往復書簡

釈迦堂入文

第1話 はじまり

弥生へ


 今、東京に向かう新幹線の中でこの手紙を書いています。君と同じ名前の月に故郷を出ることに何か意味があるのかと問われると、特に意味はないのだけれど、何となく気になってこんなことを書いてしまった。折角メールでもなければLINEでもない、昔ながらの連絡手段の手紙を用いて郷愁を感じようだなんて意気込んでいたのに、まだ駅を発って十数分では何も感じることはなく、ただただ流れていく景色をぼんやりと眺めては、時折手紙に筆を走らせている次第です。そもそもノスタルジーというものは感じようとして感じられるものなのか、こんな不純で恰好つけた理由で手紙を書いているから感傷的な気分になれないのか? 僕は元々そういったセンスが無い上に昔から余計なことに関しては一言多く、肝心な所では一言少ないことを思い出しました。

一言少ないどころかあなたは何も言わないのよ、といつだったか君と喧嘩した時に強烈な平手打ちをくらい、ぼろぼろ泣きながら何度も胸を叩かれたのは、沢で溺れかけた時だったっけ? 

鮎釣りに行くことを君に伝えずに達也と恭一と一緒に行った時、うっかり足を滑らせた僕は救急隊員に助けられて、そのまま病院に運ばれて意識を失っていたんだよね。気が付けば見知らぬ天井の下、横に温かな気配を感じるとそこには弥生が泣き疲れて寝ていて……実を言うとあの時、隣に居たのが父親でもなく母親でもなかったことが、何だか妙に嬉しくて誇らしかったんだ。もう家族じゃなくて、恋人が僕の側で泣いてくれるんだ、付き添ってくれるんだ! なんて思ったら急に元気になって、弥生を起こしたら君は開口一番「真人の馬鹿っ!」と言って、強烈な平手打ち。何で何も言わずに出て行くんだ、と目に大粒の涙を浮かべてぼろぼろと泣きながら僕の胸をぼかすかと遠慮なしに叩くものだから「弥生、僕は一応病人なんだけど」って言ったら「忘れてた」って。あの時のことを思い出すと、僕の呑気さと弥生の気の強さと混乱っぷりがおかしくて今でも口元が緩んでしまう。でも、それだけ弥生は僕のことを想っていてくれていたんだと思うと嬉しくて―――ありがとう。そして、ごめんな。(ごめん、という言い方が正しいかどうかはよくわからないけど)今回、僕だけが東京の企業に就職して故郷を離れることを申し訳ないと思っている。弥生を置いていくような形になってしまったから。


それにしても、不思議に思うんだ。何故僕よりも優秀な弥生が何で地元の工場に就職したのか、って。弥生の希望なら勿論優先したいと思うし、やりたいことがそこにあるならそれをやるべきだと思う。でも、実際故郷には何もないだろう? 実を言うと、弥生と一緒に東京で働きながら同棲するなんて夢を持っていたから、少しガッカリもしていたんだ。でも、うじうじ言っても仕方がない。心機一転頑張るよ! 故郷に錦を飾るのが一番の目的、というか君への土産なんだけど、でも東京にはきっと色々な刺激や希望が満ちている。君にも贈れるような素敵なものも週末にでも探すつもりだ。リクエストは随時受け付けるよ。ネックレスがいい、とか可愛い小物入れが良いとか。


真人より


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