第8話
「魚、捕ったよ。3匹」
「へぇ……凄いね。手で取ったの?」
友美は頑張って少し
「あっちに、石で囲んで入れてる。本当は4匹いたけど、閉じ込める前に1匹逃げた。シュって逃げた」
「そう。みんな逃がしてあげないの? 持って帰るの?」
「見にきて」
男の子はそう言うなり友美の左手を両手で
「あっ」
その瞬間、友美はじっとりと濡れた手の感触に
目の前に、
とっさに友美は左手を振って男の子の手を引き離す。それはまるで焼いた鉄板に手を置いた時のような無意識の拒否反応だった。
「どうしたの? 友美」
隣の恭子が目を丸くしている。友美も自分の行動にうろたえた。男の子は両手を出したまま、不思議そうな顔を向けて固まっていた。
「いや……あ、だ、大丈夫? ごめんね。びっくりさせちゃって」
友美は慌てて取り
「魚、取ったよ。あっちに、3匹……」
「おお、やるねぇ。捕まえてるの? ヤマメ? イワナ? 分かんないかな。見せて見せて」
恭子は男の子の手を取り一緒に河原を歩いて行く。それから友美に向かって、ちょっとそこで休憩しててと手振りで伝えてきた。
友美は左手を強く握り締めてから開く。それでも血の気を失った
九
「子供が嫌いなんですか?」
「え?」
ふいに声をかけられて友美は振り向く。さっき見た女の子が川のほうを見つめたまま隣にやって来た。内巻きの髪を肩まで伸ばして綺麗に
「分かります。うるさいし、遠慮がないし、汚いですから。あれでもかなり成長したんです。自分で名前が言えるようになりました」
「あ、違う。そうじゃないよ」
友美は慌てて否定する。おかしな誤解を与えてしまったことに気づいた。
「子供が嫌いってわけじゃないよ。あの子もお
「でもさっき手を振り
「ううん、そんなことない。私、汚いなんて思ってない。ここの川は水も綺麗だし、キャンプにきているんだから、あんなのは普通。手を離したのは私のせいだから」
女の子に疑いの目を向けられて、やむを得ず友美は告白した。
「私、なんていうか、昔から人に触られるのが苦手なの。苦手というか、大嫌いで
「人に触られるのが?」
「そう。女の人でも男の人でも、大人でも子供でも、誰にも触られたくない。そういう、ちょっと変な奴なんだよ。それであの子に触られた時も、いきなりだったから思わず払ってしまって。だから本当に、あの子は何も悪くないの。かわいそうなことしちゃった」
「それは別に気にしていないと思いますけど……
「そうじゃないんだけど。人がね、駄目なの」
友美はわざとらしく困った顔を作る。河津に触れられそうになって声を上げたのも、恭子から差し出された手を
女の子は
「ところで君たちって
「そうです。私は
「5歳……そう、やっぱりお姉ちゃんだったんだね。今日は日帰りで来たの? それとも泊まり?」
「泊まりです。あそこに見える橋に一番近いバンガローにいます」
聖良は川の向こうに見える木造小屋を指差した。斜面に建っているのでここからだと見上げる形になる。張り出したバルコニーには大型の焚火台があるらしく、川や景色を眺めながらバーベキューなども楽しめるようだ。
「水瀬さんは、里見さんと来たんですか? この辺で見かけなかったけど、テントですか?」
「あの人とはここで知り合ったの。どっちもソロキャンプ。向こうにテントを張って一泊するの」
「ソロキャンプ……格好いいです。あとで見に行ってもいいですか?」
「もちろん。ああ、でもちゃんとパパかママに聞いてからね」
「ママはいません。パパは……」
聖良は少し遠くに目を向けた。その先には一人の男が橋を渡ってこっちに向かってくるのが見えた。ブルーのストライプシャツにジーンズ、サファリハットの下に四角い眼鏡が付いている。格好は少し古臭いが真面目そうな中年だった。
「パパです」
「どうもどうも、こんにちは。この子の父親の北竹
北竹はサンダル
「聖良、お姉さんに遊んでもらっていたのか? 迷惑かけちゃ迷惑だよ」
「迷惑なんてかけてない。遊んでもらっているのは壱月だよ」
離れたところでは恭子と壱月が
「パパ、壱月が魚を捕っていたら見に行ってあげて」
「おお、そうかそうか。どれどれ、どれどれ」
北竹は友美に軽く頭を下げると息子のほうへ向かっていった。言葉を繰り返す癖が
「素敵なパパだね。優しそうで」
「まぁ、悪い人ではないです」
「それが一番だよ」
友美は思わず口にした言葉に自分自身で驚く。しかしその思いに間違いはないので、あえて訂正する気はなかった。
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