第20話 視線の正体、そして絶影のアルル

 ルータ村に到着すると、俺たちは愕然とした。


「これは、どうなっているんですか!?」


 アリステラが叫ぶのも無理はない。


 破壊された家、転がる死体、血の海、ルータ村には何一つ残っていなかった。


 アルルが死体に近づくと。


「死体の腐食具合を見るに、2,3時間ぐらいでしょうか?」


「…………だとしら、少し前にここに何かが通ったってことだな」


「まさか、例のミノタウロスですか?」


「可能性はあるが…………」


 だが、ルータ村には一度通過したはずだ。


 それに殺された人たちはみんな刃物で切り裂かれたような傷口がある。


 ミノタウロスがやったと断定するにはまだ早い。


 むしろ、人為的可能性がある。


「どうして、こんなひどいことを…………」


 アリステラは膝をつき、両手を重ねて、祈りをささげた。


 死者へのともらい、聖女として当然の行動だ。


「…………ここからは二手で別れて探そう。もしかしたら、ミノタウロスが複数いる可能性がある」


「だとしたら、必然的に、私とアリステラ様と」


「俺とアルルになるな」


「しかし、どのように二手に分かれるのですか?」


「シノケスハット領土の南側はかなり広いからな。隅々まで探すために南側を左右に分断し、捜索する。俺は南東側から探すから、お前たちは南西側を頼む」


「わかりました。アリステラ様」


 ネロが口添えすると、ゆっくりと立ち上がった。


「そうですね、この人たちのためにも絶対に討伐しましょうっ!」


「よし、これ以上被害を出さないようにさっそく始める。何かあれば…………そうだな、何か合図にできるものは…………」


 今の手持ちで合図にできるものはない。


 少し悩んでいるとネロがある提案を持ち掛ける。


「でしたら、魔力を真上に放出するのはどうでしょうか?少し痛手いたでではありますが、確実に気付けるかと」


 たしかに、合図に魔力を使うのは痛手だが、魔力なら絶対にどんな状況でも気づくことができる。


 うん、採用。


「…………そうだな、よし、そうしよう。いいか、見つけたとしても第一に報告を優先しろ。何が起こるのかわからないからな」


「わかりました」


「安心してください」


「よし、それじゃあ、いくぞっ!」


 こうして、二手に分かれ、捜索が始まった。


□■□


 南東側は特に痕跡こんせきもなく黙々と二人で進んでいた。


「特に何もありませんね」


「そうだな」


 痕跡や魔物の気配、特に何もなく順調に進む。


 これだけ何もないと逆に怖いな。


 そう思っているとアルルが話しかけてくる。


「ご主人様」


「なんだ?」


「私が言うのもなんですが、アリステラ様のことどう思っているんですか?」


「…………きゅ、急に何を言い出すんだ?」


「ほら、決闘でだいぶ距離が縮まれましたし、それにアリステラ様と結ばれれば、シノケスハット家はより大きくなります。乙女の勘が言っているんですよ、アリステラ様はご主人様に多少なり好意を抱いているってね」


 キリッ。


 暇すぎて頭がおかしくなったのかと思った。


 しかし、アリステラの言動をさかのぼるとたしかに、多少なり好意を抱かれてはいるだろう。


 だが、その好意は俺にとって有難迷惑ありがためいわくだ。


「ふん、たしかに、振り返ってみればそうかもな。だが、俺からしたら有難迷惑でしかない」


「どうしてですか?」


「アリステラとかかわっていいことなんてあるわけない。きっと、いつか魔王討伐に駆り出されるに決まっている」


「嫌なんですか?」


「いやだね、すごく嫌だね」


「ご主人様は強いのに?」


「アルル、お前、俺が何でもできる超人とかでも思ってないだろうな」


 アルルは満遍な笑顔を向けた。


「思っているんだな」


「だって、ご主人様は異常ですから。才能といってもいい魔力量と魔力操作に加えて、格闘技なども精通しているように見えましたし、正直、実力だけを見るなら12歳という枠を超えています」


「はぁ…………アルル、お前の目は節穴ふしあなだ」


「え?」


「確かに魔力量だけなら自信はあるが、格闘技に精通しているわけでもないし、魔力操作なんて大したこともやっていない。達人はもっとすごいし、魔力操作なんてノータのほうがはるかに精度が上だ」


 そう、俺なんて大したことない人間だ。


 達人には到底及ばないし、12歳だから輝いて見えるだけで、3年5年と経てば、見方が変わる。


 それにすごいのはライン・シノケスハットであって、俺ではない。


「俺のことが輝いて見えるのは今だけだ。だからこそ、俺はいつも自分を第一に考えている」


「第一にですか?」


「アルルの兄を助けたのだって、自分のことを第一に考え、それが最善だと思ったからだ。俺はお前が思っている以上に自分を中心に考えている。…………失望したか?」


「いえ、むしろよりお仕えしてよかったと思いました。自分のことを第一に考えるのは人として当然ですし。それに未来が楽しみになりました。ご主人様がどのような道を選び、進むのか」


「まぁ、お前がいつまで専属メイドでいられるかわからないけどな」


「えぇ!?」


「それより、本当に何もないな…………不自然なほどに」


「そうですね。ここまで歩けば、魔物一匹や二匹遭遇してもおかしくないのですが…………」


 シノケスハット領土は魔物が数多く生息している。


 ミノタウロスが目撃されて、もし餌にされていたとしてもそうそういなくなるものではない。


 それに、未だにスピタ村で感じた視線が気になる。


 もし、これが人為的で誰かの仕業なのなら、あの視線の正体はこの件に深くかかわっている人物である可能性が高い。


「アリステラのほうからまだ合図はないな」


「はい…………気になります?」


 とニヤリと笑った。


「その変な顔をやめろっ!ただ、ここまで何もないと、逆に南西側に何かあるんじゃないかって思ってな」


「たしかに…………んっ!?ご主人様!!」


「ああ、わかってる」


 前方から殺意のある人の気配だ。


 距離はそこまで離れていない、むしろを自ら近づいてきている。


「アルル、油断するなよ」


「はい」


 ガサガサっと茂みを踏む音が近づき、木々の間から現れたのは、黒いローブを着た男だった。


「やぁ、初めまして」


「だれですか、あなたは!?」


「うん?俺か?俺のことなら、そこにいるライン君が知っているんじゃないか?」


「ご主人様?」


 黒いローブを身にまとい、右目を眼帯で隠している男。


 俺はこいつを知っている。


「なるほど、あんたが元バエルの幹部、シャルガーか」


「正解!さすが、ボスを殺しただけのことはある。どうだい?驚いたかな?」


「俺もおかしいと思ったんだ。バエルの幹部が逃げ出すなんてな」


「ふん、その通り、俺たちが逃げ出す理由なんてない。そう、逃げ出したって思わせたのは、ライン君、君を殺すために仕方なくしたことだ」


「俺を殺す?笑わせるな、無理なことをでしゃべるほど、お前は追い詰められたのか?」


「それはやってみないとわからないだろ?」


 男はローブを脱ぎ捨て、腰に携えている剣を引き抜いた。


「ご主人様、下がってくださいっ!」


「メイドに守られるなんてみじめだねぇ」


「勘違いするな、俺のメイドに勝てないやつが俺と戦う権利すらないだけだ」


「なるほど、ならそこのメイドを殺し、ライン君も殺すとしよう」


 まさか、こんなところで、元バエルの幹部、シャルガーと戦うことになるなんてな。


 しかも、シャルガーはバエルの中も戦いに優れた人物だ。


 下手をしたら、アルルでも勝てない可能性がある。


 さて、どうしたものか。


「それじゃあ、楽しい……楽しい、殺し合いといこうかっ!!」


 シャルガーは強く地面を蹴り、剣をふるった。


 咄嗟にクナイを取り出し、完璧に防ぐアルルを見て、シャルガーは笑いながら後ずさる。


「なるほど、ただのメイドじゃないな」


「わかります?」


「ああ、その身のこなし方、視線が仕草、君…………暗殺者かなんかなのかな?」


「だったらなんですか?こう見えても私、正面対決でも強いんですよ?」


「言っておくが、俺はまだ本気を出していない、失望させるなよ?」


「上から目線、気に入らないっ!!」


 今度はアルルから攻めた。


 クナイをシャルガーに投げ、一瞬の視線移動に合わせ、姿と気配を完全に遮断するアルル。


「やっぱり、暗殺者か…………さて、どこから攻撃してくるのやら」


 どうやら、アルルが本気になったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る