12◇意気投合
コルトが不愛想なラザファムに怯えているかと思ったら、そこにはアルスの想像を超えた展開が待っていた。
「これ! 二十七年前に発行された記念の!」
「さすがだね。前王陛下とお后様の成婚記念だよ。お兄さんがものの値打ちがわかる人でよかった」
はしゃぐ二人を眺め、ナハティガルまで言葉を失っている。
何やら二人はアルバムのような冊子を開きながらベッドに腰かけて話し込んでいたのだ。クラウスならばまだしも、ラザファムは子供の扱いに長けていない。気難しいし、笑わないし。
それなのに、何故かコルトとは意気投合していた。
風呂にもちゃんと入れてもらって、服もこざっぱりとした新しいものに替えてもらってある。清潔にしたせいか、幾分元気も出たように見えた。
アルスは目を疑ったが、ラザファムが妙に嬉しそうに目を輝かせているのだ。あんな顔、見たことない。
しかも夢中で話しすぎて、アルスが帰ってきたことに気づいていない。
ナハティガルがでかい声を出した。
「うえっほぉん」
その途端に我に返ったらしく、ラザファムは急に赤面した。
「あ、アルス様……と、ナハ」
「楽しそうだな」
嫌味っぽく言ってやったら、コルトがうなずいた。
「うん! お兄さん、いい趣味してるんだ」
「趣味?」
「ほら、記念切手だよ。僕のお父さんが好きで収集してたんだけど、僕も一緒に詳しくなってて」
郵便物に貼る切手だ。美しい絵柄が入っているが、小さな紙切れに過ぎない。
切手の収集家がいると聞いたことはあるが、ラザファムがそういうものを好きだとは今の今まで知らなかった。
思えば、ラザファムはあまり自分のことを語らない。
何が好きなのか、いくら友人とはいえ、アルスが知らないこともたくさんあるのだろう。
「そうなのか?」
「うん! あっ、姫様が生まれた時の記念切手もあるよ」
「そんなもの発行されてたのか」
当人に無断で。とはいえ、赤ん坊が許可できるわけもないが。
見せてもらったら、瑞々しい雫の滴る百合の花の柄だった。そこにドレスを着た女の子のシルエットがある。
アルスのがあるのなら、三姉妹全員に発行されたのだろう。まったく知らなかった。
そんな話をしていると、ラザファムはバツが悪そうに言った。
「では食事をしましょうか」
ラザファムが買ってきてくれた紙袋の中には柔らかいサンドイッチが入っていた。挟んであるのは、芋のペーストだった。この村は芋がよく採れるらしい。
パンはザラザラとした手触りで、茶色がかっていた。雑穀が混ざっているようだ。
頬張ると、黒胡椒がいいアクセントになっていて、ぼやけた芋の味を引き締めている。素朴な味が美味しいと思った。
食べていると、ラザファムが言った。
「あの、僕は一度村長のところに話を聞きに行きたいと思います。アルス様はコルトとここで待っていてください」
「私も村長のところへ行こうと思っていたところだ。丁度いいな」
ラザファムは口の中のものを呑み込むと嫌な顔をした。
「……ついてくるおつもりですか?」
「そうだが?」
アルスも食事の手を止めて首を傾げる。
コルトは二人の話を聞きながらしっかり食べていた。
「お忍びの旅ではないのですか?」
「いや、だって誰も私に気づいてないし」
と思ったのだが、コルトに突っ込まれた。
「僕は気づいたよ?」
都合の悪いことは聞き流した。
「ナハ、そういうことだから、コルトについていてくれ」
肩に乗っているナハティガルに言うと、首をブルンブルン振るわれた。
「駄目だよ! ボクはアルスの守護精霊なんだから!」
「すぐ戻るって」
「だーめー」
爪が肩に食い込む。
「ラザファム、誰か呼んでよ。それでいいでしょぉ?」
ナハティガルはどうしても置いていかれたくないらしい。
ラザファムはアルスを置いていきたいので顔をしかめたが、置いていこうとして置いていけるアルスではないこともわかっている。諦めてナハティガルの案を採用するらしい。
サンドイッチを食べ終えると、ラザファムは立ち上がる。
エンテは呼べないようなので、またあの重々しいイタチかなと思ったが、違った。
「精霊ヴィルト、我が呼び声に応えよ」
ラザファムが窓を開けて呼んだのは、小さな雀だった。
ぴちち、ぴちち、鳴きながら部屋に入ってくる。小さな黒っぽい足で窓の縁に停まった。
「え? ダレ?」
ナハティガルが雑な誰何をした。
「お前も知らないのか?」
アルスだって城に勤める全員の顔と名前を覚えてはいないから、ナハティガルが知らない精霊がいても仕方がない。
と思ったのだが、そういうことではなかった。
「……ナハティガル、相変わらずだなぁ」
背後で軽い声がして振り返ると、そこにはトンボがいた。
「あっ! ヴィルトだ。誰を呼んだのかと思ったよ。やっぱりボクの知ってる
なんて言いながら足踏みしている。アルスは窓辺を指さした。
「この雀は?」
「ただの雀ですね」
と、ラザファムが冷静に返した。なんて紛らわしい雀だ。
「ヴィルト、この子――コルトにしばらくついていてくれないか? 何か問題があったらすぐに報らせてほしい」
すると、トンボは部屋をぐるぐると飛び回った。
「構いませんが、随分簡単な頼み事ですねぇ。楽勝じゃないですか」
ハハハ、と笑っていたヴィルトだが、コルトはひと言つぶやいた。
「僕、虫嫌い……」
得意げに飛んでいたヴィルトがヘロヘロと落ちてくる。
「え? こんな美しい
「そうだよねぇ。綺麗だと思うよ。ボクの次の次くらいにぃ」
「ナハティガルが相変わらず過ぎ!」
鳥とトンボが喧嘩している。
アルスは面倒くさくなった。
「ラザファム、行くぞ」
「はい」
多分、ラザファムも面倒くさかったのだろう。さっさとついてきた。
閉じた部屋の中では、ああでもないこうでもないというやり取りが繰り広げられていた。
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