11◇悪い噂
アルスは翌朝、ラザファムに簡単な説明をした。
ノーラという年の近い娘と知り合ったこと。その子が領主館に勤め出したこと。
そして、領主の息子の手癖が悪いことを。
「それで、ノーラに忠告しておきたいんだ」
「わかりました」
「もしその息子が女中に手をつけているとしたら、その息子を罰することはできないのか?」
すると、ラザファムは整った顔をしかめた。
「ええ、よほど証拠がそろっていなければ難しいでしょう」
立場の弱い平民は泣き寝入りするしかないのか。
姉も女性だから、そういう女性を救済する法を何か考えてくれないものだろうか。それもまた、次に会った時に話してみたい。
もちろん、一番悪いのはその馬鹿息子だ。
「そのイングベルトってヤツ、知っているか?」
「そうですね、親しくはありませんが。兄がイングベルト・ベーレント、弟がフリートヘルム。兄は確か二十四歳で、弟は僕と同年です」
ラザファムと同じ年ならクラウスとも同じだ。アルスとも年は近いが、あまり記憶にない。
「兄のイングベルトは社交界で浮名を流していましたが、決まった相手はいませんね。弟はそれに比べると大人しいというか、陰気な男です」
「父親は?」
「デッセル領主、ベーレント卿は朗らかな方です。僕にはその卒のなさが胡散臭く感じられますが。といっても、ほとんどの貴族がそういうものですので、一般的とは言えるかもしれませんね」
「お前、口悪いなぁ」
いろんな意味で感心してしまう。しかし、それは誉め言葉ではないようだ。ラザファムに睨まれた。
「事実しか口にしておりませんが?」
「そうだよ。アルスが大人げないのも事実だし」
ナハティガルが余計なひと言をくれたので無視した。
「まあいい。換金所に行って、それから領主館へ顔を出してくる」
「あなたは正体をさらしたいのですか?」
「これまで、誰にもバレてないがな」
本当に、一度も言われていない。
それなのに、ラザファムはため息をついた。
「バレて大事になって連れ戻された方がいいみたいですね。せっかく僕がことを大きくしないように気を遣ってきたのに」
「ノーラに忠告したらすぐ去る」
この町を出る時、どうしたらラザファムを置いていけるだろう。アルスは同時にそれも考えた。
協力的なようでいて、隙を見て連れ戻そうとするに決まっている。このまま連れてはいけない。
けれど、これは認めるしかないが、ラザファムの裏をかくのは難しい。ラザファムの弱みとはなんだろうか。
アルスがじっと見たせいか、ラザファムは居心地の悪そうな顔をした。
「では、換金所へ行きましょうか」
「ん? ああ」
うなずき、アルスは歩き出した。
ラザファムは横に並ぶのを躊躇い、数歩離れてついてきた。
換金所ではラザファムが指示したように、指輪を質草にする手続きをする。
指輪を渡して契約書に署名するのだが、名前は――エルナ・ライゼンハイマー、と適当に作った。ライゼンハイマーは母方の姓だ。
「それでは、ご確認ください」
ずっしりと重たい革袋の中に入っている硬貨が何枚あるのか、パッと見ただけではわからない。ラザファムが確認した。
「確かに」
ラザファムは革袋の口を縛り、アルスに手渡す。
アルスはそれをリュックに入れた。指輪は軽かったが硬貨は重たかった。
換金所を出る時、ラザファムは周囲を気にしていた。大金を手にしたのだから、強盗にでも遭うと警戒しているようだ。
そういう手合いにならもう遭ったし、返り討ちにしたのだが。
「なあ、ラザファム。ノーラに会う時は少し離れていてくれ。説明が面倒だから」
「ええ。でも、気をつけてください」
「ナハがいる」
そこでナハティガルは誇らしげに羽毛を膨らませて胸を張った。ぬいぐるみっぽい鳥にしか見えないけれど。
それでも、ラザファムはふと柔らかく笑った。時々はこの男もこういう表情をするのだ。
いつも、アルスとクラウスが一緒にいる時、ラザファムはこんな表情で見守っていた。それを懐かしく思う。
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