第6話 黒幕

「あ」

「転移して逃げましたね」

(ここ一ヶ月後宮を探したのに、こんなあっさりと見つかるなんて……。しかも応戦するどころか逃亡って……)

「あれ? もしかして……もらったらまずいものでした?」


 この状況でも、その感想が出るのはすごい。


「あ、なんだか視界が良くなったかも! それに体が軽い!」

「……あの状態でその程度の認識。ええ、ヘドロ的ものの一部になりつつありましたからね、そりゃあ軽くなりますよ」

「まあまあ! ありがとうございます」

「……昨日、見回りの時に渡した護符はどうしたのです?」

「えへへ。燃えて爆散しました」

「ばく……」

「護符は爆散するものではないのですが……」

(となると、やっぱり花琳ファリン様の特異体質の影響……)


 いろんなアヤカシと対峙してきたが、この世界のアヤカシ的なものは、その生態や在り方がよくわからない。

 元の世界と同じ名前であっても、その派生や意味が異なる場合は、解釈がズレているのかもしれない。


 中国で鬼というのは、死人、幽鬼を現すが、日本では霊的な存在であり、人であり、悪霊であり、山の精霊であり、神であり、神の零落した存在でもあり、災いであり、恐怖でもある。総じてアヤカシと言っても様々だ。


(まあ、モノの解釈は、古事記が描かれたことからあったし、時代を積み重ねていくことで様々な形になっていった。そのことも考えた上での護符を渡したほうがいいかも)

「私は不幸を集めてしまう体質なのですが、幸いにも私自身に災いは降りかからず周囲に影響を与える程度で良かったですわ」

「だからと言って不用意に自身を蔑ろにするのは、褒められたことじゃないですよ。貴女は第二王妃です。自身の損失によって困る人がいることを忘れないほうがいいでしょう」


 特異体質であれば、人と異なる経験は当然増える。

 そしてその環境は優遇され大事にされるか、忌避と拒絶と悪意と打算に満ちた劣悪な環境であることが多い。

 稀に中間で平和に暮らすこともできる者もいるが、特異体質のような場合は先に挙げた両極端な反応が多い。


「うん、そうね。今は主上もいますもの。一人きりじゃありませんでしたわ。沙羅紗様の言葉は不思議と胸に響きます」

「そう? 初めて言われたかも……」

「きっと心根が優しいからなのでしょう」


 花琳ファリン様があまりにも華やかに微笑むので、言葉に詰まった。この方は清流だろうと濁流だろうと涼やかな顔をして突き進む強さがある。


 心閉ざすことで、やり過ごした私とは違う。

 過去も今も自分の力をありのままに受け入れて、悲観も絶望も自暴自棄にもならない。ちょっと危機感が足りないのは問題だけれど。


「そう返せる貴女のほうがすごいのでは?」

「ふふふっ。私も美帆メイファン様と同じく貴女には、この世界に残って欲しいですわ。今まで王妃同士の交流は最低限で、牽制ばかりでしたもの。美帆メイファン様をあんな可愛らしい方にしてしまうのだから。第四王妃も生きていればきっと変わったかもしれません」

美帆メイファン様は元からツンデレなだけで、それが最近露見したに過ぎませんよ。(第四王妃? どうして彼女だけ名前を呼ばないのだろう?)」


 単なるキッカケに過ぎなかったが、それでもここに残ってほしいと言われるのは、嬉しかった。

 だからすことだけ、口元が緩んだ。


「そう……ですね。そうできたら、きっと楽しそうです」

「ふふ、そうでしょう。きっと鈴麗リンリーも同じことを言うと思うわ」

「ところで第四王妃は」

花琳ファーリーン!」

「ふふ、噂をすれば」

「なんか変わった子たちを拾ったの! 私がギュッとしても平気なの!」

「え」

「ん?」

「んんんんんんんっ!?」


 お転婆な第三王妃鈴麗リンリーは、真っ黒な禍々しい小動物を四匹――四柱? 抱き抱えているではないか。


(四凶を捕まえているんだけれどぉ!! しかも混沌は逃げたばかりじゃない!)


 一角獣のウサギに、猫の姿に尾が蛇、ムチムチの狐に目が三つ、狼に羽根が生えた──どうみでもアヤカシらしいいろんな要素によって形成された存在のようだ。


鈴麗リンリー様、そのまま抱えていてくださいね! 調伏しますから!」

「えーーー!? ここで飼ったらダメ?」

「このままじゃダメです!」

鈴麗リンリー様、その場合、貴女様の夫である主上から真っ先に命を落としますが?」

(あ、容赦ない)


 鼬瓏はにこやかだが、目が笑ってないのだ。めっちゃ怒っている。いやまあ、それが普通の反応だ。


「そんなー、せっかく仲良くなったのにーーー」

「そう言っていますが、腕の中にいる四凶は首を横に振って否定していますけど?」


 首がもげるほど横に振っているのだ。しかも顔色がすこぶる悪い。


「えーーーーー? 私毒姫だから、こうギュッとする時は気をつけなきゃいけないんだけど、この子達は何度ギュッとしても死なないから、飼おうと思ったのに!」

「(四凶の頑丈さが仇になった感じなのね……)蒼月、対話は可能そう?」


 私の影からぬるっと姿を見せたのは、珍しくも甲冑姿で出てきていた。モフモフの黒オコジョだったら、絵的にもメルヘンな感じなのに、と思ったことは口にしなかった。私偉い。


「我が主人よ、いろいろと筒抜けだからな」

「ふぐっ」

「あと『最初は痛い』と言うのは被虐性愛という意味ではないからな。夫婦の営み的なアレだぞ?」

「? ………………あ」


 蒼月の言いたいことを理解した瞬間、全身がぶぁああ、と熱くなった。

 顔から火が出る勢いとはまさにこのことで、穴があったら入りたい気持ちがすごくよくわかった。

 今なら穴を掘って隠れしたい。もしくは記憶を消去したい。


「なあああああああああ! 今それを言う!?」

「沙羅紗殿……(もしかして全く違うことを想像していた? だから拒絶していた……だけ? ああ、顔がニヤけてしまう)」

「鼬瓏……わ、忘れてください!」

「いやです」

「即答!?」

「沙羅紗殿からキスしてくれるのなら、衝撃で忘れてしまうかもしれません」

「とんでもないタイミングでぶち込んできた!?」


 私が鼬瓏の胸ぐらを掴んで「ぐぬぬ」といていたころ、蒼月は甲冑音を鳴らしながら鈴麗リンリーに歩み寄る所のようだ。


「さて」


 蒼月は改めて小動物、もとい四凶に向き直った。

 その瞬間、空気が凍りつく。

 調伏。と言っても相手より物理的優位な立場に立って、初めて効果を示す強制対話である。


「我が主人殿」

「懸けまくも畏き、この地を統べる四神の名を借りて、邪気を祓い悪しき名と名称を抑え、我らとの対話を求む――特殊領域調伏の間、開闢かいびゃく


 私の言葉に周囲に風が巻き起こり四柱のアヤカシは鈴麗リンリーから引き離れ、特集領域つまりは蒼月の特殊領域に連れて行かれた。


 現在、蒼月が別領域内で四凶に事情聴取及び此度の派生の顛末を確認している。

「ここで呪いを撒いて死ぬか、災いを治めて共存を望むか決めろ」という感じで詰めていそうな気がした。


 悪神アヤカシの言葉は、アヤカシ同士でないと翻訳が難しい。本来なら蒼月の主人として付き添うのが普通なのだが、あの領域に私が立ち入るのを蒼月は良しとしない。


「沙羅紗殿、今のは……四凶を固有結界に封じたのですか?」

「(あ、鼬瓏にはそう見えるのね)……正確に言えば自分の優位に立てる空間に相手を招待して交渉する感じでしょうか」

「交渉? アヤカシと?」

「まあ、たいていは斬り伏せしまえば解決自体はするけれど、悪神であれば交渉して供物や鎮め方を聞くことによって次の顕現の頻度を落とすことや、最小限の被害に収める術を得られる。それが私と蒼月の見出した新しい調伏なのです」

「それは……次の世代に受け継がれていけば素晴らしいことでしょうね」

「ええ。……その約束が継承されず、途絶えて守られないからこそ、神の祟りが私の世界では日常化してしまった。そういった神様アヤカシを私は何度も見送りましたから」


 討伐だけで全て解決できないからこそ、私と蒼月は考えて一つ一つ試していった。意識を蒼月に向けると、「ふむ。四季折々での祈祷と供物か。……量と場所だが……」と交渉は順調のようだ。


(思いの外、これで解決しそう?)


 この一カ月ひたすら後宮に蔓延していた下級アヤカシを、祓い清めた結果だろうか。

 想定していたよりも穏やかと言うか、些か拍子抜けするような結末だが平和的解決するになら、それに越したことはないのだ。


 そう、この時までは呑気に考えていた。


(でも第一王妃から第三王妃まで、アヤカシに対して少なからず耐性があった。第四王妃は仙女……ん? そういえば第四王妃が私を呼ぶために命を引き換えにしたっていうけれど、そこまでかかるもの? 専門家じゃないからわからないけれど……。それと何か引っかかった事があったような……)


『やっとあの化物が離れたわね』


 ゾッとする声がすぐ近くから聞こえた。


「!?」


 私の影から蒼月以外の何かが出現するなんて、考えられなかったからだ。影の中から飛び出してきたのは、真っ黒な黒髪に、痩せこけた女だった。


(なっ!?)


 カッと目を見開き私の両肩を掴んだ。

 咄嗟のことで反応が遅れてしまった。


「あはははは! これで異邦人、お前の役割は終わりよ! この肉体だけ置いて元の世界に戻るといいわ!」

(生霊!? ううん、すでに悪霊になりつつある!)

「沙羅紗殿!?」


 濁流のように一瞬で私の魂を呑み込み――影へと追いやる。

 最後に自分の体が傾き、誰かが支えようとしたのが見えた気がした。


(あれは――?)


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