめて!」


揺れるのは体だけでなく声も同じようで、ぐわんぐわんと声を上下に揺らすスィースを無視して今にも伝書鳩を使って飛ばそうとしているカズーキ。こいつ、完全に面白がっているな。


ケタケタと笑いながらも綺麗な文字で文を書き記している。釣り上がった三白眼と荒くれ者の言葉遣いとは正反対だなと思いながら、僕は口を開く気力が失せていた。


チーナと呼ばれた女性は、スィースの婚約者。隣国であるセンライ王国の長女。見た目はカズーキと同じ珍しい黒髪を持っているのだが、背格好はまるで違う。肉付きがよく、背丈は低めの彼女はとんでもないほど気が強い。そして、力も強いと聞いている。


小さい時から互いに知り合いではあったのが、スィースの猛アプローチにチーナ様が折れて婚約することになったとか。そんな彼女に金髪野郎は頭が上がらないようで、今回のことを話したらとんでもない目に遭うのは確実だろう。


「さて、こんな感じでいいだろ。あとは、伝書鳩を呼んでー……」


ピューっと甲高い口笛を吹いたあと、どこからともなくやってくる鳩。一羽だけで良いのだが、鳩がそこまで賢いわけでもなく何羽も飛んできた。おい、僕の頭の上に止まるんじゃない。


「えーっと、こいつでいっか。じゃ、チーナ様まで届けるんだぞー」


「ねぇ、俺は!? 俺は助けてくれないの!?」


バサっと音を立てて飛び去った鳩を見送り、未だに助けを求めるスィースの声は響いていた。「仕方ねぇなぁ」と言いながらカズーキは動き始め、ゆっくりと近づく。後ろに立つわけにもいかないが、どうするのだろうか。


じっと見つめていると、何やら手に持っているものが。よく見えないので近づこうとすると、「どーうどうどう」と馬を宥めるための声かけを始めた。


しかし、それを聞き入れない馬は未だ激しく足を動かして抵抗しているばかり。これではいつまで経っても進めやしないと思った時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る