第24話 アリステラsideー聖女アリステラ・リーンの覚悟
私はミノタウロスとの距離をあけながら、攻撃を仕掛けた。
「ウォーター・ブラストっ!!」
杖を掲げ、唱えると、杖先から水が集約し、勢いよくミノタウロスに向かって放たれた。
だが、ミノタウロスは無傷だった。
「やっぱり、硬さも尋常じゃない。でも…………」
アリステラはさらに、地面に杖先をむけて、唱える。
「マッド・ゾーンっ!!」
泥魔法マッド・ゾーン。
地面がドロドロになり、ミノタウロスの足場が水と合わさり沼化する。
するとミノタウロスの足が埋まり、ミノタウロスの動きが止まる。
「ここまで作戦通り、さらに畳みかけるっ!!フォーリー・チェーンっ!!」
拘束魔法フォーリー・チェーン。
光の粒子でできたチェーンがミノタウロスを拘束し、完全に身動きを抑える。
これで、ミノタウロスは動けない。
「ぐぅーーーーーーーーうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
すると、突然、ミノタウロスが雄たけびを上げる。
「うぅ…………」
急になに?こ、これは…………。
ミノタウロスが叫びと、沼化していた地面が固まり、フォーリー・チェーンも光の粒子になって散っていった。
「これはどうなって、ミノタウロスには魔力がないは…………」
信じられなかった。
確かにさっきまで魔力を持っていなかったはずなのに、今はミノタウロスから魔力を感じる。
しかも、その量は私に迫る。
「まさか、意図的に魔力を?でも、そんなこと、勇者様でもないと」
魔力を隠すという芸当はできないことではない。
実際に実力のある魔法使いは、実力を隠すために魔力量をわざと少なく見せたりするからだ。
でも、それでも完全に魔力をゼロにすることは至難の業。
そんなことができるのはそれこそ、勇者様のような特別な存在のみ。
「これは、少しやばいかもしれません」
下手をすれば、ライン様でも勝つのは難しいかもしれない。
ミノタウロスは赤いオーラを身にまとい、こっちにゆっくりと近づいてくる。
「私も本気で覚悟を決めないと」
一粒の汗がしたたり落ちる。
できれば、私一人で倒すつもりでいたけど、どうやら今の私では難しそうだと、唾をのんだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
瞬く間に間合いに入り込むミノタウロスは、斧を深く構える。
早いっ!?でも…………。
「アクセルっ!」
加速魔法アクセル。
即座に加速し後方へ下がりながら、さらに魔法を唱える。
「ヘル・ファイヤー」
杖先から灼熱の炎が放たれ、ミノタウロスを飲み込んだ。
「まだとらえられないスピードじゃない」
でも、もしこれ以上スピードが上がったら、魔法を唱える前に斬られる。
そう確信した。
「…………」
「やっぱり、効かない…………ん?」
そこで、アリステラは気づいた。
ミノタウロスに浅くはあるが傷があることを。
もしかして、火に対する耐性が低い?
だとしたら、火炎魔法で攻撃したほうが有効的かも。
『なるほど、面白い』
「んっ!?」
ミノタウロスが喋った!?
『拘束し、時間を稼ぐ作戦。騎士に並ぶ動体視力、判断力、さすが聖女というべきか』
「喋れたのですね」
『驚くのも無理はない。なにせ、われのようにしゃべられるものは数えるほどしかないからな』
「…………でしたら、お聞きします。どうしてこんなところに?」
『なに、ある男に頼まれてな。報酬として命をしのぎあう敵を用意するというので受けてやったまでだ。まぁ、まさか魔物に依頼するとは思わなかったがな』
「ある男?それはいったい誰ですか?」
『さぁな、名前などもう忘れたわ。それより、戦いだっ!もっと我を楽しませよ、聖女っ!!!』
話し合いができる相手ではありませんね。
ですが、重要な情報を手に入れることができました。
「彼が来るまで必ず、時間を稼ぐっ!!」
ミノタウロスは笑った。その笑みは戦いを楽しみ戦士そのものだった。
そして、ミノタウロスが一歩を踏み出すと、同時にアリステラは唱えた。
「ライトっ!!!」
杖先から閃光の光を放ち、ミノタウロスの視界を奪う。
すぐに、加速魔法アクセルを唱え、一気にミノタウロスに近づいた。
「ヘル・ファイヤーっ!!」
至近距離からの火炎魔法ヘル・ファイヤーを放った。
「やるではないか…………だが足りんっ!!」
灼熱の炎の中から、斧が振るうミノタウロス。
咄嗟に後方へ下がろうとすると、ミノタウロスが灼熱の炎に焼かれながら迫る。
地面に足が着いた瞬間。
「アイス・エッジっ!!」
氷魔法アイス・エッジ。
迫ってくるミノタウロスの足場に氷の刃を作り出し、見事に直撃するが、貫通することはなかった。
やっぱり、相当固い。
『ふん、はっ!!!』
気合だけで灼熱の炎をかき消した。
『魔法使いとして良き戦い方だ。だが、それでは一生我には勝てんぞ』
最初っから勝つつもりはない。
でも、思ったより魔力消費が激しいし、体力も限界に近づいてる。
「はぁ…………戦いは最後になるまでわからないんじゃないんですか?」
『よくわかってるじゃねぇか』
あとどれくらい、時間を稼げばいいんだろう。
ネロちゃんはライン様たちと合流できたのでしょうか。
どれも信じることしかできない。
聖女だというのに、どうしてこんなにも弱いんだろう。
『時間をかけすぎるのもあれだ。そろそろ楽にしてやる』
「…………ふぅ、そう簡単にやれると思わないことです」
『ふん、その生意気心、よしっ!われの最高の一撃で終わらせくれるっ!!』
ミノタウロスは斧を強く握りしめ、構えた。
斧にミノタウロスの魔力が流れ、赤い光を放ち、正面から迫ってくるミノタウロス。
「神よ、どうか私に御身の加護を」
アリステラは覚悟を決め、切り札を切った。
杖を天に掲げ、彼女はただその一言を唱える。
これぞ、聖女のみに許された神聖魔法。
「スーリヤ」
その0.1秒後。
ミノタウロスに一筋の光が突き刺さる。
0.2秒後。
一筋の光の輪が広がり、ミノタウロスを覆い隠した。
0.3秒後。
光の熱にミノタウロスが焼かれた。
『うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
苦痛の叫びとともに、ミノタウロスは膝をついた。
「はぁ……はぁ……はぁ……うぅ」
アリステラもまた膝をついた。
神聖魔法スーリヤは聖女の奥の手の一つ。
太陽エネルギーを一つにまとめ、光として放出し、太陽の熱を相手に与えるが、魔力消費が激しく、1日一回が限度の魔法だ。
「これで…………」
太陽の熱はそう簡単には消えはしない。その身が燃え尽きるまでその熱が冷めることはない。
『うぅーーーーーーーーなるほど、これが神聖魔法か』
「んっ!?」
ミノタウロスはゆっくりと立ち上がり、焼かれながら笑った。
『たしかに、強力な魔法だ。我でなかったら、一瞬で燃え尽きていただろう。だが、生憎と、我は』
ミノタウロスを焼き尽くす太陽の熱が徐々に引いていく。
『神聖魔法に対して耐性を持っていてな。ほら、聖女を殺すのに、警戒すべき神聖魔法に対策を講じないわけがないだろ?』
ゆっくりと近づくミノタウロス。
目の前にまで来ると。
『もう全部出し尽くしたか。ならもう楽になれ、聖女っ!!』
斧を大きく振りかぶった。
「ああーーーーーー」
私はここで終わる。
聖女としての役目も果たせず、目の前の敵を討つこともできず、この不思議な気持ちを理解することもできないまま。
アリステラはゆっくりと目を閉じ、涙を流した。
ああ、もう一度だけ、ライン様にーーーーーーーーー。
振り下ろされた斧。
しかし、鳴り響いたのは聖女の悲鳴ではなかった。
「おい、大丈夫か?」
聞き覚えのある声。
「ーーーーーーーーーーーえ」
目を開くと、そこには、ライン様が私を両手で抱えていた。
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