第三夜 とある男の世界

おお、君は…久しぶりだな。


なんだ?私を忘れたか?


…そうだ、君と小学校からの友人であり、君の近所に住んでいた男だ。


…そうだ、中学の時に成績トップレベルの優等生で、卒業後に一流高校へ進学した男だ。


えらく久しぶりだな…

10年ぶりといったところか?


せっかくだから飲もうか?

…と言いたいところだが、その前に一つ長話をさせて欲しい。

何、下らん妄想話だ。

適当に流してくれ。


私は、兼ねてより思っていた。

この世界は、誰が、何のために作ったのだろう、と。


そして…

単刀直入に言うと、その答えは見つけられなかった。

だが、一つわかった事がある。


それは、この世界には限りがあるということだ。


私はたどり着いたのだ。

この世界には、人の目に見えないものの方が多いのだという事実に。


そうだ…

目には見えないが、確かに存在する。

そんな物が、この世には数え切れない程あるのだ。

その最たる例が、呼吸に使っている空気だろう。


…何が言いたいのかというとだな、つまり、私は見えない世界に興味を持った。

そして、それを探し求めた。

大学まで行ったのも、そのためだった。


しかし、それはとうとう見つけられなかった。

まあ、考えてみれば当然ではある。

私は人間、限られた世界の中でしか生きられない存在。


そんな存在が、目に見えない無限のものをつかむなどおこがましく、また、到底無理な話だろう。


だが、私はそこから一つ考えついた。

我々の目に見えない世界は確かにある。

だが、手には取れない。

故に、存在を証明できない。


ならば、そのものを作ってしまえばいい。

普通に暮らしている人間の目には見えない、だが、そうでない人間の目には見える、確かに存在することを証明できる世界を。

そう考えたのだ。


そして、私はそれを作り出すために努力した。

大学で培った技術と、あらゆる論文や歴史を読み解いて得た知識を組み合わせ、必死になった。


そしてついに作り上げた…

見えない世界を、新たな世界を、創造する機械を。


何、痛い奴だな、だと?

確かに、普通はそう思うだろう。

だが、これを見てもそう言えるかな?



君の目の前に広がるこれは、ノワールホールと言ってな。

人間の世界と、私の作り出した新たな世界をつなぐものだ。


私は、世界を創造した後にこうも考えた。

この世界には、住人が必要だ。

だが、そこまで全て作ってしまうのは面白くない。

ならば、人間界から何人か連れてこよう。

そして、この世界で新たな生活を、文明を、築いてもらおうと。


何を怯えている?

この先の世界では、素晴らしい生活が待っているのだ。

劣悪な環境で働かされる事もなければ、人と違うからといって差別される事もない。


もちろん、辛い事はあろう。

だが、その全てはきっと乗り越えられる。

この世界の者には、越えられぬ試練は来ない。

そう組み込んであるのだ。


そうそう、言っていなかったな。

私には、名前はない。

人ならざる者となった私には、そんなものは必要ないからな。


そうだな、呼び名は…

「創造主」とでも呼んでくれ。


さあ、もう間もなく到着だ。

最終確認だが、これから君が行くのは私の作り出した世界。

そして、そこに降り立った時より、君は人間ではなくなる。


何になるか?

それは私にもわからん。

一つ言えるのは、「異人」という種族の何者かになるという事だな。


言っていなかったが、異人とは我が世界特有の住人の総称だ。

多様な種族、多様な文化がある、素晴らしい者達だ。

君は、これからそのいずれかに仲間入りを果たす。

そして、幸せに…

そして、自分らしく…

そして、自由に生きるのだ。


もう、辛かった事は全て忘れてしまえ。

君は、もう間もなく生まれ変わるのだ。



おっ、そろそろだな。

では、また会おう。


さらばだ、かつての友よ。

そしてようこそ、我が世界…ノワール界へ。

君の健闘と、末永い幸福を祈ろう。

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