第53話

「珠音くん、おはよう!」

「おはよう」


 教室に入ると愛衣さんと綺羅さんに声をかけられた。


「おはよう二人共…何かあったの?」


 何だか教室が騒がしいというか、ザワザワしている。チラチラとこちらを見てくるクラスメイトもいるし…


「え? あ、あー! そうそう、珠音くんに聞きたいことがあってーー」

「愛衣、空気読んで」

「…あ、あー、なんでもないよ? それより…そ、そうだ! 珠音くんは週末何してたの? 気になるなー」

「そ、そうなんだ…? えっと、週末は映画を見に行ったりしたかな」

「そうなの?! 私たちも映画館いったんだよ! ね、綺羅ちゃん!」

「私は付き合わされただけ」

「綺羅ちゃんだって楽しんでたじゃん! 珠音くんは何みたの?」


 上映時間は違うみたいだったけれど、同じ映画を見ていたらしい。

 しばらく内容について語り合っていると、チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。



⇆⇆⇆



 お昼休み、叫び声のような歓声が上がった。


「な、何? どうかしたの!?」


 愛衣さんにつられて周りを見渡せば、教室の端で集まっていたクラスメイト達が発生源のようだった。


「た、多々里くん!」


 陽山さんが興奮した様子で近づいてくる。


「お、おめでとうございます!」

「え?」


 それにつられるようにお祝いの言葉や拍手が聞こえてくる。


「えっと、陽山さん? 何のこと? 身に覚えが」

「無事に精子提供されたんですよね!」

「ちょ、ちょっと!?」


 急になんてことを叫ぶんだろうかこの子は。

 こんな人が集まっている場所でいうような内容じゃ…


「え、なんで知って…?」

「なんでって…」


 陽山さんは不思議そうにしながらも、スマホの画面をこちらに向けた。


「ね、ネットニュース…?」

「えっと、テレビでも放送されてますよ?」


 それらには速報で…


「え、え?」

「あらためておめでとうございます。クラスメイトの一員としてこれほど誇らしいといいますか、光栄なことは無いです」

「う、うん…」

「その…図々しいとは思うんですけど、く、クラスメイトの代表として、よろしければ…」

「申し訳ございません、陽山春花さん」


 少し戸惑っていると、巴が静止した。


「現在は機関に提出した段階ですから、その後のことは検査内容が公表された後、改めて申し出てください」

「そ、そうですよね…早とちりしてしまって、ごめんなさい」

「い、いや、えっと…こっちこそごめんね?」


 陽山さんがクラスメイトにもまれていく様子を見送っていると、愛衣さんと綺羅さんが声をかけてくる。


「珠音くんおめでとう!」

「おめでとう」

「う、うん。…ありがとう?」

「噂が本当でよかったよ~!」

「噂?」

「朝、クラスがそわそわしてたでしょ? その理由がこれ」

「あ、朝の段階で?」

「結構嘘の情報が流れるんだよ! 去年とかも10回以上提供されたって話題になったんじゃなかったかな」

「まあ、みんな気になることだしね」


 二人は当たり前のように話しているが、その内容は俺の昨日のアレのことだ。

 特異すぎる状況に何も言えなくなってしまう。


「ってことは、来週休みだよ、綺羅ちゃん! どっか遊びに…あ、今度は珠音くんも遊ぼうよ!」

「遊べるわけないでしょ。なんで休みになるか考えて」

「…あ、そうだった。珠音くんは忙しいもんね」

「でも私も遊びに行きたい。土曜か日曜は、どう?」

「え、えっと…ちょっとどうかな…?」


 少し落ち着こう。

 二人の様子を見る限り、この反応が普通なんだ。

 ここで取り乱している俺の方がおかしいわけで…

 落ち着こう、そう思っていた矢先、教室の扉が勢いよく音を立てて開いた。


「こんにちはタマ後輩いまから部室に来れるかい聞きたいことがあるんだ!」

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