仕事?これが? (1)

 現在朝の8時を過ぎたところ。天気はいいのに日が当たらないせいか、半袖でいるには少し肌寒い。


 私は今、家から歩いて10分位のとこに新しくできたパン屋に並んでいる。歩いている人から見れば、パンが大好き!とか、新しいもの大好き!とか、並ぶの大好き!とかいろんな見方をされるだろう。いや、並ぶの大好き!はないか。…とまぁ、どう思われていたところで、私が並んでいる本当の理由なんておそらく誰にもわからないんじゃないかな。



 少し前のことなんだけど。


 出来ることなら働きたくない。でも、生活を維持していく為に働く必要があるのはわかってる。だから、なるべく働く時間の少ない、週1日でも働けるような仕事を探していたんだ。そんな都合のいい仕事はないものかと無料の求人雑誌を眺めていると、思っていたより条件に合うものがあった。それなら、と実際に問い合わせをしてみると、実際はもう何日か働いてほしいというところばかり。別に1日2日増えたところで、平日びっしり働いている人に比べれば大したことではないだろうけど。むしろ普通だって言われそう。でも、私にはとても大事な事だから、もう一度。出来ることなら働きたくない。


 スーパーから持ってきた本音と建前が溢れた求人誌に見切りをつけ、見るわけでもないテレビの音を聞きながら、ソファに横になり、スマホで求人情報を見る。着ている部屋着が少しどころか結構よれてきてるのはスルーしてほしい。女子として、あまり人様に見せてはいけない自覚はある。でも、ここは我が家。そんな事を気にする必要はない。むしろそんな姿でも仕事を探す私を褒めてほしいくらいだ。


 大手の求人サイトはあらかた見てしまい、めぼしい情報がないのは知っている。だから、本当に運営されているのかわかんないような、少し怪しい小さいサイトも最近は見るようにしている。ただ、いいなと思って応募しようにも大抵は何ヶ月も前に掲載されたもので、今も募集してるものではなかった。ほとんどが釣りと思われるものばかり。さすが少し怪しい小さいサイト。


 どうせ今日もいのは見つからない。そう思って複数のサイトを流して見ていたら昨日更新の仕事を見つけた。


 週1日から勤務可能!仕事内容、給料応相談!


 どうせもう少し働いてほしいと言われるだろうと思いながらも、そろそろ働かないといけないという現実もあり、冷やかし半分で応募してみる事にした。そしたらすぐに連絡があり、詳しい内容は対面でと強く言われてしまい仕方なく事務所まできてみたのが。


『株式会社チェリーブロッサム』


 会社名からはどんな会社なのかわからない。よくある派遣会社だろうか。


 とりあえず、インターフォンを押して自分の名前を告げた。その後は事務所に通されて、名前、電話番号、住所、職歴を書いて待つように指示されたので従った。書き終わって少ししたら男性が来て「現在ご紹介できるお仕事ですが」と机に資料を広げた。


 ラーメン屋、スーパー、パチンコ、パン屋、本屋、コーヒーショップなどの情報が書かれている。給料は月25万〜40万前後と悪くないと思ったけど勤務日数が書いていない。そこは要確認だ。他にわかるのは、これらの店がこれからオープンするか、最近したばかりの店だということだけ。


「どうですか?」


 はい?

 どうですかも何も質問の意味がわからないんですけど?


「えと、この中から働きたいとこを選べってことですか?」

「いいえ!違います!」

「え?え?違うの?じゃあ、これは…」

「ちなみに少しでも気になる店がありますか?」

「え?え?気になる?えーと…これですかね」


 結局、どうですか?の意味はわからないままだ。でも、勢いに負けてしまい家から近そうなパン屋を選んだ。理由はそれだけ。…やはりここで働けって事だろうか?パン屋って朝早くてキツそうなイメージなんだけど。


「では、このお店に並んでいただこうかと」

「…え?働くんじゃないんですか?」

「はい。並んでいただきます。それがお仕事です」



 という訳で、私が並んでいるのはパンが好きとかではなく、仕事。開店時間に合わせて店の前に並ぶという、少しわからない仕事。


 開店までもう少し。他に説明されたのは何だったかな。



「えと、並ぶってどういう事ですか?」

「私達の業務を簡単に言えば、ご依頼のあった店を繁盛させる事なんです!その業務の一環として、これから開店するこのパン屋に並んでいただきます!」

「いや、だから…」



 店に到着した時、既に何人か並んでいた。5番目に並んで少し待っていると、気づけば私の後ろに10人くらい並んでいた。普段なら「結構くるんだな。ここ有名なのかな?」なんて思ってたのに。…そう思えなくなってきた。私は仕事って考えると、今ここにいる人は本当にお客さんなのか疑わしい。かといって「私は仕事だよ。あなたも?」なんて聞くわけにはいかない。もちろんバレないようにと言われている。



「お店が開店する前から並んでいただきます。開店したら普通に買い物してください。どのパンを買うかの指定はないので好きに買ってください。それを閉店時間までやっていただきます」

「閉店まで…。何度も買いにいけってことですか」

「そうですね。さすがに買ってすぐはおかしいので、一度ご自宅に戻られてからで結構です。…そうですね、1時間程度あけていただければ」

「でも、パンを買うってそれなりにお金かかりますよね?それにお給料はどうなるんですか?」

「まず経費として、当日の朝1万円お渡しします。それでパンを好きに買ってください。仕事が終わったらお給料として3万円。余った経費は返していただきますが、買ったものはもちろん食べていただいて結構です。それもお給料という事で」

「え、実質4万円?そんなに?」

「うまく買い物なされば。その代わり、くれぐれも仕事だとバレずに閉店までやり遂げる事が大事です」



 …こんな仕事あるんだなぁ。閉店までってのはキツいけど、その分給料いいし、それなりに頑張るかね。


 あ、お店が開いたみたい。と思ったら前の人がお店に入ったところで止められたし。小さい店だからだね。別に構わないけど。閉店は19時。先は長いんだし。


 私の順番になって店に入ると、焼き立てのパンの香りが私の食欲を刺激してきた。仕事だというのを少しだけ忘れ、普通に食べたいパンを選んでいく。まずはクロワッサン、あとはサンドイッチも美味しそう。あとはー…いや、後でまた来るんだからやめておこう。


 あまり買いすぎず、かといって少なすぎずに何個か買って店をでた。食べながら歩くのはどうかと思い、素直に家に帰った。


「あ、これうまっ!」


 普通に美味しかったのは助かる。おそらく明日も、もしかしたら明後日も食べるかもしれないし。不味かったら食べなければいいだけなんだけど一応はパンも給料扱いだから、捨てるのはもったいない。……って、本当に仕事なんだよね?


 時間が経ったのでまた店に行ってみると、店の前にはまた何人か並んでいた。


 パン屋ってそんなに混むのかな?でもテレビでは見た事あるような…。あ、開店初日だからかな。…もしかして私と同じ?でも、さっきと同じ人はいないような…。


 そんなことを考えているとまた私の順番になった。明日以降の事も考えて、今度は無難に食パンにしてみる。スーパーで見かけるような6枚や8枚に切られたものではなく、切る前の状態のもの。こんな事でもなければ買わなかっただろう。


 あ。


 店を出てから気づいたけど、パンを切る包丁なんて持ってない。普通の包丁で切るしかない。…うまく切れなかったらそのまま手でちぎろう。


 帰ってきたけど、さっき食べたからまだお腹は空いていないな。かといって、もう一度行くにはまだ早いような気がする。そろそろ昼寝もしたいし。…むむむ、めんどくさくなってきたぞ。いや、そこは仕事。給料と食費のためにやらないと。んー…も少ししたら出ようかな。

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