10の夜の物語
白水カトラ
第一夜 とある無職の物語り
よう、嬢ちゃん。
こんなクソ暑い夏の夜中に、一人でおめかししてお出かけか?
へえ、残業終わりで帰る所なのか。
そりゃ、おつかれさんだな。
え?俺か?
俺はな…あれよ。
仕事もなきゃ金もない。
家もなきゃ行く宛もない。けど、時間と自由はある、天下無敵の職業だぜ。
え、ニート?
人聞き悪いな、せめて自宅警備員って呼んでくれよ。
ま、俺には警備する自宅もないんだけどな。
え、ホームレス?
まあ、間違いではないかな。
俺はネカフェ難民とも違うし。
あ、そうそう。
せっかくだし、一つ面白い話をしてやるよ。
まあまあ、そう焦んな。
孤独なニートの独り言だと思って、聞いてくれ。
昔の話だ。
ある所に、一人の少年がいた。
その子は一見するとごく普通の子供だった。
でも、他の奴らとは何かが違った。
その子は、他の子供と同じように話し、学び、遊んだ。
だが、まわりの子供には、その子が自分たちと同じ子供に見えなかった。
え?怪談は苦手?
あーいや、違うよ。
この子が幽霊だったとか、そういうオチじゃないから安心してくれ。
んで、その子は小学校ではまあ普通だったんだが、家に帰ると父親に虐待された。
階段から蹴落とされたり、物置に閉じ込められたりしてな。
しかも、中学生になると学校でいじめられた。
持ち物を隠されたり、机に落書きされたりな。
酷い時は、靴を燃やされた事だってある。
でも、その子は文句を言えなかった。
周りの奴らはもちろん、親にも教師にも見て見ぬふりをされたんだ。
酷い話だろ?
しかし、そんな少年も、高校生になると事情が変わった。
いじめも虐待もピタッと止まったんだ。
そうだ。ようやく少年は楽ができるようになったんだ。
でもな、そう上手くはいかなかった。
少年は必死で勉強した。
でも、どうしてか勉強についていけない。
少年は友達を作ろうとした。
でも、どうしてか友達ができない。
少年は思い出した。
自分は昔からこうだった事を。
自分は周りと何かが違っていた事を。
自分は何をやってもダメな人間な事を。
そして、少年は何とか就職できた。
けど、少年は…
どういう訳か、社会で上手くやっていけなかった。
少年には悪気はまったくない。
それどころか、必死でやっていた。
なのに、周りは彼の言動が失礼だとか、やる気がないだとか言って責め立てた。
自分の思いを上手く言葉に出来なかった少年は、やがて心を壊し、仕事をやめてしまった。
そして、親に言った。
俺なんかを社会に出してもろくなことにならないって、ずっと言ってただろう。
こうなることはわかってたはずだ、と。
しかし、それが信じられない彼の両親は、彼をひどく責めた。
そして、それがもとで、少年の中の何かが弾け飛んだ。
気づいた時、彼は真っ赤な海の中にいた。
そしてその瞬間、少年は心の底から笑った。
彼は、今まで自分を縛っていたものから解き放たれた喜びと、自分の生き方を見つけられた事への喜びにとらわれていたんだ。
その後少年がどうなったかって?
それは知られてないな。
ただ、少なくとも社会に出られず、どこかでひっそり暮らしている事だけは確かだろうな。
かわいそうな話ってか?
そう思うよな。
彼は、必死に生きようとした。
でも、生きられなかったんだ。
彼は、死んではいない。
今も、毎日を必死に生きている。
生きるには、何かを犠牲にしなければならないのだと、肝に銘じてな。
ところで、最近ニュースになってる連続殺人事件があるよな。
そうそう、それだ。
犯人は変な仮面を被った、中肉中背の何者かであること以外謎。
残されるのは刃物で首を斬り裂かれ、所持品を根こそぎ奪われた裸の死体のみ。
あれ、おっかないよな。
さて、お話は終わりだ。
長話に付き合わせちまって、悪かったな。
あ、そうだ。
せっかくだから、いいものを見せてやるよ。
これか?
見ての通り、サバイバルナイフだ。
これで獲物の皮膚を裂いて、糧を得るのさ。
ん?
何をそんなに怯えてるんだ?
言っただろ?
生きるには、何かを犠牲にしなきゃないんだ。
物を食うのと同じさ。
そうそう、言ってなかったな。
俺、趣味で仮面を色々作ってるんだ。
どうだ?なかなか悪くないだろ、これ?
さて、それじゃそろそろお開きにしよう。
しばらくまともに喋ってなかったから、楽しかったよ。
悪く思わないでくれよ。
それじゃあな。
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