第7話 ボム
「本当に少しも噂にならないんだ」
魔術学院の地下でのゴタゴタがあって一週間が経つ頃、アレンやエルマ達がコソコソとトーナの店を訪れては、それぞれ手土産を置いていった。
「当たり前だ。あの空間は学院の中では公然の秘密だが、だからこそ揉め事は厳禁なんだ」
「そっか~先生達も学院の卒業生なわけだから知ってるもんね」
うんうんと頷きながら、アレンはトーナのアトリエで持参したチョコレート菓子のようなものを口に運んだ。トーナ曰く、ほぼチョコレート。こちらの世界ではシュガリーと呼ばれている。
「甘いな」
「それが美味しいんじゃん」
トーナも1つ口に放り込む。中に大きなナッツが入っているのでボリボリと噛み砕いた。
「エルマ様が美味しいお酒をくださったのよ! なんでも領地で作られているとか!」
そしてジィ~っとアレンの目を見つめた。
「な、なんだ!?」
顔を赤くして狼狽えているが、トーナは意図が伝わらずにガクッと肩を落とした。
「オルディス領にも美味しいお酒があるって聞いたんだけど~」
「ああなんだ。今度持ってきてやるよ」
アレンはガッカリしたような、またここへ来る口実が出来たことが嬉しいような複雑な気持ちになっている。
店の正面の扉の開く音が聞こえた。ベルチェの声とこちらに近づいてくる足音も。
「トーナ。ダニエラ様がいらっしゃいましたよ」
「あれ!? 今日だっけ!?」
「いいえ。明日の予定です」
ダニエラ? と、アレンは訝しむ。ライバル店の娘がトーナになんのようなのかと言いたげだ。
「しばらく冒険者業やるのよ……色々あってね」
そんなアレンに前もって苦笑いで説明する。彼の眉間のしわが寄っているのを確認しながら。
「今の俺がどうこう言える立場じゃねぇけど、お前……巻き込まれるなぁ」
アレンは立ち上がり、帰る準備を始める。トーナを訪ねてきた客が女なら邪魔をしてはいけないだろうと、彼なりの配慮だ。
「そう思うならもうちょっと上手くやってよね!」
「ハハッ! 反省して今は上手くやってる。いつのまにか俺はセザール様のお気に入りだし、ベルナデッタ様は近づけない。俺が嫌がっているからな!」
自分に言い寄ってくる女性の兄を味方につけると、ずいぶん学園生活が楽になったのだ。入学して以来、学年からのも妬みの対象だったのが、一切くだらない言いがかりをつけられなくなったと嬉しそうにトーナに喋っていた。平気ではあったが鬱陶しくはあったのだ。
「アンタも意外と苦労してたのね~」
俺様全開で傍若無人に振舞っているのかと思っていたが、天才は天才で苦労があるらしかった。
「俺をなんだと思ってたんだよ……」
心外だと言いたげな表情のあと、手を振って裏口から出て行った。そして同時に店の方から声が聞こえてくる。
「突然すみません……!」
「いえいえ~」
と、営業用の声を出しながらアトリエを出てダニエラに挨拶する。明日からの憂鬱が1日早くやってきて始める前から疲れを感じてしまいそうだ。
イザルテには子守りとは言われたが、実際は人の命を預かることになる。今まで付き合いがある、歴戦の猛者達とは違う。彼女は冒険者としては生まれたての赤ん坊と同じだ。トーナが判断を間違えたら死んでしまうかもしれない。そんな不安がここ数日で急に湧いてきていた。
「あれ? お客様は?」
「大丈夫。帰りましたよ」
「本当にすみません!!!」
ダニエラはペコペコと何度も頭を下げた。今更トーナの予定など何も考えてなかった自分に気が付いたのだ。
「その……ワクワクして待てなくって……明日からのこと、また相談したくって……すみません! やっぱり帰ります!」
「いやいやいや。せっかく来たんだから目的果たしていってください」
トーナは自分のイラっとした気持ちが伝わらないように気を付けていたが、どうも漏れ出てしまったようだ。ダニエラは意外にもトーナの感情を敏感に感じ取っていた。
(いかんいかん。大人げないぞトーナ!)
「あの……その、これを見てもらっても? 明日からの装備を見直してたんですが、これを持って行ってもいいですか?」
ふむふむ、と出されたものを受け取った。少し大きなガラス瓶の中には、ビーズのような綺麗で小さな玉がシャカシャカと音を立てて転がっている。
「これは……うーん……なにかしら……?」
「ボムです」
「……は? ボ、
反射的にトーナは手を体を離した。まさかそんな危険物を彼女が作っていたなんて。
(とういかどこで作ったの!? あの王都の大通りのいい土地でこんな危ないものを!?)
叱るような目つきでダニエラの方を見つめる。
「店では作ってません! 城門の外の知り合いのアトリエを借りて作りました!!!」
トーナの反応を見て、すぐに言い訳するように説明を始めた。
「トーナさんに持ち物は極力少なく、動きやすくするように言われていたので小型化してみたんです……それで、使えるかどうかをお尋ねしたくって」
「小型化してみたって……よくもまぁこの短期間でできたわね……」
(イザルテさんが才能があるって言ってたのは本当ね)
トーナだってこれほど短期間でボムのような危険を伴うアイテムをここまで小型化するのは難しい。ここまでくると既存のものからではなく、一からレシピを考えたに違いない。半分呆れ、半分尊敬した。同じ錬金術師として。
(ん……?)
ダニエラはなんだかちょっと居心地悪そうに目をそらしていた。それでトーナはピーンと来たのだ。
「……これ、いつから創ってたんですか?」
「1年前からです……昨日、やっと出来上がって」
それでやっとトーナは彼女が冒険者になりたいと言ったのは、決してキラキラとした名声を求めたものではないのだと気が付いた。彼女は本気で冒険者に憧れ、そうなりたいと願っていたのだ。魔術の得意でない部分を錬金術のアイテムで乗り切ろうと考え続けていたのだ。
「わ、私、ちゃんと店は継ぐつもりなんです! だけどやっぱり冒険者として自分でもあっちこっちに行ってみたくって……トーナさんがこの街に来て、私の理想通りの生活してるって聞いて……気持ちがぶわぁぁぁ! って溢れてきて……巻き込んですみません!!!」
ダニエラはまくしたてるように謝った。
(うーん……勢いで生きてるわねぇ)
どこか冷めた生き方をしてしまうトーナには少し眩しく、羨ましい。酒の力でも借りない限り、思いっきり遊ぶことも出来ない自分には気付いていた。
「ダニエラさん。武器はクロスボウにするんですよね?」
「は、はい!」
急にトーナが冒険者としての話を始めたのだとわかり、ダニエラは背筋をピンと伸ばして話を聞く体勢になる。
彼女は小型で女性でも扱いやすいクロスボウを冒険に持っていく予定にしていた。矢じりにはダニエラが作った特殊効果のあるポーションを塗り使用する予定だ。ある程度の魔術は使えるので、風の魔術を使って撃った矢をコントロールする練習を毎日行っていた。
「このボムを矢に接着して破壊力を上げましょう。着弾するまで弾けないようなやつを作らないと……いや、矢じり自体に最初からボムを装着して、矢の収納袋の方を安全装置として改良した方がいいかな……」
ブツブツと言葉にしながらアイディアを整理しはじめたトーナをみて、ダニエラは顔を輝かせて喜んだ。
「……はい! このガラス瓶の中ではどれだけぶつかっても大丈夫なように加工をしてて……!」
「お知り合いのアトリエは今日も借りられますか?」
「大丈夫だと思います!!!」
トーナは一度だけ大きく息をはいた。覚悟を決めた時の彼女の癖でもある。
「じゃあちょっと出てくるね~」
「いってらっしゃいませ」
ベルチェからいつものように手渡してくれた錬金術師のマントを羽織り、満面の笑みのダニエラと城門の外へと出かけたのだった。
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