21話。シュバルツ兵団の躍進

約2ヶ月後──


 俺は鍛え上げたシュバルツ兵団を率いて、領内の魔物討伐に精を出していた。

 やはりここは周回プレイの世界であったようだ。危険度の高いモンスターが頻繁に出現するようになっていた。


 コイツらを撃破して、俺と配下のレベルをガンガン上げていた。


 俺自身が強くなるのも楽しいけど、100人の配下を精鋭として育成するのも、格別なおもしろさがあった。


 おかげで今では全員がレベル15以上に到達している。これは冒険者ランクで言えば、Cランクに相当する強さだった。

 スキルは集団戦に有用な【剣術レベル2】【矢弾き】【薬師レベル1】の3つを覚えさせた。

 

「うぉおおおおおおッ! カイン様のシュバルツ兵団が凱旋されたぞ!」

「我らが英雄カイン様、バンザイ!」

「どんな魔物が現れたってカイン様が居てくれればヘッチャラだぁ! 僕も大きくなったら、カイン様の配下にしてもらうんだ!」


 兵を率いて街に戻ると、領民たちから大歓迎を受けた。

 魔物の脅威に、辺境の冒険者ギルドでは対応しきれなくなっており、俺たちは絶大な支持を受けていた。


「さすがカイン兄様は、すごい人気ですね。私も鼻が高いです」


 セルヴィアが得意気に胸を張る。

 彼女は貴重な攻撃魔法の使い手として、魔物討伐に参加していた。


「これもセルヴィアが、毎回がんばってくれているおかげだ。【アルビドゥス・ファイヤー】をすっかり使い熟せるようになったな」

「ありがとうございます。えへへっ」


 頭を撫でてやると、セルヴィアは嬉しそうに目を細める。

 俺の言い付けを守ってセルヴィアは、5ヶ月近くも、火の魔法しか使っていなかった。おそらく、そろそろ、あのスキルの習得条件を満たせるハズだ。

 

 セルヴィアのレベルは25。俺のレベルは31にまで上がっていた。

 あと少しだ。あともう少しで、Sランクの魔物の討伐も可能になるだろう。そうすれば、爆速でレベルが上げられる。


 焦りを覚えるが、死んだらおしまいのこの世界では、焦りは禁物だ。

 安全マージンを確保しつつ、地道にレベルを上げていくしかない。


「まさか山賊として忌み嫌われていた俺たちが、今じゃ街のヒーローだなんて、信じられねぇ!」


 歓声を受ける俺の配下たちは、誇らしげだった。


「これもすべてカイン様のおかげだぜ!」

「毎日3度の飯がちゃんと食えて、暖かい部屋で寝られるなんて……カイン様の奴隷にしていただいて、本当に幸せだぁあああッ!」


 中には感涙にむせんでいる男もいた。

 山賊稼業というのは、想像以上に大変なようで、俺の奴隷になったことで不満をもらす者はいなかった。


 こいつらのほとんどが、食い詰めた農家の三男坊や脱走兵といった連中だった。それなりに苦労してきたみたいだ。


「えっへん……当然です。ですが、カイン兄様の一番のお気に入りの奴隷は、この私だということをお忘れなく」


 セルヴィアが、変な自慢をしていた。

 俺は忘れずにセルヴィアを虐待していることを領民にアピールする。


「みんな良く聞け! 俺はセルヴィアを奴隷のように扱って、危険な魔物との戦いに駆り出している悪徳貴族だ! すべては我がシュバルツ伯爵家の栄光と繁栄のためだ! フハハハハハッ!」

「はい、カイン様! がんばってください!」


 にも関わらず、領民たちの俺への崇拝に満ちた瞳はいささかも変わらなかった。


 あれ? ちょっと前までは、いたいけな少女を最前線で戦わせるなんて。やっぱり、悪徳貴族だ。

 という批判めいた声も一部では、聞こえてきたんだけどな……


「いやホント! 今回もセルヴィアお嬢の火炎攻撃で、魔物どもを一網打尽にしてもらえて、助かりましたぜ!」

「まったく、セルヴィアお嬢はすげぇ魔法使いだ。頼もしい!」

「それにしても、ご夫婦そろって身体を張って魔物討伐なんて……こんな立派な貴族は滅多におりやせんぜ!」

「ふふんっ、夫婦と呼ばれるのは、事実であってもこそばゆいですね」


 兵たちからの賞賛に、セルヴィアは嬉しさを堪えきれない様子だった。


「でも、まだまだです。もっとカイン兄様のお役に立つべく努力しなくては……」


 そう言ってセルヴィアは、俺に寄り添ってくる。

 うれしいのだけど、これだと俺がセルヴィアを虐待しているようには到底見えないよな……


 微妙な気持ちになっていると、セルヴィアがナイスな演技をしてくれた。


「カイン兄様、今夜はどんな風に私をいじめてくださいますか? あの薬をかけられたりしたら、羞恥心で、おかしくなってしまいそうです」

「そ、そうだな、(実際には絶対にやらないけど)鞭で打ってやろうか、卑しい奴隷め!」


 俺は迫真の演技で返す。


「わかりました。あの薬をかけた上で、鞭打つということですね?」

「え……っ?」


 あの薬とは、どの薬だと思うが、多分、薬師のリルが開発した【服を絶妙に溶かす魔法薬】のことで間違いない。


 『見えそうで見えないギリギリのラインを攻めるべく、が、がんばりましたぁあああッ!』とか、リルに報告されて絶句した。

 いや、いくらなんでも、こんな薬使えねよ。


 しかも、リルにあの薬の開発を依頼したのは、セルヴィアだったらしい。

 い、いったいどういうことなんだ?

 

 まさか、【服を絶妙に溶かす魔法薬】を本気で使って欲しいということじゃないだろうな?


 エリス姉上からも『セルヴィアにキスしてあげなさいカイン! あの娘はそれを望んでいるのよ! それから【服を絶妙に溶かす魔法薬】もドン引きせずに、使ってあげなさい! きっと喜ぶわ!』と、言われて困り果てていた。

 

 思わずゴクリと、生唾を飲み込んでしまう。

 だけど、ここは領民が見てる前だ。ちゃんとセルヴィアを虐待する悪徳貴族の演技をしないとな……


「フハハハハッ! あの薬をかけて羞恥心でおかしくさせた上で、鞭打ってやる!」

「うれしいです。カイン兄様!」


 いや、うれしいのかよぉおおお!

 俺の理性はもはや崩壊寸前だった。

 

「カイン様はセルヴィア様と仲睦まじいようで、これならシュバルツ伯爵家は安泰だ!」

「あまり俺たちの前で、いちゃつかないでください、妬けちゃいます!」


 なんて、声が領民たちから聞こえてきた。

 あ、あれ、今のは我ながら迫真の悪徳貴族ムーブだったんだけどな……

 すっかり、俺とセルヴィアは仲が良いと、思われてしまっているらしい。


 セルヴィアに首輪を付けて引き回している姿を見せればOKだと思っていたのだが、見通しが甘かったようだ。


 これでは、レオン王子にいずれ俺達の関係を疑われてしまうだろう。


 仕方がない。これからは人前に出ること自体を控えることにしよう。

 俺の方が羞恥心で、おかしくなりそうだしな。


「……もうシュバルツ兵団だけでも魔物討伐はできそうだな。セルヴィア、今度は俺とふたりで、ミスリル鉱山深部でレベル上げをしないか?」

「カイン兄様とふたりっきりで、ですか? はい、うれしいです!」


 セルヴィアが手を叩いて賛同してくれた。

 本来は、ゲーム後半の隠しダンジョンであるミスリル鉱山には、かなり強力な魔物が出没していた。


 父上が兵を使って、ミスリル鉱山中層までの魔物を駆逐したが、深部はまだ手付かずになっている。


 ここで魔物退治をすれば、より効率的に強くなれる上に、純度の高いミスリル鉱石も手に入って一石二鳥だ。


 本来ならまだ足を踏み入れるべきレベル帯ではないが、より効果を高めた【強化回復薬】(エクスポーション)があれば、探索可能だろう。


 そんなことを考えている時だった。


「一大事でございますカイン坊ちゃま! すぐに屋敷にお戻りください!」


 ランスロットが血相を変えてやって来た。


「どうしたんだ、ランスロット?」

「はっ! レオン王子から緊急の魔法通信が入っており、今、旦那様が対応中です!」

「なんだと!? 要件は!?」


 俺とセルヴィアに緊張が走った。

 レオン王子はセルヴィアに振られたことを逆恨みしており、何か嫌がらせを仕掛けてくるだろうことは予想できていた。


「はっ! それが……アンデッドの大量発生が王都近くで起こり、その討伐命令がセルヴィア様のお父上、フェルナンド子爵様に下ったそうです。しかし、シュバルツ伯爵家はフェルナンド子爵家からの援軍要請には応えず、これを見殺しにせよと……!」

「お父様が……っ!」


 セルヴィアが息を飲んだ。

 なるほど、その手できたか。


 レオン王子はセルヴィアの父親を合法的に死に追いやることで、セルヴィアを苦しめようというのだな。

 さらには、これはシュバルツ伯爵家への踏み絵でもある。


 ミスリル鉱山の発見によって、シュバルツ伯爵家とフェルナンド子爵家との同盟関係は強化された。


 レオン王子は、自分が計略を仕掛けたにも関わらず、両家が逆に親密になったことに気付き、不審に感じたのだろう。


 くそっ、オーチバル伯爵家を使っての情報操作もしていたが、甘かったか?


「レオン王子は、カイン坊ちゃまとも話がしたいとお待ちかねです!」

「俺とも話がしたいだって……? そうか、なら好都合だ」

 

 俺はセルヴィアの頭をポンポンと撫でて安心させてやった。


「大丈夫だセルヴィア。これは想定の範囲内だから」

「は、はい……でもまさか、お父様にここまでのご迷惑をおかけてしまうなんて……私が浅はかだったばっかりに……」

「心配するな、俺がなんとかしてやる。それに悪いのは全部レオン王子だ。セルヴィアのせいじゃない」


 肩を震わせるセルヴィアは、今回のことに責任を感じているようだった。


 だが、セルヴィアが罪悪感に苦しむなど、あってはならない。


「ありがとうございます、カイン兄様。私にできることなら、何でも言ってください。お父様を……フェルナンド子爵家を守るためなら、何でもします」

「ありがとう。よしランスロット、すぐに屋敷に戻るぞ! レオン王子と直接、話をする!」

「はっ!」


 レオン王子との最初の対決が始まろうとしていた。

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