29話。死の街を攻略する
2日後の深夜──
俺は騎乗したシュバルツ兵団100名を率いて、アンデッドの巣窟である死の街に向かった。
本来ならアンデッドの力が増大する深夜に攻撃を仕掛けるのは愚の骨頂だが、セルヴィアの【世界樹の聖女】の力を秘匿するためには致し方ない。
敵の数は5000に減ったが、まだ敵将の【死霊使い】(ネクロマンサー)が残っている。
奴らは、もうこちらの挑発には応じず籠城の構えだ。
おそらくだが、敵将は強力なアンデッドをまだ複数隠し持っており、俺たちが死の街に踏み込んだら包囲殲滅する作戦なのではないか? と考えていた。
その裏をかいて完全な勝利を得るために、俺は【世界樹の聖女】の力を使うことにした。
もうこれ以上、奴らを王都近郊で暴れさせる訳にはいかない。
「ふふふっ、これからアンデッドどもの巣窟に攻撃を仕掛けるとは高ぶりますな」
長大な騎士剣を背負ったランスロットが、悽絶な笑みを浮かべる。
「臆病風に吹かれた者は、ひとりもおりません。みな指揮官であるカイン坊ちゃまを信頼して命を預けております」
「当然です、ランスロット様。俺たちはカイン様の元で、どれだけたくさんの魔物を狩ってきたと思っているんですか?」
「大量の【回復薬(ポーション)】も用意したし、準備万端ですぜ!」
いざという時、命の保証となる奥の手の【強化回復薬】(エクスポーション)も、ひとりに付き一つ用意してある。
「いや、俺様はマジで、ビビってるんだが……」
ゴードンが、一人だけ青い顔をしていた。
「誰一人欠けることなく生きて帰る。勝手に死ぬことは、許さないからな!」
「はッ!」
俺の激に、みんなが気合いに満ちた返事をする。
「最悪、今回の作戦は失敗しても構わない。自分と仲間の身を守ることを最優先にするんだ!」
「カイン兄様はいつでもみんなの命を大切に考えていらっしゃるのですね。全員の生還のために私も全力を尽くします」
セルヴィアが、覚悟と尊敬の籠もった目を向けてきた。
「えっ? 当然じゃないか……」
「おおっ! それを当然だとおっしゃられるとは! やはりカイン坊ちゃまこそ、騎士の鑑でございます!」
せっかく20レベルまで育てた兵を死なせてしまっては、もったいな過ぎるからなんだが。
ゲームでは、兵を死なせないように大事に育てることこそ重要だった。
そのためにはクエストの達成など、無理にこだわらなくて良い。レベル上げして、また再挑戦すれば良いだけだからだ。
「くぅうううううッ! カイン様のような慈悲深いボスの下で働けて、俺たちは幸せです!」
「カイン様、バンザイ!」
ランスロットやセルヴィアだけでなく、配下たち全員が感激しているので、とりあえず何も言わないでおく。
せっかく士気が最高潮になっているのに水を差すのは、もったいない。
何はともあれ、みんなには生きて帰って欲しいからな。
「よし、全軍突撃だ!」
「うぉおおおおお──ッ!」
全速力で死の街に向かって駆ける。
北門に近づくと、街を囲む城壁の上に陣取ったアンデッド兵が矢を斉射してきた。
やはり奴らは打って出ることなく、籠城作戦のようだ。
「セルヴィア、頼む!」
「はい、兄様!」
ドォオオオオオン!
見上げるような大樹が出現し、俺たちの頭上に枝葉を生やして、矢の雨を遮った。
「ひゃああああ! これがセルヴィアお嬢の本気ですか!?」
「すげぇや、お嬢!」
配下たちから、歓声が上がった。
「カイン兄様とお父様のため──フェルナンド子爵領のみんなのためにも、この作戦は必ず成功させてます!」
セルヴィアは決然と告げた。
「ああっ、頼む!」
俺たちはさらに馬を加速させて、門まで近づく。
わずかに届いた敵の射撃は、スキル【矢弾き】で切り払う。
「ちっくしょおぉおおおおッ! 俺様は【矢弾き】なんて化け物スキル、持っていねぇんだぞ! 俺様が怪我をしたら、どうしてくれるんだぁあああッ!?」
ゴードンが【ファイヤーボール】の魔法を投げ放って、城壁上に爆発を巻き起こす。アンデッドの弓兵が、粉々になって吹っ飛んだ。
「ほほぅ。この距離から当てますかゴードン様。さすがは、我らシュバルツ兵団の魔法担当です」
ランスロットが感心する。
ゴードンは魔法の射程距離、命中精度が桁外れに高かった。
指示すると、狙った場所にちゃんと魔法を撃ち込んでくれた。
先日、死の街に500メートル以上という長距離から【ファイヤーボール】を投げ込んだ手腕も見事だった。
ランスロットから報告を受けて、驚いた。
「俺様はシュバルツ兵団に入った覚えはなぁいいいいッ! こんな戦はもう金輪際やらないからなぁあああッ!」
こいつは多分、本物の天才だ。ちゃんと鍛え上げれば、勇者パーティのメンバーとすら、渡り合えるようになるんじゃないかと思う。
今度、ちゃんとゴードン専用の訓練メニューも組んでやろうかな。
「今です!」
ズドォオオオオオン!
セルヴィアは再び大樹を、今度は街の門に叩きつけるように召喚した。
門が吹っ飛び、防壁が弾け飛ぶ。
「おおっ! セルヴィアお嬢様がおられれば、破城槌要らずですな!」
ランスロットが驚嘆の声を上げた。
さらに、門を破った大樹が急激に枯れて、街中に倒れた。数々の家屋を下敷きにし、燃料となる枯れ葉が撒き散らされる。
さらにそこに、セルヴィアが召喚した大量の植物油が降り注いだ。
「【アルビドゥス・ファイヤー】!」
セルヴィアが火を放った。
スキル【火炎使い】を獲得したこともあって、その火勢は凄まじいモノだった。
炎が、大樹をあっと言う間に呑み込んだ。さらに家屋に次々に引火して、街全体を包む大規模な火災を引き起こす。
敵は門の内側に馬防柵なども設置してあったようだが、それらは単なる燃料と化していた。
「やったぜぇええええッ! カイン様の狙い通りだ!」
「見たか化け物ども! 俺たちの大勝利だ!」
シュバルツ兵団から、興奮の声が上がった。
敵の籠城作戦は、完全に裏目に出た。
敵将は街中に罠を張って、俺たちを待ち構えていたのだろうが、そこに飛び込んでやる義理など無い。
街ごと後腐れなく、焼き滅ぼしてしまえば良いのだ。
「お見事でございますカイン坊ちゃま! 一兵も失うことなく、アンデッド軍団を殲滅されてしまうとは! 神がかった軍略! このランスロット、感服いたしましたぞ!」
「いや、これは全部、セルヴィアのおかけだ。ありがとう、よくがんばってくれた!」
「……は、はい」
セルヴィアは疲れた顔をしていた。
【大樹の砦】を作ってもらったことといい、大量の【回復薬】の材料となる薬草の召喚といい、セルヴィアには連日、無理をさせ過ぎてしまったみたいだ。
「ごめん、大丈夫か……? すぐに帰って休もう」
「はい、ありがとうございます。カイン兄様のお役に立てて、うれしいです」
セルヴィアは脂汗を浮かべながらも、健気に微笑んで見せた。
「これで、全員で生きて帰れましたね。お安い御用です。あっ、レベルが34にまで上がったみたいですよ」
セルヴィアのレベルは、出撃時より4上昇していた。
簡易的な計算になるが、5000のアンデッドは、ことごとく経験値に変わったと見て間違いない。
「よし、ランスロット退却だ!」
「はっ! 了解であります!」
俺たちは意気揚々と馬首を返す。
俺たちに弓矢を放っていたアンデッド兵たちも、炎に飲まれた。火勢はとどまるところを知らずに、夜を赤々と照らす。
敵将が死の街にいたとしたら、まず助からないだろうな。
「やったぜ! やっぱりカイン様は、すげぇ指揮官だ!」
「俺たちの大勝利だぁ!」
「今夜は朝まで宴会ですな!」
配下たちは、勝利の雄叫びを上げた。
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