戴冠式後 〜リヤン・ハイムーンの場合〜

「……なーんて、言っているんだろうなぁ、きっと」


「え? 何が?」


「だーかーらー……俺らがスィースの従者になったから、『すごーい!』とか『私もリヤン様のように頑張ります!』とか言ってるんだろうなぁってこと」


「あぁ、それか。別に、いつものことだろう」


「いや、そうなんだけどさぁ……」


大きな大きな窓から見える真っ青な空はまさに今日のような戴冠式にピッタリだ。誰もが待ちわびていたこの国を救ってくれる存在。それがまさか王子であったスィースだったとは聞いた時は目眩がした。


何故あいつが選ばれてしまったのか、誰も防ぐことは出来なかったのか、などとちょっとだけ失礼な内容が頭の中に出てくるのだが、それよりもこの状況はかなりまずい。


あれが勇者として、更には俺たちのリーダーとして魔王を倒すというのだ。そんなの、どう考えたって無理に決まっている。だって、だってあいつは……


「めちゃくちゃバカじゃん、あいつ……!」


「そうだな。致命傷と言える程バカだもんな」


「伊達に能力検査でマイナス叩き出さないよ……」


「しかも、マイナス1とか2じゃなくて、マイナスMAXだもんな。いやぁ、あれは本当に面白かったよなぁー」


「笑い事じゃねぇからな?」


ケラケラと愉快そうに笑っているもう一人の従者、カズーキ・ユエンは「そうカリカリするなって」と言いながらまだ笑っている。今思い出しても笑える……じゃなかった、今の自分に関係しているので一切笑えない事実があったのだ。



それはまだ自分達がエレメンタリースクールに通う前のこと。貴族や王家の人間が通うことで有名なその学校では、事前に能力を測定する試験がある。その試験の結果が良くなかったからと言って入れないことはないが、クラス分けをする時に関係してくるとか。


その中でもやはり国王の一人息子であるスィースは厳重な警備の下で試験が行われたのだ。当時は何故ここまで見張る人間が必要なのか分からなかったのだが、今思うと絶対に知られたくなかったのであろう。


昔から仲良くしていた俺とカズーキを除いた生徒達が退出し、人払いをした後に行われた能力試験。大きな水晶玉に手を当てると、そこに本人の状態、所謂ステータスが表示される。


スィースも同じように手の平を水晶玉の上に乗せると、目の前に現れ始める数値の数々。魔法の数値、体力、防御力や攻撃力など事細かく書かれていた。


『流石スィース様! アーシ様のご子息だからこそ、ここまで優秀な数値が、出て……ん?』


あからさまに媚びを売るここの先生を見て、軽くため息をついた。スィースと長く付き合っているから分かるのだが、たまに自分達にも媚びを売ってくる人間もいる。どこまで浅はかなのだろう、と思って見ていたら固まってしまった先生。


何が起きたのだろうか。ヒクヒクと口の端を動かしている彼は『こ、これは……』と何か口籠る。どう見ても様子がおかしいので後ろから覗き込むと、能力数値の一つ、『知能』のところにこう書かれていたのだ。


『ま、マイナス、MAX?』


そう、そこにはカンストした時にしか使わない『MAX』の文字と、その隣に書かれている『マイナス』の文字。稀にプラスどころかマイナスの数値を叩き出す人がいるとは聞いていたが、それは一桁くらいの話。


仮に二桁の数値がいたとしても、他のことで賄えることもあるので特に問題視されていなかったのだ。


だが、今回は違う。マイナスでカンストしたにも関わらず、更にはその生徒がこの国の次期国王だなんて誰が想像しただろうか。俺は、今でも覚えている。


顔を真っ青にしたあの先生と、俺の後ろで見ていたカズーキが腹抱えて笑っていたこと。ついでに言えば俺も笑いそうになったけど、スィースの反応が気になって必死に堪えていた。流石に能天気なこいつでも傷ついているのだろうと思い声をかけようとしたのだ。


『あの、スィース……』


『……なぁ、見ろよ、これ』


『あ、あぁ。それは……』


『俺、めっちゃ凄くね! 体力と腕力、めちゃくちゃあるってさ!』


『え?』


『いやー、やっぱ俺って凄いわ! あ、ごめんごめん。何だった?』


『あー……何でも、ないわ……』


杞憂だった。これほどまでにこの言葉が似合う場所はなかったと思う。この事実が公にならないようにどれだけ必死に隠していたとか。その場にいた俺たちは当たり前のように口止めをされ、何事もなかったかのようにスィースの知能数は平均値としていた。


今思い出しても流石に無理があるだろうと思っていたが、意外と情報は漏れていない。


黒歴史と言っても過言ではない内容をこの一瞬で思い出してしまう俺はきっと疲れている。勝手に俺達が黒歴史だと思っているだけだと思うのだが、実際は本人のみぞ知る。


「……おい、どうしたんだ」


「いや、ちょっと一人で回想していただけ」


声をかけられて現実に戻ってくる。昔を思い出しながらも今の方がピンチであることに気付かされる。胃が痛むだけでなく、頭も痛くなって来たような。


これはあれだ、低気圧とか言うやつだ。最近話題になっていると聞いたから、それに違いない。むしろそうであってくれ。


「そう言えば、ここを出る日っていつか聞いたか?」


「聞いてないな。まぁでも最低一週間くらいは貰えるんじゃないか? あんなに大掛かりの作戦なんだからさ」


「……そうかなぁ。俺、嫌な予感しかしないんだけど」


「まさか、明日って言い出すとでも? いやいや、さすがの国王様でもそこまで頭が回らないなんてことはないだろうよ」


キリキリと痛むお腹をさすりながら今までの彼らの行動を頭の中で巡らせた。幼馴染と言ってもいい程の友人と国王様を一緒にしてはいけない。


でも、元祖スィースは国王だ。そのものと言っても過言ではない。ヘラヘラと笑っているもう一人の幼馴染を一瞥して、豪華絢爛な窓越しに空を見上げた。

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