閑話4 聖女アリスの幕引き

 神に祈りを捧げなさい。


 神に敬愛を、真意を示しなさい。


 神にすべてをささげなさい。


 神に魔王の心臓を掲げなさい。


 神に跪つきなさい。


 神は絶対で、すべてが正しく、間違いはない。


「神よ、なぜ、こんなにも世界が残酷なのですか?」


 アリスは涙を流しながら、神像に祈りをささげた。


「聖女様、準備が整いました」


 背後から聖人教会の聖人が頭を下げながら声をかけた。


「わかりました」


 これから異界の地にて魔王を倒す勇者を召喚する。


「人類と魔王との戦いに、終止符を打つ…………」


 聖人教会の本教会の地下にて大きな陣が描かれていた。


「これより、勇者召喚の儀を行います。みなさん、心臓をささげなさい」


 その言葉に大きな陣の周りを囲む10人の聖人がナイフを取り出し、「「はっ!」」と、ナイフを自身の心臓に突き刺した。


 そこから流れ出る血が大きな陣にしみこみ、魔力と反応する。


「召喚魔法…………」


 そこに聖女アリスの魔力が合わさることで赤色が青色へと変化した。


「サモン・ブレイブ!」


 大きな光が地下全体を覆い隠した。


 神のみご心は絶対。故に勇者様には魔王を倒してもらわなければならない。


 神に魔王の心臓を掲げるために。


 そして勇者召喚の儀は無事に成功した。


「な、なんだこれ!?」


「初めまして、勇者様」


 これが勇者明人と聖女アリスの初めての出会いだった。


□■□


 勇者と魔王の決戦。


 ついに、決着の時が来た。


「さて、どうなるのか」


 ふとよぎる不安。それは勇者が負けることに対しての不安なのか、それとも神のお告げを遂行できなことへの不安なのかわからない。


 勇者さまとの長く過ごした日々が鮮明によみがえる。


 楽しかった。嬉しかった。まだまだ一緒にいた。そんな思いがたくさんあふれ出てくる。


 ああ、私は聖女失格だ。


 神の御言葉を常に聞き、その教えをお言葉を伝えるべき私が個人的な感情を抱いている。


「聖女…………」


「本当に世界は理不尽でありませんね」


「ん?」


 この戦い、勇者様が勝つでしょう。それは変えられない運命であり、長く続く歴史に基づくもの。


「ごめんなさい」


「聖女様?…………ぐはぁ!!」


 聖女アリスは聖人に剣を突き刺した。


「な、なにを?」


「これもすべて神の御言葉…………私はなさなければなりません。ですから、死んでください」


 魔王の力は人の死からも発生する。


 なぜ、魔物と人の魔力が似て非になるのか。それは魔力の発生源の違いにあります。


 人の内から生まれる魔力、それは人の内部で、すでに魔力を生成する機能が備わっているから。


 逆に魔物や魔族は内部で、魔力を生成する機能はあるものの、その機能を動かすエネルギーがありません。そこでエネルギーになるのが死から発生する負のエネルギー。そのエネルギーを利用し、魔力を生み出している。


 つまり、この戦場をたくさんの死体を生み出せば、ほんの少しだけ魔王が強くなる。


「まぁ誤差だとは思いますが」


 それでもより、緊迫感のある戦いを演出し、人々に勇者の存在を刻まなくてはいけない。


 そして、ついに戦いは最終局面へと向かえる。


 魔王は魔力を全開放し、勇者様は聖剣ハーレを解放した。


 その戦いは美しく、綺麗で、まるで神の輝きを見ているようだった。


 しかし、その戦いは長くは続かない。最後の一撃、たがいに全力をぶつけ、ついに決着がつく。


 聖剣ハーレが魔王の心臓を突き刺し、勝利を収めたのだ。


 その光景を見た騎士たちは勝利を掲げ、声を上げた。


「素晴らしかったです、勇者様。やはり、私の思った通り…………本当に素晴らしい」


 心の底から涙がこぼれ出た。


 負けるとは思っていなかったとはいえ、こうして本当に魔王を倒したことに、今まで努力してきた勇者様の光景が鮮明によみがえった。


「アリス、君は」


「しかし、まさか魔王ヒルメが自身に呪いをかけていたなんて、なんという神に対する冒とくなのでしょう」


 同時に怒りが湧き出た。


 今、私の瞳には勇者様から魔王の気配を感じる。


 これは、魔王が最後のあがきだ。


 魔王ヒルメ、人類の希望である勇者になんてことを。


「これでは」


「なぁ、なぜ魔王がいるんだ!?」


「だって、さっき勇者様が倒したでしょ!!」


 全世界の人々が勇者様を魔王と認識し始めた。


「勇者様、実に残念です。しかし、安心してください、私はあなたを今でも勇者だと認識しております。しかし、今の世界は勇者様を魔王と認識するでしょう」


「待つんだ、アリス。俺は今自分が置かれている状況を知っている。そんなことが聞きたいんじゃない。アリス、お前、何をする気だ」


「私は勇者様に普通に平和に過ごしてほしい。そう、これはきっと聖女に許されない恋…………ゆえにここにいる全員を殺し、勇者様に平穏をあげます」


「やめろ!!」


 勇者明人が聖女に向かって聖剣ハーレをふるったが魔力障壁で簡単に防がれた。


「今の勇者様は聖剣ハーレの力を扱えません。その身はすでに魔王なのですから。しかし、安心してください。私が必ず、あなたを幸せにして見せます!これは神の意志ではない。私自身の意志であり、最初に最後のわがまま!!」


「アリス、俺はそれを望んでいなし、それに俺はすべてを知ったよ。この呪いを受けた瞬間に、すべてを…………」


「勇者様は毒されてしまったのですね」


「いや、毒されているのはアリス、君だ。神に心酔し、すべてを正しいと思い込んだ。俺がアリス、君を救う」


 すると、聖剣ハーレが光り輝き、魔力障壁を打ち砕いた。


「ごめん」


 聖剣ハーレが聖女アリスの心臓を貫いた。


「あ…………」


「はぁ…………はぁ」


「これが、罰ですか?」


「そうだ…………君が今まで犯してきた罪への罰だ」


「やっぱり、私の気持ちは変わらない…………勇者様、大好きです」


「俺も好きだったよ」


「よかったぁ…………」


 聖剣ハーレを引き抜き、聖女アリスの体を勇者明人は抱きしめた。


 聖女アリス、神の操り人形として数々の罪を犯し、この勇者と魔王の戦いを演出した哀れな女の子。


「俺に力を与えてくれた神、まさか…………」


 しかし、その光景を見た周りの騎士たちが口を開き、一斉に襲い掛かってきた。


 勇者だった明人は魔王となり、すぐにその場から離れた。


 この戦いは魔王の勝利として掲げら、聖女アリスの死は大きな打撃となったが、その後100年間、魔族が進軍してくることはなかった。

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