磨かれた爪に原罪の糸を垂らして
レイノール斉藤
序幕:弱者の生、強者の理
1-1
茶色と赤色の比率の方が多くなってきた深い山、木々は疎らに在るものの、三メートルの体が動くには支障のない程度に生えている中、一頭の雄熊がふらふらと歩き回っていた。
熊は飢えていた。
冬に向けて栄養を貯めこまなければいけないこの時期に中々思うように栄養が摂れず、縄張りを広げて歩き回って更に飢えてしまうような事態が続いていた。
「……フゴ?」
そんな中で、奇妙な匂いを覚える。
動物の匂いか? それっぽいが少し違うのも混じっているような……普段なら警戒して近づかない所だが、そうも言ってられない。
とりあえず草むらをかき分けて其処に行ってみると、
「……ゴフ!」
自分より遥かに小さな動物が倒れていた。
死んでいるのか? 寝ているだけか? まあいい、久々の肉にありつけそうだ。どっちにしてもこの大きな爪を振りかざせば……体のどこでも良い、突き立てる事ができれば、一先ず腹は満たせるだろう。
なにせ自身の手の大きさだけで、獲物の頭より大きいのだ。後は逃げられる事だけを警戒すれば良い。
「グゥゥ……」
じりじりと隠れながら近づき(どのみちこの体躯では隠れ様が無いが)、
「グァ!」
獲物が射程に入った所で一気に跳びかかる! 良し! 右前足を前方に突き出して獲物の下腹部に食い込ませた! さあ、後は穴から出てくる血と臓物を口に付けてムシャムシャと……
「……グ?」
何も出ない? いや、そんな筈はない。確かに自慢の爪は獲物の腹にきちんと食い込んでいる。なのに破れていない?
「……グェ?」
熊の記憶はそこまでだった。もっと正確に言うと、死の間際、地面に向かって真っすぐ下にずり落ちていく視界がほんの数瞬、獲物だと思っていたモノと目が合い、そして悟った。
獲物は自分の方だったのだと。
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