18.月

 綿菓子みたいな光が降っている。

 ふわり、ふわりと、朧で淡く、口に入れたら甘く溶けていきそうな光。

 そんな光で辺りは満ちていて、思わず口を開け、上を向いたままでいたくなるのを苦笑に置き換えながら、僕は歩いていく。

 空を見れば、光を撒き散らしているお月様が、暈を被って十重二十重に滲んで見える。まるで満月と半月と三日月が同居をしているかのよう。

 その所為なのか、どうなのか。目に映るもの総てがどこか曖昧で、輪郭さえもがぼやけていて、いつもなら聞こえている様々な雑踏-車の行き交う音、家から漏れるテレビの声、酔っ払いの謡う歌-そんな生活の音、全て。それらが一切僕の耳には届かない。街がお月様に遠慮しているみたいに静寂を保っている。

 なにかがおかしく、どこかが変。

 時折すれ違う人々も、歩みはぎこちなく、ここにいながら心は別の何処かへ行ってしまったかのように、どこか表情も虚ろ。言ってしまえば、まるで、そう糸繰り人形……。

 なにがどうなってしまったというのか。

 皆が皆、淡い光に惑わされてしまったとでも?

 いや、それよりなにより、僕は一体『何』をしているのだろう。こんな総てが光に溶かされて曖昧模糊となってしまった晩に、たった一人で何処に行こうというのだろう。

 ふと我に返り、けれど、立ち止まろうとして立ち止まれず、引き返そうとしても引き返せなかった。

 体が既に自分のものではないみたいに、言うことを利いてくれない。そのまま僕の心を置き去りにしてゆっくりと、ゆっくりと水を掻き分けるみたいに光を掻き分け、体は進む。何処へ続くのかも定かでない道を歩いていく。

 必死で追いかければ、何時の間にやら道連れが増え、ぞろぞろと長い列を作っていた。

 皆、一見、人の形をしている。

 けれど、ほら。

 そこの角のミラーに映るのは、ただの黒い影や、崩れかかった腐肉の塊、あるいは木製の人形、もしくは毛むくじゃらの獣。それらが、淡い光を纏って人の姿を模倣して、自分が人だと信じ込んでいる。

 だとしたら、彼らに混じっている僕は、『何』だというのか。水泡のように浮かんだ恐怖も、体を止めることは叶わずに、ミラーがどんどん近づいてくる。

 あぁ、そこに映る僕は、一体どんな姿をしているのだろう、か……。

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