第9話 責任

 トレーニングルームの入口に近づくと自動ドアが静かに開く――


 開いたドアの隙間から聞こえてくる声が徐々に大きくなる。冷たく静かな廊下と対極にあるような室内の熱気に気持ちが高揚していく。


「結構集まってるな! えーと、俺はどこに行けば……」

 

 見渡してみると既に到着した帰還者達が壇上の前に分かれて整列しているのが見える。とりあえず、人が集まってる所に向かうか……。


「え、レイも来てたの?! やったー!!」

 

「アカリ?! 何でここにいるんだ?!」


 どこに並んだらいいのか分からず挙動不審になっていると、後ろからアカリがハイテンションで話しかけてくる。


「なんでって、私達は一緒にランチしてる時に『世界を救いませんか?』って声を掛けられて……レイがいるなら安心だね!」


 ランチ中に声を掛けてるってナンパかよ、そんな怪しい奴に着いて行ったらダメだろ。俺も人の事言える立場じゃないけど。


「でも一言くらい連絡してくれたら良かったのに!!」


「連絡しなかったのはお互い様だろ……待てよ、私達ってことはもしかして――」


「もちろんティシアも来てるよー! こっち!」


 嬉しそうに小走りで向かうアカリの後に着いていくと、少し離れた列にティシアが並んでいた。


「ティシアー! お待たせ!」


「おかえりなさい、遅かったですね〜 ってレイさん?!」


 綺麗に二度見されたな。コスプレ姿しか見た事がなかったがこれはこれで可愛い。艶のある黒髪が光に当たって赤く染まって見える。


「久しぶりだな、ティシア。まさか3人揃って参加してるとは思わなかった」


「本当にそうですね……まさかレイさんまで参加してるなんて思いませんでした。あの時の恩がいつか返せたら――」


 恩を感じてるんだとしたら絶対に生き延びて欲しい……2人を危険な目に合わせたくはなかったな。


「そうだ、2人も勧誘されたって事はスキルが使えるのか?」


「まだ使えないんだけど、ステータスが見えるって事はレベルが上がったらスキルも使えるらしいよ」


 そもそも一部の人にしかステータス見えてなかったのか、ダンジョンでは自分の事に夢中で全く気づかなかった。


「私は小さいスライムを何匹か倒してレベルアップした時に回復のスキルを覚えました」


「回復か、優しいティシアにピッタリだな」


 スキルの性質も本人の性格に関係あるのだろうか。まだまだ謎だらけだな。


「あっ、そろそろ隊長?の挨拶が始まるらしいよ」

 

 壇上の側にはスーツ姿の高齢男性が待機しており、年齢を感じさせない恰幅の良さからは日頃の鍛錬が伝わってくる。


 司会が合図すると高齢男性が階段を上り、壇上に上がっていく。


「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。ダンジョン対策部隊の総隊長を務めさせていただきます、獅童 守(しどう まもる)と申します」


 威厳のある低音の声が身体の芯まで響き、先程まで騒がしかった会場が静まり返る――


 高齢に見えるが総隊長は戦えるのか、予言は本当なのか、本当に俺達に世界が救えるのか……言いたい事はたくさんある。


「総隊長とは言っても名ばかり……私には帰還者の皆様のように特別な力はありません。共に戦う事ができず、非常に申し訳ない」


 恰幅の良い身体を折り曲げて深くお辞儀をする姿に何も言えなくなる。しばらくして頭を上げると、一切乱れの無かったスーツに皺ができていた。


「最高の環境は用意した、私は君達の可能性を信じている」


 総隊長の声が、目が、全てが『君達なら勝てる』と語りかけてくる。

 

「無責任かもしれないが――」


 深く、ゆっくりと息を吸い込む。


「君達に世界の運命を託す――」


 短く、力強い言葉だった。


 たった一言でこの場にいる全員の気持ちが一つになった。壇上から降りていく総隊長を拍手で讃えながら、先程の言葉を心の中で繰り返し反芻する。

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