帝都万事屋記録

れれれの

殺風飯店殺人事件

神の前語り

 私の友人である鬼崎慧はこの世にいるどの人類よりも不幸であると私は心の底から認める。鬼崎慧は生まれ落ちて八年目のある日、不意に頭を石灯篭で打ったことで私たちと繋がってしまった。高次の神である私たちと繋がる、つまりそれは知らなくてもよいこれから先の未来を若年の脳に刻み込まれてしまうことを意味した。人の身でありながら人理の先を知る、凡才の人ならば精神に異常をきたし廃人になるだろう、しかしながら鬼崎慧は凡愚ではなかった。数日間の発熱を伴う身体的異常は避けられなかったが、鬼崎慧は見事に死の淵から舞い戻り、人の身には過ぎたる知識を持った天才へと生まれ変わった。

 鬼崎慧の能力は本人にとって特質すべきものではなかったのだろうが、周りの大人たちの態度は発熱以前以後で露骨に変わった。人の減っている寒村の中で唯一といってもいい子供だった鬼崎慧は蝶よ花よと可愛がられていた、それが発熱から回復した後から発揮される彼の智慧は村の誰も教えたことのない、否、教えることのできないものばかりであった。両親や近所の大人にとって、どこで習ったと問いただせば知っていたと素直に答える鬼崎慧のなんたる気味の悪さか。鬼崎慧が狐憑きと罵られるのは仕方のないことであった。

 齢九の時分になる日、鬼崎慧は生まれてから離れたことのなかった寒村を追い出される。口減らしなどではない、村人たちの純粋な恐れからの行動であった。

 私はこれも定めと、続けていた監視を取りやめようと、同じ監視任務に当たっていた友である秩序の神・ネネルに進言した。失敗を悟ったのはネネルの光に当たるとターコイズブルーに輝く瞳を覗き込んだ時である。秩序の神ネネル、歪んだ道理を正すべく存在する一柱、若き生命がなんの罪もなく死んでいく様を見過ごす非道など許せるわけもなく、そこから私とネネルの十五年間に及ぶ鬼崎慧を養育する日々が始まった。


 燦燦たる山の恵みに囲まれた深山で過ごした十五年は、私が神として送ってきたない長い長い生の中でも幸福な時間ではあったが、肉体的にも精神的にも成熟した男児となった鬼崎慧は世間を知るべきだと居をもっとも日ノ本で栄えている場所、帝都へと移すことに決めた。ネネルがである、私と鬼崎慧に拒否権などなかった。


 幾ばくかの金銭を手に、住み慣れた福丘の地から遠く離れた二六七里十三町、あれやこれやの珍道中を経て、たどり着いたのは日ノ本の中心というべき御所の存在する帝都。部屋を探すか、それとも家を借りるか、ひとりごとをブツブツと唱えるネネルを尻目に私たちは一息つける場所を探した。目についたのは日ノ本一上手いと看板を掲げたモダンな雰囲気のカフェに入店することにしたであった。


 そして、この店が私の大切な友人である鬼崎慧が目の当たりにする最初の事件の舞台になるのであった。

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