第8話 マスク
トーナの冒険者パーティは3人。まずはリーダーのトーナ。単純に最年長だからだ。それからもちろんダニエラ。そして冒険者2年目のアスラがいる。先ほど3人そろって冒険者ギルドにパーティ申請をし、無事承認されたばかりだ。
(ついに冒険者になっちゃったな~)
登録費はイザルテ持ちだったのでそのあたりに不満はないが、なんとなく自分が抗っていたモノに対してて、利があるならとあっさり受け入れてしまい、ちょっぴりカッコ悪く感じてしまう。
(ま。
良くも悪くもトーナにはプライドが足りない。
「アスラが仲間になってくれてよかった。私、冒険者としての知識はないしね」
「こっちも誘ってもらって助かった。私一人じゃやれることも限られるし」
「ワガママに付き合わせてしまってすみません……」
ダニエラは少ししょんぼりとしていた。意気揚々と冒険者生活を始めようとした矢先、周囲からそれはワガママだと今更批判をされてしまっていたのだ。それもかなり強く。冒険者の初日、初めて見る彼女の元気のない姿にトーナは面喰ってしまう。
(このタイミングでやる気に水を差すなんて嫌なヤツはどこにでもいるわね~)
彼女の叔父のイザルテにでも言われたのかと思ったが、話を聞くと実の両親と兄弟達からだと気まずそうに話した。
彼女の奇行を聞きつけ、急いで店へやって来たかと思うと一方的に罵声を浴びせられたそうだ。
『叔父と
(これが噂の毒親ってやつ!?)
ダニエラが話したがらなかったので詳しくは聞かなかったが、どうやら娘がイザルテの店の後継者ということで彼女の家族はずいぶん派手な生活を送っているようだった。その娘が冒険者を始めて万が一があったら困るのだろう。甘い汁が吸えなくなると心配だったのだ。
「冒険者として適性があるわけでもないのに……迷惑ばかりかけて……」
家族の奇襲はかなりダニエラに心的ダメージを与えてた。その萎みようを見ると、たとえ振り回されたとしても明るく希望に満ちて勢いで生きているダニエラの方がトーナ好みだ。
「だからいいっていいって! こっちは助かってんだから」
アスラはダニエラの事情を知ってか知らずか、優しく彼女の肩を叩いていた。
ちょうど彼女の兄、ロイドが足と腕を骨折するという大怪我をしてしまい、しかも相場より高く購入したにもかかわらず粗悪な中級ポーションを飲んだことによって治りがイマイチ……という泣きっ面に蜂といった目にあってしまった為、妹の方があくせく金を稼いでいたのだ。ただ生きるだけでも人間は金がかかる。
ちなみに、ロイドは今トーナの店でベルチェの下について店番をしている。トーナから骨折の特化型ポーションを購入して無一文になったので、トーナがダニエラの子守の間は住み込みで働くことになったのだ。
(イザルテさんのとこのお弟子さんが手伝いにくるより気楽だし)
もちろん、彼に払う給金はイザルテ持ちだ。因みにアスラにも付き合ってもらう分の給金は払っていた。この兄妹にとって、ダニエラのワガママは渡りに船だったのだ。
「トーナさんのとこのポーション買うまで我慢しろ! って言ったのに兄貴の奴痛い痛いって大騒ぎするからカモだと思われたんだよ」
いまだにその時のことが許せないようで、短い前髪を触りながらヒィヒィ泣く兄を思い出してアスラはプンプンと怒っている。兄妹そろって綺麗なパープルグレーな髪色をしており、実年齢より大人っぽく見えた。
「いや~そりゃ折れたら痛いし、ちょっとでも早く治したくなるよ~」
まあまあ、とトーナはアスラを宥める。彼らの母はすでになく、父親は借金をしたままある日突然いなくなってしまい。家もその借金のカタに取られてしまったので帰る場所はもうない。彼女も生きるのに必死だ。
(皆なかなかヘビーな人生送ってるわ……)
トーナもフィアルヴァとの修行の旅はなかなか大変だったが、彼らのような心に傷が出来てしまうようなことはなかった。しょっちゅう腹は立ったが、それを面と向かってぶつけられる相手ではあったのだ。
「さあ2人とも! せっかくなんだしこれから一か月、楽しみましょ!」
「ハーイ!」
「はい……!」
アスラは元気よく、ダニエラは遠慮がちに返事をした。
とりあえずは一か月、トーナはダニエラに付き合うことになっている。その後は時間が合えば……という風にイザルテとは話を付けた。ダニエラは1年間、王都を拠点に冒険者として活動することを許された。その後冒険者としての実力を見込める場合はさらに2年間、国内であれば冒険者として活動を許可するとダニエラとイザルテとの間で決めている。
『ダニエラさん、経験を積めばさらにいい錬金術師になりそうですけど』
『やはり、貴女もそう思われますか……』
ダニエラが超小型ボムを創り上げたことを知り、トーナは彼女が冒険者としての活動時間を増やせるよう、イザルテに話に行ったのだ。その話をした時、イザルテは嬉しいやら困ったやら、と複雑そうな顔になっていた。
アイディアを出し、それを現実にする力が彼女にはあるとトーナは確信した。そしてそれはイザルテも薄々感じていたことだったのだ。
ダニエラはこれから一か月間、イザルテの店には戻らず、トーナの店で生活をする。ついでにアスラもだ。部屋は余っているので寝る場所には困らない。
「よし、じゃあまず今日これからのことを打ち合わせしよう」
ギルド内に設けられているフリースペースに置かれたテーブルの上に地図を広げ、今日これから向かう場所の確認をする。
「これから乗合馬車で
「異議な~し」
「なるほど。魔術使いが二人いる強みを生かすんですね」
数日前からトリシアは依頼掲示板でちょうどいい依頼がないか探していた。パピリオという魔物自体にたいした攻撃力はない。だが少々厄介な特性を備えていた。その鱗粉は幻覚を招き、時に味方同士で攻撃しあったり、幻覚に誘われるがまま道に迷った挙句崖から落ちたりと油断ならない魔物となっている。
「パピリオは魔力持ちじゃないと面倒だもんね」
うんうん、と一度痛い目にあったことのあるアスラはよく知っているようだ。パピリオの鱗粉は魔力持ちには効果が薄い。トーナレベルなら少しも効かないし、ダニエラレベルでも少し酔っぱらうような感覚になるだけだ。なので魔力持ちの冒険者にとっては簡単な割に報酬もいい依頼なのだ。
「採取中の見張りはアスラに任せるね」
「はーい!」
アスラは片手斧と短剣を器用に使いこなす。見た目の割に力もあるので、接近戦では自分の何倍もある魔物を狩っていた。
「一応これ先に渡しとくね。マスク……パピリオのエリアまで行ったらこれで口を覆って」
「マスク? 鱗粉除け?」
「そうそう。パピリオでは確認してないけど、それよりかなり細かい鱗粉も防げたからいけるはず」
昆虫型魔物の鱗粉は錬金術で使う材料としてよくレシピに出てくる。過去何度か採取をした時に試作していたアイテムだ。それに食いついたのは使用するアスラではなく、ダニエラの方だった。
「なになに!? これって
「流石! 一瞬でバレちゃった。アラニフの糸を一回溶かして生地に染み込ませたんですよ。ちなみにパピリオの捕獲用籠網もアラニフの糸で作ってきました~こっちは濃度を調整してるけどね」
じゃーん、と自分で効果音を出し手のひらサイズの布で包まれた籠をダニエラに渡す。パピリオを捕まえてこれに入れてしまえば、鱗粉は箱の内側に吸い込まれ、本体はなす術がなくなる。
「捕獲するんですか? でも生息地以外ではすぐに死んじゃうし、死んだら鱗粉が採れないですよね?」
「パピリオ本体も欲しいって依頼が出てたんだよね。標本にしたいみたいで」
こちらは依頼受付担当のギルド職員に教えてもらったのだ。鱗粉の依頼を受けてくれるならついでにどうかと。
「いつのまに!?」
トーナの準備のよさにアスラもダニエラも驚いていた。
「ギルドの依頼は早い者勝ちだし、初回は私が仕切っていいって話だったから勝手に決めちゃったわ。次からは3人で話し合いましょ」
ごめんね、と言うトーナに対して焦ったのはダニエラだ。
「ちがっ! 不満があるわけじゃなくって……冒険者になりたいって言ったの私なのに、私は全然なんにもわかってなかったなって……」
「トーナさんの事前準備がよすぎるだけだって。錬金術師ってすごいな~専用の捕獲アイテムも作れちゃうんだもん」
アスラはまたダニエラの肩をポンっと叩く。事前準備は大事だが、ここまで手厚くできる冒険者はそれほどいない。
「でしょ~? でも
そう笑いながらトーナもダニエラの肩を叩く。そうしてやっと彼女は安心したような表情になった。
(こりゃ思ったより家族からアレコレ言われたダメージが酷いみたいね)
これまでとは違い、消極的な彼女の相手はどうにも調子が狂うのだった。少しでも早く元の調子に戻ってもらいたいと思う自分にトーナは心の中で苦笑した。
「魔物の標本か~物好きがいるなぁ」
金持ちの趣味はわからないとアスラは頭を傾ける。
「そう言えば兄弟子に昆虫魔物の標本を作ってる人が……!」
「おぉ! じゃあ状態よく捕まえよう」
アスラがそう声をかけると、ダニエラはぐっと拳に力をこめてやる気をだしていた。目にも力が戻って来た。
「頑張りましょう!」
それを見てトーナとアスラは目を合わせてよかったよかったと頷いた。
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