精神的外傷

「あっちゃー お姉さん負けちゃったや。やっぱり ゆっくんは速いねぇ」

「………」

「でも、あれ?ゆっくん静かだね。もしもーし聞こえてますか~?つまらなかったですか~?」

「いや、でも楽しくも無かった」

「たはー……そっかぁ」

 

 ふと思い出される一つの記憶。

 数少ないあの人との思い出。

 でも何で今更思い出すんだろう………


 そこまで考えて、ふと気が付いた。


「ねーんねーん ころーりーよー おこーろーりーよー」


 優しく耳朶を打つ子守唄に。


 あぁ、そうか。

 確かあの人もよく寝かしつけるのに歌ってくれたんだっけ。

懐かしいなぁ……って


 ん?

 じゃあ今は誰が歌ってんだ?

 ……ってか俺はどうなったんだっけ。

 確かあばらが折れて………


「あばらが折れて!?」


 眠気も吹き飛ぶ勢いで跳ね起きる。


 いやいやそうじゃん!

 え?つまりなに?

 俺、死んだの?


 慌てて辺りを見回した。

 

 そこに広がるのは桃白色の空に、青々としたどこまでも広がる原っぱ。

 そんな癒しの具現化の様な空間のド真ん中に俺は寝転んでいた。


 ははぁ、なるほど。

 ここが天国ですか……


「って認められるかアホがぁ!!」


 それを肯定するかのような静けさに思わず叫ぶ。

 

 ふざけんなよ!

 何であんな訳も分からんままに死なにゃならんのだ!

 まだ未練タラタラだっての!

 

「おーい……」


いや、確かに死ぬ間際には笑ってたけども!

 あれはなんか違うじゃん!

あーもー……とにかくあんな理不尽認めねぇからな!

 

「おいー?………」


おお、神よ!

この世には神も仏も無いのでしょうかクソッタレェ!!


「おーーーい!!!」

 

 キーーン


「ふ、ふん?」


 やっべ、変な声出た。


「お?やーっと気付いたじゃん。こんちゃー、お兄さん」

「お、おぉ。こんにちは」


 ……え、なにこの時間。

 ってか思わず挨拶返しちゃったけど……誰だ?


 聞いた感じチャラついてそうな女声だけど。

 

 そんな俺にとっての最重要事項に気づくと、体が自然とこわばるのを感じた。


 ありとあらゆる陽キャなんて信じるに値しないのだ!……とまでは言うつもりは無いけれど、実際の所はこうだ。

 体は勝手に反応してしまう。


 人によりけりってことは頭では分かってるつもりではいても俺が陽キャという人種を根本的に信じていない…………いや、恐ろしいと感じている何よりの証拠だろう。


 ……てかヤバい、そんなのが後ろに居るとか考えたら過呼吸起こしそう。

 取り敢えず深呼吸して……


 と、平静を取り戻そうとした時だった。


「お兄さんって病比野 優やびの ゆう君で間違い無い?」


 心臓を鷲掴みにされたような感覚。

 慌てて振り返る。


 そこには軽くウェーブ掛かったハーフツインの女性。

 ここの空のように微かに輝く桃白色の瞳と、ゴテゴテにオプションの付けられたネイル。

 そして咥えているロリポップなキャンディが、いわゆるギャルの様な雰囲気を醸し出していた……のだが、正直今の俺にとってはそれどころじゃなかった。


「……お前、何で俺の名前を知ってんだ。」


 その理由がこれだ。


 俺の名前を知っている


 これだけで俺にとっては陽キャ以上に恐怖の対象となる程の重みを持った言葉だったのだ。

 思わず震えだしそうになる肩と足に力を込め、膝から崩れ落ちそうになるのを堪えつつ質問の答えを待つ。


 すると女はこう続けた。


「知りたい?」

「は?」


 先ほどの恐怖も忘れ、俺は思わず地で返す。


 ……何言ってんだコイツは。

 いちいち確認を取るようなことか?

 特に大切な選択肢でも有るまいし……

 いや、でも俺の名前を知ってる様な奴だ。

 まさか俺の知ってる名前だったりするんじゃ……


「だーかーらー。知りたいかって聞いてんの!」

「うわっ」


 女の含みを持たせる様な言葉に思わず考え込んでいると、その当の本人が駄々をこねるように怒りだした。

 擬音を付けるなら、ぷりぷりと。まるで子供のように。


 ……分からん、一体何がしたいんだコイツは。

 少なくとも今すぐにどうこうしようってつもりじゃない……のか?

 ……しょうがない。

 ここは少し乗ってみようか。


「あぁ、知りたい」


 それと同時にニッと口角を吊り上げると、女は嗤った。


 悪戯っぽく。

 子供っぽく。


「言ったね?お兄さん」


 嗜虐っぽく。

 艶っぽく。

 

 それにどこか背筋が凍る様な感覚を覚えつつ、俺は精一杯虚勢を張って答えた。


「……あぁ」


 その言葉を受けて更に口角を吊り上げると、心底可笑しいとでも言わんばかりに、女はこう続けた。


「良いねぇ良いねぇ!お兄さん、頑張るじゃん」


 それに俺は答えない。

 否、答えられなかった。

 女の目を……覗いてしまったから。


 軽薄な見た目と口調とは裏腹に、何か暗い光の宿る瞳。

 そんな彼女の桃白色である筈の瞳の奥から覗く黒は、射殺さんばかりの視線で僕を貫いていた。


 それに身体の芯まで染み渡る様な恐怖が走る。

 

 

 ……違う……止めろ……


 肌が。脳が。心が。

 ふいに重ねてしまった顔を忘れようと必死に拒絶する。

 

 僕が悪い訳じゃない。

 アレは死んで当然だった。

 だから…………だから僕は何も後悔なんてしていない。


 ふぅん、そう


 声は続ける。


 じゃあ……あれは?



 分かってしまう。

 あれと言われるだけで何のことだか分かってしまう。

 否、分からない筈が無い。


 だからあれは………あれは違う。

 僕が悪い筈がない。

 全部アイツが勝手にしたことだ。

 アイツがあんな死に方をしたのは自業自得………だから………

  

ふぅん


 

 だから、だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから




 


 

「そんな目で俺を見るな」





 



 

「……なるほどねぇ」


 その声でふと気付くと、女は腰に手を当て、下から俺を見上げていた。


 ……………あ?

 下から?


 直ぐさま辺りを見回そうとして、すぐに違和感に気付いた。


 手足が動かない……と言うか、手足が縛られていたのだ。

 いつの間にか変わっていた、辺り一面の触手の海によって。


「……さっきから一体何のつもりだ」

「むー……思ってたより低い……ううん、こんなもの?」


 触手の樹にキリストさながらのT字で吊るされた哀れな男の声は、ウロウロと頭を抱えている女には届いていないようだった。


 ……と言う訳で俺は大きく息を吸い……


「おい!!!!」

「ひゃん!?」


 有らん限りに叫んだ。


「え!?な、なんで起きてんの!?」

「は?……いや、何で起きてんのと言われましても……」

「いやまぁそうなんだけど! え?なに?じゃあもうあれだけのトラウマを…………」


 そのまま女はゴニョゴニョと、自分の世界に入り込んでしまった。


 ホントに何がしたいんだコイツは……

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