第23話「パッパのこと」

 2023/10/16、禁酒生活1日目(治療を始めて38日目)


 気持ちが辛い時、そしてテンションが爆超MAXな時…悲しい時、嬉しい時、興奮してる時。そんな時、やっぱりお酒を飲んでしまいますね。昨夜はちょっと、やっぱり親戚関連の重い話と、待ちに待ったFGOのモルガン陛下PUで情緒不安定になってしまいました。11月にマッマと、叔父に会いに行く予定です。宇都宮に住んでる叔父はマッマの実弟で、僕が知る中で数少ない「まともで真っ当な叔父貴」です。僕の叔父は基本、みんな人間のクズなんですが、1人か2人は素敵な人もいるんです。

 あと、モルガン陛下は無事引けました……ちょっと課金したけど、予算の範囲内なのでOKです。よかった、次のボックスガチャが来たら育てよっと。


 もうすぐ、パッパががんで亡くなって一年になります。

 この一年、いろんなことがあってあっという間でした。

 そして、一年間よくもまあ、マッマと大きなトラブルもなく、仲良く協力し合って生きてこれたなとも思います。マッマは優しくなったし、多分沢山のことを我慢してくれてると思います。僕も、マッマにキレたりすることがなくなりました。

 母一人子一人、どっちが欠けても生きていけないふたりぼっちです。

 パッパがいてくれたころは、二人共パッパの人柄に甘えていましたしね。

 仲良くしてくれる人、手を差し伸べてくれる人もたくさんいますし、行政や公共のサービスも充実してます。これからもずっと、もっと頑張れると思います。


 パッパは僕にとって、ヒーローでした。

 親愛なる父で、頼れる保護者で、偉大な創作の先輩で、そしてなによりも気のおけない心の拠り所でした。パッパは公明正大で清廉潔白、曲がったことが大嫌いなクソ真面目人間なんですが、お酒とクラシック音楽、そして将棋と創作をこよなく愛する文化人でした。戯曲を書いたり、短歌や俳句を一生懸命作ってましたし、将棋はアマチュア四段で全国盲人大会で日本一になったこともあります。

 そんなパッパががんだとわかった時には、もうステージ4でした。

 青森はよく短命県と言われ、平均寿命が日本全国で一番低い地域です。カップラーメン消費量一位、焼き鳥の消費量も一位の都道府県で「塩分取りすぎだから早死する、だから塩分よりもダシを重視しよう!」という、いわゆるダシ活をやってたりします。

 でも、僕から言わせれば塩分だダシだは副次的な話だと思うんです。

 青森県には、腕のいい医者が圧倒的に少ないんです。

 だから、重病が重症化するまで、発見できないんですね。

 地方に住んでる方は、もしなにかあったら地元の医者やかかりつけの医者、そしてなによりセカンドオピニオンとして県立病院等の大病院に行くことを心がけてください。腕のいい医者は都会に集中してて、地方では高度な医療は酷く難しいです。


 パッパははり師でした。

 はり師って、どういうイメージがありますか?

 世間ではまだまだ「一種のおまじない」という傾向が強くて、科学的な医術だという認識が薄いのが現状です。でも、パッパは研究熱心で、はり治療が再現性のある科学的な医術だと証明することに人生の全てをかけていました。

 何度も論文を書き、定期的に学会に出席してプレゼンしてきました。

 パッパが集めたデータ、パッパの提唱するツボへの置針、これは論文作成を手伝ってた僕たちから言わせれば物凄いものです。あとは、沢山の治験を行って再現性の立証をするだけだったんです。糖尿病とかつわりとか、あとは自律神経の調整とか、物凄いツボをいくつも見つけてるし、治してたんです。

 でも、医学界は盲目のはり師を全く相手にしてくれませんでした。

 さぞかし無念だったろうし、それでも医学を追求したパッパは凄いんですよ。本人は少年時代にレーベル病という遺伝性の病気で視力を失いましたが「レーベル病で見えなくなった自分を調べれば、この謎の遺伝病の研究が進むはず」と、死んだら検体として自分を大学病院に差し出すことを決めてました。

 今もパッパは、医学の徒が学びを得る日を待って、大学病院で冷凍されてます。

 遺骨になって戻ってくるのは、数年後の予定ですね。


 前にも言いましたが、我が家はカルト二世、僕はカルト三世の家柄です。若くして視力を失ったパッパに対して、祖母は絶望し、その弱った心に付け込まれてカルト堕ちしました。献金した額は一億円とも言われ、青森のこの地区では幹部クラスとして多くの信者を先導する立場にあったんです。

 その祖母の姿を(目は見えないけど)見て育ったパッパもまた、変わりました。

 カルトに傾倒する実母を嘆くあまり、徹底した無神論者になってしまったんです。再現性のある科学的に証明されたことしか信じず、ありとあらゆる迷信を拒絶する人格が形成されていきました。パッパは徹底して神を否定し、信仰を憎むようになったのです。どれくらい極端かというと、クリスマスという子供の一大イベントを「宗教的な意味があるものだから」と、我が家で開催するかどうかを真剣に悩んで悩んで、それはもう悩んで……でも、僕にはいつもプレゼントをくれました。

 神を信じず、祈り願わず、盲目的に「目に見えるものだけが全て」という生き方を選んだ盲人、それがパッパでした。


 でも、凄く気さくで優しくて、くだらないダジャレが好きなおっさんでした。

 そして、はり師として約半世紀、徹底して患者に寄り添い科学的な治療に徹する、はり治療が再現性のある医術であることを証明するために生きてました。

 凄いんですよ……昭和50年代に開業してから、一度も値上げしてないんです。

 治療は一回、1,500円です。

 でも、相手を見てすぐにまけちゃうんです、1,000円しか取らないんです。

 スポーツをやってる学生さん、出稼ぎの労働者、年金生活の高齢者……とにかく欲がなくて、すぐにオマケしちゃう。お客さんに怒られるレベルでまけちゃう。

 でも、はり治療に対しては真剣で、本当に医の道を極めんとする人でした。

 よく、スポーツをやってる学生さんが来ます。保護者や教師が付き添ってて「明日が大会だから、明日だけでも動けるようにしてくれ」なんて言うんです。ようするに、明日の試合に勝てればその後はどうなってもいいと言うんですね。パッパはそういう大人に辛抱強く、丁寧に説明して病院を紹介していました。はり治療にも限界はあるし、はり治療は魔法ではないんです。そして、怪我をしたアスリートは適切な医療を処置されて、休む必要があるんです。明日の試合が終わっても、その子供の人生は何十年も続くんですから。

 時には「俺の夢見た甲子園のために」と、我が子の肘を明日だけ使えるようにしろと言った患者さんの保護者と喧嘩してしまうほどでした。どこまでも誠実で、患者に対して真摯な人だったと思います。

 故に、皮肉な話ですが高齢の患者さんは皆、パッパのことを「神様」って呼んでました。年末になると「お神酒ばけねばまいね!(お神酒をプレゼントしなきゃいけない)」って、高価な日本酒が沢山集まったものです。勿論、パッパは神をも恐れぬ無神論者なので、自分が神様と言われる現状には苦笑してましたけどね。でも、誰からも愛される立派な人でした。


 そのパッパががんになって、手術不能なステージ4だとわかってから……迷わずパッパは抗がん剤治療を始め、病院に通いながら治療院を続けました。余命10ヶ月前後だと言われたのに、実に二年半も生きてくれたのです。

 そして、大好きなお酒をすっぱりとやめました。

 長物家は週末は家族で飲み会をするのが常ですが、パッパは僕とマッマにはお酒を飲むように言い、自分はお茶やジュースを飲みながらいつもどおりに過ごしました。アレコレ語り、時事問題や政治経済、創作論や歴史のロマンをみんなで語りました。

 パッパは決して、死の確定した末期がんを悲観しませんでした。悩み嘆く姿を一切見せず、いつも笑ってました。人間、笑うと免疫力が上がるし、自律神経が活性化する……これもまた、パッパの長年のはり治療研究から得られた話です。

 いつもいつでも、明るく楽しく過ごして、生きて、生き抜き、旅立ちました。

 そんなパッパの一周忌が明日です。

 僕もマッマも、まだそのダメージを引きずり、どこか寂しく空虚な日々を生きています。マッマなんて、半世紀連れ添った最愛の人を失ったんです……今でもお酒を飲むと頻繁に泣いちゃうし、パッパがいないことをいつも「クソッ!」「畜生!」って怒ってます。

 そんなマッマには、毎週土日に飲む少しのお酒が慰めです。

 僕は最近飲まずに見守ってましたが、マッマも老いて酒量が随分減りました。

 マッマを世話して、無事に最後まで看取る……これが今の僕の人生の目的です。

 そこから先は正直、わかりません。

 貧しくとも、一日三食を食べて小説が書ければいいかなと思ってますけど。

 そこには恐らく確実に、多分絶対に、適量のお酒が必要かなあなんて思うんですよんwとりあえず、明日は病院で改めてアルコール依存症の話を先生としてきます。

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