第34話 閑話2 勇者シン
とある田舎町で、一人の少女がいた。
親は幼いころに魔物に殺され、親戚に引き取られた少女、その名はシン。
いずれ、勇者となる少女だ。
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」
親戚の家の隣で木剣を何度も振るう。
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!…………ふぅ、ここまでかな」
彼女の日課は毎朝1万回、木剣を振るうこと。
いずれ冒険者になって、人々を守るために、将来を見据えて毎日欠かさずこなしているのだ。
幼いころに両親を亡くしたものの、彼女は一度も悲しいと思ったことはない。
なにせ、まだ本当に小さかったころだし、両親の顔を覚えていないからだ。
「シンちゃーーーんっ!ご飯できたわよ~~」
「は~~いっ!」
窓から顔を出してご飯できた知らせてくれる引き取ってくれたお母さん。
むしろ私のお母さんはこの人だ。
食卓に向かおうと私の二つ下の義理の弟が一人いる。
まぁ仲良くないんだけど。
朝ご飯を食べた後、私は畑仕事の手伝い、義理の弟はお勉強だ。
「いい働きっぷりだねぇ、シンちゃん」
「ありがとうございますっ!」
この村の中で、私はかなりの信頼を得ている。
畑仕事で貢献し、人付き合いだって欠かさない。
みんなから私は本当の意味でいい子という印象だ。
夕方を迎え、仕事を終えると、夕ご飯までの時間、今度は木剣を片方の手だけでもち、両方合わせて千回こなす。
これを終えたころにはちょうど夕ご飯の時間になる。
夕ご飯を食べ終えると、今度は魔力操作の練習をする。
魔力を木剣に奔流させながら、それを維持して、千回木剣を振るう。
「ふぅ…………終わったぁ」
これを終えたころには眠るのにいい時間になる。
私は近くの川までいって、汗を洗い流す。
「き、気持ちいい…………」
傷一つない体。未だに魔物すら戦ったことがない。
これだけ毎日こなしても、実戦経験がないというのは少し不安だ。
「それに、最近、また胸が大きくなったような気がする」
両手で胸を触り、そう思った。
胸が大きいと、戦うときに邪魔になるし、無駄に重くなる。
「はぁ、男に生まれたかったよ…………」
悲しげな声を漏らしながら、上を見上げると、きれいな夜空が広がっていた。
どこまでも続く空はどこにでもつながっている。
「早く、冒険者になりたいな。そうすればーーーーーーーー」
夜空に向かって右手を差し伸べ、軽く握った。
彼女は明日も冒険者になるために、日々精進するのであった。
□■□
月日が流れ、真っ白な雪が降る冬の季節が訪れた。
冬になると仕事が大きく減り、訓練する時間が大きく増える。
「ふぅ…………さすがに、訓練のし過ぎかな?」
最近、体が思ったように動かせない。
寒さで筋肉がこわばっているのか、もしくは訓練のやりすぎなのか。
「シンちゃんっ!」
すると、義理のお母さんが慌てた表情を浮かべながら走ってきた。
「どうしたの?」
「アクくんが、見当たらないの!!」
「え…………」
アクくんは私の義理の弟だ。
「どこを探しても見たらなくて、もしかしたら、森の中に!!」
「落ち着いて、お母さん!」
もし、アクくんが森の中に入ってしまったのなら、大変だ。
この村の冬の時期はエンペラーウルフという魔物が活発に活動している。
「お母さんは村の周辺を探して、私は森の中を探すから」
「でも、シンちゃん」
「大丈夫、私、こう見えても鍛えているから」
私はすぐに剣をもって森の中を探し回った。
森の中は雪積もって歩きにくく、冷たい風が襲ってくる。
「早く見つけないと」
特にこの季節は体がよく冷えるし、時間がたてばたつほどのアクくんが危険にさらされる。
しばらく、探し回るも、なかなか見つからず、途中で足を止めた。
「これ以上進めば、迷子になるかも。それに、アクくんがここまで来るとは考えにくい。一度、村にもどーーーーーー」
その時、四方八方から鋭い殺気を感じた。
パッとすぐに剣を引き抜き、構えると、ゆっくりとエンペラーウルフが囲むように姿を見せた。
完全に囲まれた。しかも、数はパッと見ても10匹。
「はぁ…………」
寒い中の移動で息が荒れる中、エンペラーウルフが襲い掛かる。
四方八方から連携して襲い掛かるエンペラーウルフの攻撃をよけながら仕掛けていく。
初めての魔物との戦いに手汗を握った。
攻撃をよけながら、攻撃を仕掛ける。その難しさを実感しながらも、難なくとこなす自分に驚きを隠せない。
エンペラーウルフ10匹を相手にここまでできる自分をほめたいところだが、途中、息が上がり始める。
「はぁ…………はぁ…………ふぅ」
たしかに、うまく攻撃をかわしながら、攻撃を仕掛けることはできている。
でも決め手がない。
このままじゃ、私の体力が先に…………。
その思考が駆け巡った瞬間、足元がもたついた。
「え…………」
深く雪が積もっていた部分を踏みつけてしまったのだ。
その隙を見逃さないエンペラーウルフは襲い掛かった。
命の危機、迫る死。
私はここで終わりなのか、冒険者になれず、このまま何もしないまま。
死ぬの?
そう思った時だった。
一筋の閃光がエンペラーウルフの首を切り裂いた。
「え…………」
そして、目の前には黒いローブを被る男が立っていた。
「たくぅ…………どうして、こんな森の中に二人も」
その人は頭を抱えているようだった。
「ご、ご主人様!!」
すぐにメイド服を着た女の子が颯爽と現れる。
「アルル、遅いぞっ!」
「ご主人様が早すぎるんですってこの子は?」
「知らない」
男の人は鋭い眼光を向けた後、視線をそらした。
「大丈夫ですか?」
「あ、はいってあ…………」
メイドを服を着た女の人の背中には眠っているアクくんがいた。
「アクくん!?」
「もしかして、お知合いですか?それならよかった。偶然見つけたものですから」
「よ、よかったぁ」
心の底から
「それより、ここから離れたほうがいいな。村まで案内しろ、護衛してやる」
「あ、はいっ!」
私はアクくんと見知らぬ二人を連れて、村に戻った。
村に戻るとそのお母さんがアクくんを見て、駆け寄ってアクくんを抱きしめた。
「ああ、よかったぁぁ…………」
母さんも心の底から声を漏らした。
「あ、あなたたちは?」
「偶然、通りかかった…………そうだな」
「冒険者ですよね、ご主人様」
「そ、そうだっ!」
「冒険者様…………あ、ありがとうございますっ!本当にありがとうございます!」
「お礼なんていらない。それじゃあ、俺たちはここで」
「待ってくださいっ!せっかくですし、ご飯を食べていきませんか?」
「い、いや、別に」
「ご主人様、せっかくですし、食べていきましょうよっ!」
「う…………そ、そうだな」
助けてくれた冒険者の二人は家でご飯を食べることになった。
久しぶりの賑わう食卓。
特にメイド服を着たアルルさんはお母さんと楽しく会話してた。
その反面、隣でご飯を黙々とご飯を食べる私と同じぐらいの身長の人。
どうやら、ラインさんという名前らしい。
「なぜ、こっちを見る?」
「あ、いえ」
エンペラーウルフを一振りで仕留め切ったあの一撃はすごかった。
今でもその光景が脳裏に焼き付いている。
ご飯を食べ終えると、お母さんは「泊っていきませんか」と提案した。
ラインさんのほうはいやいやそうだったけど、アルルさんが「泊まりましょうよ」と言って泊まることになった。
もしかして、ラインさんはアルルさんに尻にでもひかれているのだろうか。
アクくんの部屋に行くとまだ眠っている。
「気になるのか?」
「え!?あ、はい…………」
まだアクくんが目覚める気配がない。
「安心しろ。明日には目覚めるさ」
「だといいんですけど…………」
「…………お前、何歳だ?」
「え、え~~と、14歳です」
「そうか、若いな」
「ラインさんだって若いですよね?」
「俺か?まぁ、お前と同い年だからな」
「そうですよね…………って同い年!?」
「驚いたか?たしかに、14歳には見えないよな」
驚いた。
あれほどの実力で私と同い年。
やっぱり、上には上がいると驚かされる。
「あ、あの、一つお願いがあるんですけど、いいですか!!」
「内容次第だな」
「…………私に剣を教えてくださいっ!!」
「なんでだ?お前、十分強いだろ?手を見る感じ、訓練もしているみたいだし」
「私は強くなりたいんです。誰よりも、誰よりも強くっ!!」
「どうして、そこまでして強くなりたいんだ?」
「私は冒険者になって、みんなを守りたいんですっ!!」
「みんなって広すぎだろ」
「それぐらい貪欲のほうがいいって教わりました」
「誰に教わったんだよ、でもいいじゃないか?勇者みたいで」
「勇者?」
「ほら、勇者って邪悪な魔王を討つだろ?魔王を倒せば、世界が救われる。それってみんなを守ったってことになるだろ?」
「た、たしかに」
「だから、勇者みたいだなって思ったわけだ。まぁなれないと思うが」
「いいですねっ!勇者っ!私、勇者になりますっ!!」
「え…………」
「冒険者になって、勇者にもなりますっ!そうすれば、みんなを守れるっ!」
「まぁ、お前がいいならいいけど」
「それで、剣を教えてくれるんですか?」
「俺は剣を教えるのは苦手だ。だから、見せる分にはいいぞ」
「はいっ!お願いしますっ!!」
ラインさんの後ろについていき、外に出た。
「ここなら大丈夫だな。よく見ておけよ、一度しか見せないからな」
「はいっ!」
そこからはあっという間に時間が過ぎていった
同い年とは思えないほど洗礼された剣捌きは見惚れるほどで、一つ一つの動作に一切の無駄がない。
何を経験したら、この域に到達するのか。
私はむしろ、心を躍らせた。
□■□
「ね、眠れなかった」
ラインさんに見せてもらった後、自分の部屋に戻り、ベットに横になるも眠れず、気がつけば、朝を迎えていた。
ずっと、脳裏に焼き付いたラインさんの剣。
私もあの域に行けるのだろうかと、わくわくが止まらない。
外に出ると、ラインさんとアルルさんが出発しようとしていた。
「あ、ありがとうございます。お兄さん、お姉ちゃんっ!」
「いいんですよ」
どうやら、アクくんがお礼を言っているようだった。
なんか、入りづらい。
「本当にありがとうございます」
「いえいえ、それでは。ご主人様、いきましょう」
「そうだな」
そのまま森の中へと進んでいった。
あの二人が結局何者なのかはわからなかったけど、またいつか出会うような気がした。
「また、会いましょう、ラインさん」
□■□
それから数か月後。
「あなたは…………」
「私はアリステラ・リーン。お迎えに上がりました、勇者様」
「え…………」
彼女の運命の歯車が動き始めた。
ーーーーーーーーーー
あとがき
次回からは第2章ですので、気楽に読んでくれると嬉しいです。
ついでに、ここで一気に主人公がインフレした強さになります。
これぞ、最強主人公だ!(拳)
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