ダメンズホイホイの公爵令嬢が選んだお相手は

uribou

第1話

 私の主人アガサ・カルダーレイン様は公爵令嬢という高位の貴族であり、すれ違った一〇人の令息の内九・五人は振り返るほどの美貌を持ち、誰もが認める楚々とした淑女であり、王立学院では首席を争うくらいの優秀さを誇ります。

 自慢のお嬢様です。


 だからほとんど知られていないのですが、……実は殿方の趣味がとんでもなく悪いです。

 ダメンズオーラに引き寄せられる感知器か何かを持っているとしか。

 これさえなければパーフェクトなお嬢様なのに。


『……その方は二度も離婚されていますよ。お酒を飲むと暴力を振るうそうです』

『……ギャンブルで家を傾けた先代と、気性や趣味がそっくりという情報が入っています。当家の財産が狙われていると予想します』

『……家格としては釣り合いますね。でも有名な女たらしですよ。絶対いけません!』


 よろしくないです。

 あれほど聡明なお嬢様にも拘わらず、一人娘である御自身がカルダーレイン公爵家の跡取りという自覚がおありでない。

 お嬢様の婿は公爵となるか、あるいは女公爵たるお嬢様を支える立場になります。

 お嬢様と親しくなりたい殿方など星の数ほどいるのです。


 なのにどうしてその方をお選びになる? と頭を抱えるほど斜め上の選択眼なのです。

 同学年にも先輩にも、優秀な方は少なくないですよね?

 お嬢様の男を見る目に任せておいては、カルダーレイン公爵家が危ういのです。

 まだ私の言うことをお聞き入れくださり、無謀な交際に至らないのは幸いですが。


 高位貴族なのに政略とかないの? とお思いの方。

 もっともな御指摘です。

 私もそう思います。


『アガサよ。配偶者には自らの魂が欲する者を選びなさい。それがカルダーレイン公爵家の家風だ』

『愛する殿方と結ばれるのが一番だと思いますよ。よく探しなさいね』

『はい、お父様。お母様』


 公爵夫妻がまさかの恋愛至上主義者!

 というか、自分に足りない要素を持つ者に惹かれるのは人間として当然、という考え方があるようなのです。

 またカルダーレイン公爵家は政略と無縁に時には貴族でない者の血も入れ、独自の発展をしてきた歴史があります。


 ああああ! でも完璧な公爵令嬢たるアガサお嬢様に足りない要素ってポンコツですよ?

 だからダメンズに惹かれるんですよ?

 ぜひ無用の家風を廃止して、お嬢様に適当な婿をあてがってくださいませ!


『どうせアガサに言い寄るものは多い。アガサも迷うかもしれぬ。ロミーよ。そなたがよく選別するのだぞ?』

『はい、仰せのままに』


 ああああ! 旦那様も奥様も職務に社交にお忙しいのはわかります!

 でも私に全責任を押しつけられてもおおおおお!

 カルダーレイン公爵家の未来を背負うプレッシャー半端ないです。


 あっ、これはお嬢様のスキップの音です。

 どこかの殿方に恋したサイン。

 どこのどなたでしょう?


「ただいま、ロミー」

「お帰りなさいませ」

「今日はいい日だわ。とても素敵な方にお会いしたの」

「どこの馬の骨でしょう?」

「まあ、嫌だわロミーったら」


 ころころとお笑いになるお嬢様は、とても可愛らしいです。

 お嬢様には惹かれる殿方がいたら、必ず名前を伺ってくるようにしてもらっています。

 少々不躾ではありましょうが、カルダーレイン公爵家が婿を探しているのは周知の事実ですしね。


「リッキー・エーメリー様、宮廷魔導士なのですって」

「えっ?」


 ええ、私もすっかり令息には詳しくなってしまいましたとも。

 脳内のデータベースを探ります。

 ええとリッキー・エーメリー、エーメリー伯爵家の方ですが傍流。

 婿に迎えることを考えると、条件は悪くないですね。

 二〇歳でお嬢様より三つ年上。

 夜空のように艶のある黒の瞳と髪を持つ長身のイケメン。

 ……あれっ? お嬢様案件にしてはダメンズ要素が感じられませんね。


「ロミーはどう思います?」

「……即断はできませんが、いいと思います」

「そうよね!」

「お待ちください。どこで知り合ったのです?」


 宮廷魔導士と知り合うなど、難易度高いです。

 リッキー・エーメリーを騙る偽者かもしれません。

 大体今日お嬢様、学校のある日じゃないですか。


「魔道学の講義で、助手としていらっしゃったんですよ」

「なるほど、であれば……」


 少なくとも偽者ということはありませんね。


「ちなみに恋人も婚約者もいらっしゃらないそうです」

「アプローチが早いですね」


 婚約者がいないというのはその通りです。

 ただ恋人の有無は私のデータにありません。

 言っていることが本当かどうかはわかりませんしね。

 お嬢様のダメンズに誘われる負の力は尋常じゃありませんから。


「早速調査に入ります」


          ◇


 私の調査でも、リッキー・エーメリー様をダメンズと断ずる根拠はありませんでした。

 アガサお嬢様のダメンズスパイラルは気になりますが、かといって慎重になり過ぎて適齢期を逃すのは本末転倒です。

 お嬢様とリッキー様とのお付き合いが始まりました。


「これ、リッキー様にいただいたんです」

「素敵な髪飾りではないですか」


 リッキー様の瞳の色に合わせたのでしょう。

 濃い群青色のベースに魔石を一つあしらったシンプルなものです。

 でもお嬢様の薄い栗色の髪にはちょうどいいアクセントになって、よく似合います。


「リッキー様御自身が製作されたんですって」

「あら、御器用なのですね」


 魔石が使われているのでしたね。

 リッキー様は魔道士ですし、単なる飾りじゃなくて、魔石の魔力を利用したお守りのようなものなのかもしれません。


「いつも身に着けていなさいと言われました」

「愛されているではないですか」


 愛情深い良い方ですね。

 ダメンズだから惹かれたわけではなく、お嬢様にない深い魔道の知識や技術に魅せられたということのようです。

 当たりを引いてよかった!


「それからこれ、ロミーにって」

「えっ?」

「やっぱり髪飾りなのよ。うふふ、色違いのお揃いね」

「何故私に?」

「信頼する侍女なのと言ったら、念のためにですってよ」


 目が点になります。

 ……嬉しいですけれども、誤解を招く行為ではないでしょうか?

 いえ、私は子育ても終えた歳ですし、誤解というのも自意識過剰ですか。

 ありがたくいただきましょう。

 『念のために』というのは、もう一つ意味がわかりませんが。


「ロミーも似合うわよ」


          ◇


「御婦人、少々教えていただきたいことがあるのだが」

「はい、何でしょう?」


 買い物の最中に若い男性に呼び止められました。

 道を知りたいとかでしょうかね?


「いかがされましたか?」

「アガサ・カルダーレイン公爵令嬢の侍女だな?」

「違います」


 失敗した。

 咄嗟に否定しましたが、血走った目が許してくれないようです。

 疑わしげに私を睨むこの顔は……。


「……ヘイデン・ギャレット伯爵令息でいらっしゃいますね?」

「そうだ」


 身の危険を感じます。

 しかしまだ何をされているわけでもないです。


「いくら否定しても、お前がアガサの侍女であることはわかってる」

「さようですか」

「何故アガサは俺から遠ざかったんだ? あれほど熱い視線を俺に向けていたのに!」

「……」


 あなたが性格俺様で思い込みが激しく、お酒に溺れる方だからですよ。

 どうしてお嬢様の婿になれると思ったんでしょうね?

 お嬢様がダメンズ好きだからです、はあ。


「俺は知っている! アガサに相応しくないと、お前が俺に不合格を出したからだ!」


 おおう、正解です。


「お前が俺の何を知っているのだ……」

「詳細に調査させていただきました」

「お前さえいなければ……」


 私がいなくても、アガサお嬢様には既にリッキー様がいらっしゃいますけれどもね。


「俺が公爵だった!」

「そんなことはあり得ません」

「うるさい! 死ね!」

「おい、おめえ何やってんだ!」

「平民の分際で俺の邪魔をするのか!」


 貴族と察したのか、こちらに注意していた方々も遠巻きになってしまいました。


「憲兵を呼べ!」


 け、憲兵は間に合うでしょうか?

 私の首に狂人の手がかかります。

 怖い!


「あばばばばばばあああああ!」

「えっ?」


 私を害そうとしていた伯爵令息が突然崩れ落ちました。

 ピクピクしてます。

 何これ?

 あっ、髪飾りが壊れた?


「ロミー!」

「あ、あなたは……」


 リッキー様が突然現れました。

 何故ここに?

 倒れた男を検分しています。


「……ふむ、狙い通りではある。僕の大切なアガサの侍女の安全を脅かそうとするからだ」

「り、リッキー様……」

「ああ、憲兵がようやくやって来たね。これだけ目撃者がいるんだ。聴取もすぐ終わるだろう」


          ◇


「疑問があれば答えよう。僕もロミーに聞きたいことがある」

「はい」


 憲兵の事情聴取が終わり、ヘイデン・ギャレット伯爵令息が引っ立てられてから、リッキー様にお茶に誘われました。

 正直疑問だらけです。


「あのヘイデン・ギャレット伯爵令息というのは?」

「アガサお嬢様に懸想していた者です」


 正確にはお嬢様も懸想していたのですが。


「ふむ、やはりな」

「あの髪飾りは何なのです? 魔道具ですか?」

「装備者が他人から攻撃されそうになった時、自動的に反撃する使い切りの魔道具だ」


 な、なるほど。

 お嬢様の安全を考えて作ったものなのですね?

 念のため侍女の私にもということでしたか。


「威力が足りなかったな」

「えっ?」

「もっと天誅として恥ずかしくない効果にしなくては……」

「十分でしたよ。あれ以上の威力では命の危険があります」

「アガサやロミーを危険に晒すくらいならば、殺しても構わん」

「えっ?」

「いや、数も問題だな。今のままでは一つの危険にしか対処できない」

「……」

「ああ、同じものですまんが、防御用髪飾りだ」

「あ、ありがとうございます」

「一〇日以内に改良型を開発する。それまで不安だろうがこれで我慢してくれ」

「い、いえ、そんな……」

「アガサに危険が迫ると思うと、居ても立ってもいられない」

「……」


 思い詰めたように呟くリッキー様。

 あれ? 何か怖くないですか?

 話題を変えるように言ってみました。


「リッキー様はどうしてすぐに現場に到着されたのですか?」

「転移だ」

「は?」

「僕の研究の一つに個人用転移装置というものがあってな。その髪飾りが転移先ビーコンになってるんだ」

「そ、そんな仕掛けだったとは……」


 たまたま商店街にいたのだと思っていました。

 えっ? つまりビーコンの位置を辿れば、現在どこにいるかわかってしまうということ?

 予想外です。

 怖い怖い。


「随分高機能な髪飾りだと知ってビックリです」

「問題点も明らかになったけれどもね」

「リッキー様は元からああいう護身用のアクセサリーを研究されていたんですか?」

「いや、アガサの愛の虜になってからだ」

「さ、さようでしたか。優秀でいらっしゃるんですね」

「ハハッ、ああ、そうだ。壊れた髪飾りと新しい髪飾りのビーコン登録を変更しておかなければ。ロミー、送れなくて申し訳ないが、僕はすぐに研究棟に戻る」

「いえ、お気になさらず」

「アガサに伝えてくれ。何があろうと僕は君を守ると」


 いい笑顔で風のように去っていくリッキー様。

 メッチャ有能だけどメッチャ愛が重い人だった!


「でも……」


 ……重い愛はダメンズ要素になりかねないですけれども、これはこれでいいのでは?

 アガサ様もリッキー様を気に入っておられますし。

 正式に婚約していいと思います。

 むしろ断った時が怖いです。


          ◇


 リッキー様の発明した護身用髪飾りは一般販売され、貴族の女性に大ヒットしました。

 純利益の半分はリッキー様のものとなったので(もう半分は宮廷魔道士組織のもの)、リッキー様は結構な収入を手にしました。

 一部宮廷魔道士の間ではリッキー様の執着心が強いことは知られていたようです。

 『アガサの身に着けている髪飾りは、僕の愛情がたっぷり上乗せしてある特別製だ』とリッキー様が公言したことにより、それ絶対ヤバいやつと思われています。

 結果としてアガサお嬢様の身は極めて安全です。


 リッキー様とアガサ様は婚約の運びとなりました。

 二年後くらいに結婚になると思われます。

 旦那様も奥様も大喜びで、あちこちで婿自慢をしている模様です。


「リッキー様、あーんしてくださいな」

「あーん」


 今日もお二人はスイーツの食べさせっこをしています。

 甘々です。

 仲のおよろしいことですねえ。


「リッキー様、大好きですよ」

「うむ、僕もだ。この命アガサに捧げよう」

「重いです」

「多分君が僕を好いてくれるその一〇〇〇倍は、僕は君のことを好きだろう」

「重いです」

「ああ、かつて君が好きだった全ての男達に復讐したい!」

「重いです。いいんですよ、わたくしが今大好きなのはリッキー様なのですから」

「ああ、アガサ! 君の眩しさで失明しそうだ!」


 お嬢様ったら嬉しそうなんですから。

 随分と重い愛に耐性がありますね。

 ダメンズラバーだけのことはあります。

 末永くお幸せに。

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