2◇パウリーゼの茶会
ディートリヒが去ると、ひょっこり顔を出したのは末姫のパウリーゼ・ユリア・フォン・ファステンバーグだった。
ふんわりとした金髪をピンクの大きなリボンで飾っている。くりくりとよく動く淡い緑色の目が、年の離れた姉であるトルデリーゼに向いた。
「トルデ姉様、ディーおじ様はお帰りになったのかしら?」
この妹にかかると、皇帝も〈おじ様〉らしい。
ベルノルトは思わず笑いを噛み殺していた。
「まだ近くにおいでだろう。ご挨拶に行っておいで」
「えーっ」
不満げに言われた。おじ様に用があるのではないらしい。
「ディーおじ様とのお話が終わったのだから、お茶にしましょうよ」
彼女は皇帝に用がないのでさっさと帰ってほしかったらしい。無邪気にひどいのはいつものことだが。
この末姫がいると、緊迫した雰囲気がどこかへ行ってしまう。トルデリーゼも苦笑していた。
「もう少し後でね」
「はぁい。ラザファムを呼んでね? アルス姉様のことをお聞きしたいんだから」
アルステーデが出奔したことを知ると、パウリーゼはもっと狼狽えるかと思っていた。それが存外あっさりしていた。
そのうちにやると思った、とのことである。
案外、この妹の方が冷静な目を持っていたのかもしれない。
「ラザファムは忙しいから」
ノルベルトは、先ほどまでの険しい表情を隠し、優しい義兄の顔に戻っている。
これを聞くと、パウリーゼは守護精霊のアードラを連れて室内に入ってきた。細身で純白の、
「ちょっとだけならいいでしょう?」
「いや、ラザファムにはアルステーデを追いかけてもらわないと」
「アルス姉様ならそれほど進んでいないわ。お茶をする時間くらいはあるはずよ」
「進んでいないかな?」
「ええ。まっすぐ進める姉様じゃないもの」
トルデリーゼは思わず口元を押さえて夫を見る。ベルノルトも笑いを噛み殺した。
「アルス姉様って、変に正義感が強いでしょう? だから、困っている人とかに遭遇するたびに立ち止まっているんじゃないかしら?」
パウリーゼの言う通りだ。アルステーデにはそういうところがある。
ただし、どんなに道草を食っても、北の果てへ婚約者を迎えに行くという目的を投げ打つことはない。
彼女が旅を始めた以上、必ずだ。辿り着くまでアルステーデが諦めることはない。
それはクラウスにとって幸いなことなのか、それとも――。
「でも、少しだけだよ」
ベルノルトは柔らかな緑色の髪を揺らし、軽く声を立てて笑った。
パウリーゼは嬉しそうに手を合わせる。
「ええ、ありがとうベル
テテテテ――。
すれ違う人々にも愛嬌を振り撒き、パウリーゼは小走りで部屋に戻った。
そこでふぅ、と息をつく。
「お疲れ様でございます、パウリーゼ様」
白く優美なアードラは椅子の背もたれに停まるなり、翼を腕のように折り曲げて一礼した。パウリーゼはにっこりと笑う。
「ええ、これでラザファムは来るでしょう」
ラザファム・クルーガーは、アルステーデとその婚約者クラウスの友人だ。
国内でも数少ない精霊と心を通わせる精霊術師で、義兄が言ったように多忙な身の上である。
ただし、アルステーデが出奔してから彼女を連れ戻すために派遣されていた。それが昨日、アルステーデを連れずに戻った。
通過するつもりだったデッセルの町で騒動があったらしく、その報告を余儀なくされたためらしい。報告を済ませたラザファムは、再びアルステーデを追うという。
「ラザファムはお顔はいいけど、融通が利かないから」
パウリーゼはませた口調で言うと、アードラに向かって微笑んだ。
「ちょっとくらい時間を稼いであげなくちゃね。わたしって、いい妹でしょ?」
アルステーデがクラウスを迎えに行くとして、誰もアルステーデの行いに賛同しない。
それでも、アルステーデは本気でクラウスに会いたいと願っている。それなら、一人くらいは味方がいてもいいはずだ。
アードラは首を軽く振った。
「アルステーデ様のことも心配ではございますが。なんせ、守護精霊のナハティガルは未熟ですので」
「アルス姉様には丁度いいみたいだけど」
いつも騒がしい、アルステーデとナハティガルのやり取りを思い出して笑みが零れる。
クラウスが魔に染まってしまったというけれど、本当のところはわからない。
アルステーデが諦めきれないのも当然だ。もし再会できた後に別れるしかないのだとしても、アルステーデが納得できれば会う価値はあるのだ。
そこのところを皆がわかろうとしない。傷つけたくないから遠ざけるだけだ。
でも、
「頑張って、アルス姉様……」
そして、その頃。
当のアルスはというと――。
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