第28話 アルルsideー自分の弱さを胸に

 ご主人様、いやライン様に失望された。


「失望したぞ、アルル」


 この言葉は私の心に強く、響いた。


 ライン様に忠誠を誓ってから、暗殺者から手を洗い、メイドとして仕えるようになった。


 その日々は毎日が刺激的で、新鮮で、楽しくて、いつまでもライン様の隣にいたいと思った。


 でも、あの言葉を聞いて、私は自分の弱さが情けないと重く受け止めた。


 私が強ければ、ライン様に手間を取らせなかったのに、弱いせいで自ら前に出て戦わなくてはいけなくなった。


 私の価値なんて、暗殺者として身に着けた力しかないのに。


 強くならないと、もっと強くなって、ライン様の隣に立てるそんな一人のメイドにならないと。


 アルルは強く決心した。


 ライン様のメイドであるために、失望されないために、強くなると。


□■□


「ネロさん、大丈夫ですか?」


「はい、おかげで楽になりました」


 ご主人様がアリステラ様のもとへ向かった後、私はネロさんの応急処置をほどこした。


 でも、心の中はどこか、虚ろだった。


「大丈夫です、ライン様は負けません」


「そ、そうですね」


 別にご主人様を心配しているわけじゃない。


 だって、ご主人様が負けるはずがないと確信しているから。


 その時、南東側から一筋の光が見えた。


「あれは…………」


「アリステラ様の神聖魔法!?」


「あまり激しく動いてはだめです」


「くぅ…………情けない自分が悔しい。もっと強ければ、もっともっと強ければっ!」


 忠誠を誓う護衛騎士ネロがいざという時に何もできない。


 その苦痛と情けなさを嘆いた。


「ご主人様…………大丈夫ですよね」


 大丈夫だとわかっていても、どこかで心配してしまう自分がいる。


 これも自分が弱いが故と、信頼していないからこそ抱いてしまう不安だ。


「いえ、今悩んでいる場合ではないですよね。ネロさん、一旦、シノケスハット家の屋敷に戻りましょう」


 応急処置をしたとはいえ、ほっておくと命にかかわらないとは限らない。


 運良くもシノケスハット家の屋敷は西側に位置している。少し走ればすぐにノータちゃんのところまで運んでいけるはず。


「アルルさんの指示に私は従います」


 私は、ネロさんを抱えて、シノケスハット家の屋敷に戻った。


 屋敷に戻ると、ノータちゃんが宙を浮きながら、颯爽と現れた。


「ノータちゃん!?」


「アルルちゃんの匂いがしたからってどうしたの?」


「ノータちゃん、ネロさんの治療頼める?」


「べ、別にいいけど…………」


 ノータちゃんが杖先をネロさんに向けると、緑色の光が杖先から放ち、傷が一瞬に癒えていった。


 回復魔法だ。


「す、すごい。しかも、無詠唱」


「これでよし…………それで、どこ行ってたの?ライン様もいないみたいだし」


「あ…………」


 そういえば、ノータちゃんにミノタウロス討伐のこと言ってなかった。


「実は、かくかくしかじかで…………」


 今起きている出来事をすべて説明すると、ノータちゃんのほほがぷくっと膨れた。


「どうして、私も呼んでくれなかったのっ!ひどいよ…………」


「ご主人様が判断したことなんだから、無理いわないの」


「むぅ~~~~~~~~~まぁ、ライン様がそういったならいいけど。それで、今、ライン様はそのアリステラ様?を助けに行ったの?」


「そういうこと」


 ノータちゃんは少し考えるそぶりをした後、口を開いた。


「ねぇ、ライン様、かなりピンチそうだけど、大丈夫なの?」


「え…………」


「心拍数が高いし、魔力量もかなり消耗しているし」


「だ、誰のことを言っているの?」


「だから、ラ・イ・ン・様のことだよ、アルルちゃん」


「…………ど、どうしてそんなことわかるの?」


「ふふん、私はライン様の健康状態を常に確認できるように常時発動する魔法を仕掛けておいたの、すごいでしょうっ!!」


 ふんっ!えっへんっとポーズをとるノータちゃん。


「す、すごいけど、それって本当なの?」


「私の魔法は完璧だから。間違いない、まぁライン様が負けるなんてありえないと思うけど、念の為に助けに行ったほうがいいかも」


「ノータちゃん、ネロさんをベットに寝かせた後、すぐにご主人様のところへ行くから、準備してっ!」


「わ、わかったっ!」


 ノータちゃん、一度、屋敷内に戻っていった。


 ご主人様に限って、そんなことがないと思いたい。


 でも、いくらご主人様が天才でも死ぬときは死ぬ。


 ネロさんをベットで寝かせた後、ノータちゃんと合流した。


「場所は大体把握してるから、ついてきてね」


「うんっ!」


 私とノータちゃんはすぐにライン様のもとへ向かった。


「…………アルルちゃん」


「なに?」


「なにかあったの?」


「ど、どうしたの?急に?」


「なんか、その…………なんかあったのかなって?」


「…………何もなかったよ」


「そう、ならよかった」


 アルルちゃんは笑顔でそういった。


 一体、何を思って「なにかあったの?」っと問いかけたのかわからないけど。


 もしかして、顔に出てたのかな?


 パチッと両手でほほをたたき、気合を入れなおした。


 真っ直ぐと南東側に進んでいくと、不自然に木々が倒れている場所が視界に入る。


 あそこだ!!

 

 木々を潜り抜けると、そこには真っ二つに切り裂かれたミノタウロスと、膝をついて下を向いているライン。


 そして、その少し離れたところで右腕をなくしたアリステラがいた。


「これはいったい…………何が」


「あ、ああ…………ライン様っ!!」


 ノータちゃんは駆け足でラインのところまで駆け寄り、回復魔法をかける。


 私はアリステラ様のほうに駆け寄り、容態を確認した。


 右腕を失っているものの、魔力で何とか出血を遅らせている。


「ひとまず、応急処置で止血しないと」


 急いで右腕の止血をした後、ノータちゃんのところへ向かった。


「ご主人様の容態は?」


「命に別状ない…………ただの魔力切れみたい」


「よかったぁ…………ってそうだ、ノータちゃん。アリステラ様の容態も見てほしい」


「わかったっ!」


 ノータちゃんがアリステラ様の容態を確認し、すぐに回復魔法で治療を施した。


「とりあえず、これで大丈夫だよ」


「よかった。では、二人を屋敷まで連れていきます。ノータちゃんも手伝って」


「は~~~いっ!」


 ノータちゃんは杖を掲げると、ご主人様とアリステラ様が宙に浮いた。


「それじゃあ、戻ろう」


「あ、うん」


 ノータちゃんはほんの数週間に立派な魔法使いになった。


 そう思ったアルルはその成長ぐわいを見て自分の弱さを実感した。


 

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