第10話 捕り物

 臨時パーティは思っていたよりずっとトーナにとって楽しい時間だった。


「いや~思ってたよりいい経験になったわ」

「気分転換ですね」

「そうそう。ちょっといつもと違うことすると錬金術のアイディアも浮かぶし」


 トーナはガサゴソと店の地下倉庫でリュックの中を整理しながら、冒険支度を整える。ベルチェが横に立って足りないものを補充していた。


 あっという間の一か月だった。今からトーナ達は区切りの冒険へと向かう。これが終わればイザルテと約束した一か月付きっきりのダニエラのお守りはお終いなのだ。

 最後の冒険は、王都近郊のウィス湖に生息するレピーマという色味が様々な魚型魔物鱗の採取だ。これはこの国では螺鈿らでん細工のような大変美しい工芸に使われることが多い。


も間に合ってよかったですね」

「ダニエラさんが手伝ってくれたからね。イザルテの錬金術店の次期店主なだけあるわ~勘がいいし器用ね」


 ピレーマの鱗採取に行くと決めてすぐに作ったアイテムだった。今回はダニエラの手助けもあり手早く用意できたので2タイプ作り上げた。1つは沈めるタイプの籠網で、魔力を持つ魚だけ呼び寄せ、中に入ると逃げ出せなくしている。もう1つは投網タイプで、こちらも同様の効果がある。ピレーマ自体がすぐに見つかるかで使い分ける予定だ。もちろん、どちらも頑丈なので、他の魚型魔物にやられて簡単に網が破られることはない。もし無理に網を破ろうとすれば電流が流れる仕掛けになっている。準備万端だ。


 一方ダニエラは実のところ心中穏やかではなかった。冒険者としてはヒヨッこでも、錬金術師としては周囲からの評価はずっと高かった。彼女自身も驕りではなく、評価に見合う努力はしてきたので、少なくとも同世代で自分より才能ある人がいるなんて考えもしていなかった。だが、現実にはいる。それが彼女の心を少しざわざわさせた。


「トーナさん、マジでヤバイ……なんであんなポンポン色々考え付くわけ?」

「へぇ。やっぱそんなにすごいんだ」


 ダニエラもアスラも、店の裏庭で冒険用装備の最終チェックをしていた。主に武器のチェックだ。ダニエラはボーガン用の矢を一本一本確認し、アスラは短剣を少し研ぎなおしていた。


「すごいよ! ハッキリ言って王都であのレベルって叔父さんか、宮廷錬金術師にいるかどうか……」

「へぇ~~~」


 アスラはあまり興味なさげだ。どちらかというとトーナのより具体的なに興味があった。あれだけ魔術を使いこなすのに、今回の依頼が終わり次第、いったん冒険業は終わり、と彼女は宣言している。


(冒険者としても問題なく食っていけそうなのにな~あのギルベルトさんがパーティ組もうって誘ったらしいし)


 なんてことをぼんやり考えているだけだ。


「でもやっぱり……冒険者になってよかった。錬金術も、冒険者もどっちも楽しいってわかったし」

「そりゃよかった」


 これに関してはアスラはニコニコだ。彼女達は正式にパーティを組むことが決まっていた。アスラが口説き落としたのだ。彼女の持つ能力はもちろんのこと、ガッツがあり、決してへこたれない内面が気に入った。問題は兄(男)もいるという点だったので、一度イザルテ本人に挨拶をしに行ったのだ。


『なんか……結婚報告に行くみたいだね』


 と、大笑いしたトーナも引き連れて。

 肝心の兄ロイドがイザルテを前にしてガチガチに緊張していたので、


『兄がダニエラさんに手を出すようなことがあれば私が責任をもって殺します』


 と、ストレートに物騒なことをアスラが真顔で宣言し、イザルテが了承した。


「婚約者の方はよかったの? 挨拶。また一緒に行くよ?」

「あっちは何の文句も言わないわ。私のにすら何も言えなかったわけだし……入り婿って大変ねぇ」


 他人事のようには言うが、実際はあまり面白くはないようだ。不満気な顔で自分に執着しない婚約者のことを考えていた。


◇◇◇


「あれ? あんな所に小屋なんてあったっけ?」


 夜が迫るウィス湖のさらに奥の方に小さな明かりが見えたので、アスラが首を傾げた。だがトーナもダニエラもこの辺りには初めてきたので、小屋が存在したかどうかはわからない。


 すでに目的であるピレーマも鱗の採取は終わった。結局湖の底に籠網を静め、半日待機し、夜になってしまったので今日はそのまま湖の畔で野宿キャンプだ。

 トーナの簡易結界の中にテントを張り、今はその前で火を焚いてピレーマの調理中だ。いい匂いが広まる。鱗を綺麗に取って、ムニエルにしていた。野営の割に本格的な料理でトーナは嬉しくなる。アスラは料理が上手かった。彼女の料理を褒める度に、


『高い香辛料や調味料、全部ダニエラさん持ちだからね。美味しくもなるさ』


 と、照れるのも可愛い。トーナはこちらの世界に来てあまり料理に関しては満足しておらず、いつも自分であれこれ試行錯誤して作っていたので、他人の味に飢えていた分、喜びも大きい。


『お金が貯まったら兄貴と食堂始めるんだ。私が厨房で兄貴が接客』

『ええ~いいね! うちの近所にしてよ!』

『ハハ! 頑張るよ』


 アスラ達にも夢があるのだ。冒険者のその先に。その話を聞いて、夢が冒険者だったダニエラは神妙な顔つきになっていた。


「……まずったかな」


 焼いた魚を皿に移し、アスラはトーナの方に目を向けながら厳しい表情をしていた。


「ま。こういう経験も必要でしょ」


 トーナの方も若干苦笑いなのを見て、ダニエラは緊張する。これからいったい何があると言うのか。


「とりあえすこの結界の中なら大丈夫」

「あ。やっぱり誰か悪い人……?」

「まだわかんないけどね。注意はしとかなきゃ」


(あ~料理が冷めきっちゃう前に終わるかなぁ……難しいかな~)


 チラリと湯気を立てた美味しそうなピレーマのソテーをトーナは見ていた。


 アスラは短剣を片手に単眼鏡で小屋の方を見ている。灯りが付いているのに人影が見えない。ダニエラもすぐに暗視ゴーグルを装着した。彼女のは冒険機能付きのお高いものなので、遠方まで確認できた。


「小屋は誰もいないな」

「……いました……茂みに……3、4……6人います。ちょっとまずそう……」


 トーナもポケットから取り出す。彼女の暗視ゴーグルは片眼用になっていた。以前魔術学院の生徒に見られたので少し作り変えたのだ。


「あ~ガチガチに武装してるわね……コソコソはしてるけどせわしないから、あっちもさっき私達に気がついたんでしょ」


 なにやら急いで打ち合わせをしているようだった。トーナ達を襲うための打ち合わせを。


「ど、どうします!?」

「どうしよっかな~もうすぐこっちに来るだろうし」

「えぇぇ!!!」


 動揺するダニエラとは違い、トーナもアスラも冷静だ。

 

「ビビる気持ちはわかるけど、そんなの怖がらなくていいよ」

「そうそう。相手は大したことないと思う。まあ舐めたらダメだけど……不必要に怖がると魔術にも影響でるよ」


 それを聞いてダニエラはハッとするように、そうだったと小さく呟き、覚悟を決めたように落ち着いた表情へと変わった。


「簡易結界って、簡単には破れないけど、破れないわけじゃあないじゃん?」


 アスラはテントの前に設置していたランタンと、料理用の火を消し、自分も暗視ゴーグルを装着した。これはまだ真新しい。ここ最近買ったものだ。


「うん。簡易結界にもよるけど、強力な攻撃を受け続ければいつかは壊れちゃうんだよね」


 ダニエラも今トーナのアトリエを使って自分が使う為の簡易結界を作っていた。彼女の場合、魔力量に少し不安があるので、あらかじめ魔力を溜めて置けるタイプの価格も難易度も高い簡易結界だ。


「この簡易結界はあの6人程度じゃどんな攻撃しても壊れないと思うけど、まぁ何か策があるから向かって来てるんでしょ」

「6人なら壊せるって程度の頭しかないやつらだったら?」

「ダニエラさんとの最後の冒険の締めがそんなしょぼい奴だったらちょっと嫌だな~」


 ねぇ? と、トーナとアスラがダニエラの肩と背中をポンっと叩いた。


 暗闇から足音がどんどん近づいてくる。隠す気はないのがわかる。脅かしたいのだろうか。若い女冒険者3人とみて、すぐに制圧できると判断したようだ。 


(うーん。ブラフはったりじゃないなら本気で雑魚かもしれないわ)


「ダニエラさんは後方支援でよろしく。基本足狙いだけど、少しでも危険だと思ったらどこか当たるとこ狙って」

「わかった!」


 そう言うと麻痺毒効果のある矢をボーガンにセットする。


「アスラも今回下がってて。人間を真っ二つにしちゃうと後処理が大変だし」


 この世界だって人を殺すことは許されていない。王都の街中で殺人事件が起こればそれなりに調査はされる。だがこんな森の中で誰かが殺されていたからといって犯人を捜しまわる……とうこともない。もちろん被害者が特権階級は別だが。


 所謂“賊”相手の場合は戦闘は許されている。自身の身を護るためだから当たり前だが。それが冒険者の場合、本人がギルドにきっちり申告すればヒアリングされることもある。妥当な状況、たとえばおたずね者相手であれば、治安維持に貢献したと業績として評価される場合もあった。ただ、過剰な殺傷とみなされると危険な思考を持つ要注意人物として扱われる場合もある。

 賊かどうか、誰が判断するのかという話だが、結局その中に権力者がいなければ大きな問題にならないといういのは平民には怖い話でもあるのだ。賊だったから殺しました、なんてことになったらどうしようもない。


(まーだから、一番安心なのは捕まえて憲兵や騎士団に引き渡しすることなんだけど……)


 場所が都市部から離れていると連れ歩くのも面倒くさい。


――カンッ


 という弾く音が聞えた。簡易結界がその部分に反応して軽く光る。それに続いてさらに5回ほど、カン! と音が続く。


「来たね」


 アスラが呟く。

 相手は弓で簡易結界の有無を確認してきた。まずは様子見といったところだ。初手が飛び道具ということは魔法を使える者がいない可能性が高い。


「どうする?」

「このままこの中で粘ることもできるけど、他に誰か来て巻き込んでも可哀想だし……ちょっと様子を見たら暗視ゴーグル外してくれる?」


 ランタンを指さしながらトーナが作戦を立てていた。2人はコクコク頷いて、ダニエラは残っていたピレーマ捕獲用の網を鞄から取り出す。


 ちょうどそのタイミングで、小汚い格好をした男達が結界の前にやって来た。全員が暗視ゴーグルをつけている。あちらも準備万端ということだ。


「大人しくしとけば痛いのは勘弁してやるぞ」


 薄汚い笑い顔を浮かべるが、トーナ達は無表情だ。


「オイ! なんとか言えよ!!!」

「怖くて言葉もでないかー!?」


 手に持った剣や槍でガンガンと簡易結界を叩きつけていた。通常の簡易結界であればこの人数で何度もダメージを叩きこまれたらそろそろひび割れくらいはおこる頃だ。だがもちろん、トーナの簡易結界は綺麗な状態なままその力を保っている。


(思ったよりかてーなって思ってそうね~)


 苛立ちながら敵全員がガンガンガンガンと打撃を与えるが、びくともしない。しらけるような表情のトーナ達にも腹を立てたようだ。


「はっ! 余裕ぶるのももう終わりだ!」


 リーダー格の男が胸元から何か取り出した。ボールペンのような形をしている。


(なに?)


 なにやら付いているダイヤルを回すと、淡い薄緑の光を放ち、


「オラ!」


 と言う掛け声とともに、その謎の道具を簡易結界に突き刺した。……だが、何もおこらない。


「なっ!?」


 リーダー格の男だけでなく、他の荒くれ者達もざわついている。


(なに!?)


 トーナは眉を顰めるが、その仕掛けに気が付いたのはダニエラだった。


「……魔力が吸われてます!」


 焦っている姿を敵に見せないようトーナに伝えた。


「ああ。なるほど。随分珍しいモノもってるわね」


 トーナの簡易結界には多量の魔力が注ぎ込まれている。早々簡単に吸い出せる量ではない。


「どーなってんだこの簡易結界!」


 敵は苛立ちを超えて怒鳴り声を上げていた。思ったようにことが進まないからだろう。


「これ以上隠しネタがあるようにも見えないし、もういいかな」


 それを合図にトーナ達3人は暗視ゴーグルを外した。


「!?」


 何をしているんだ!? と敵が相手が思うより早く、トーナは簡易結界を解除し、手を前に伸ばすと、周囲に閃光が駆け抜ける。


「グアアアアアア!!!」

「目が……!!!」


 暗視ゴーグルをかけていた敵は突然の激しい光に目に激しい痛みが走る。急いでゴーグルを外してももう遅い。目を抑えてのたうち苦しむだけだ。そして残念ながらそれだけでは終わらない。


「ウワァァ!?」

「なんだこれ!!?」


 見えないが体の感覚はある。何かが降って来たかと思うと体全体に何かが絡まった。


「ウガァァ!」


 無理やり力で剥がそうとすると体に電流が走る。こうなると身動き一つとるにもビクビクだ。


「だめだめ。動くとビリリと来ちゃうから」


 余裕ぶった女の声にもう苛立ちはしない。ただ恐怖が体を支配した。このまま嬲り殺される。つい先ほどまで自分達がそうする予定だった事柄だ。


「ヒィィィ! た、助けてくれ!」

「なんでもする! なんでもするから!」

「じょじょ上級ポーションもあるぞ!」


 縋りつくような声で助けを請う様子はなんとも見苦しい光景だった。


「ポーション~~~!?」


 トーナの声が闇夜に響いた。


◇◇◇


「まさか例の盗賊団だとは」

「いや~~~いい金になった!」

「こんなこともあるんですね」


 トーナ達が捕まえたのは春先に騒がれていた、盗賊団の一味だった。例のボールペン型の魔道具を使って、金庫の魔力を瞬間的に吸収したり、逆に流し込むようにして誤作動をさせていたのだ。

 一味、なのでまだ他にもいるようだが、ペラペラペラペラ自供しているという話なので、本体を一掃するのもそう遠くない話ではないかもしれない。


「締めとしては最高の出来だったわね!」

「はい! ありがとうございました!」


 ダニエラはまだ少しドキドキしていた。思い描いていたよりもずっと刺激的な冒険を早々に経験していたからだ。そしてそれはもちろん、トーナがいたからこそ無傷で今こうして話せていることもわかっている。


 トーナとしても大きな仕事をやりきったと、晴れやかな気分だ。


(あんまりこだわらなくってもいいのかも)


 これまで意固地になって錬金術店の売り上げで食っていこうとしていたトーナだが、この一か月の楽しさと刺激を考えれば決して悪いものではなかった。


「よかったらまた誘ってね」

「もちろん!」


 ダニエラだけでなく、自分も一皮むけたように感じたのだった。

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エルキア通りの錬金術店は今日も営業中~のんびり暮らしたい私とそれを許さない現実~ 桃月とと @momomoonmomo

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