第4話 ゴーグル

「あの……まずは説明をして欲しいのですが~……」


 エルキア通りを走りながら、切迫した表情のエルマに尋ねる。少しヒールのあるブーツがコツコツと石畳を鳴らしていた。


「アレン様が! アレン様が大変なのです!」

「そ、それで何故私が……?」

「貴女! アレン様の一大事だというのになぜそんな返答が出来るのですか!?」

「え、えぇ~……そんなぁ~」


 トーナは本気で何故自分が今こうして暗い道を走っているのかわからなかった。エルマが指を掲げて炎で道を照らしてくれている。以前のような勢いだけの魔術ではなく、コントロールが上手くできるようになっているのがよくわった。


(やばい……お酒で頭働かないぞこりゃ……)


 自分がどこに連れていかれているのかもよくわかっていなかったが、大通りを横切り、時計塔前の広場を通り過ぎたあたりでようやく、


「あ。魔術学院に行くんですね」


 と、気が付いた。


「当たり前です!!!」


 シャキッとしてくださいませ! と、一喝されてしまう。


 エルマは魔術学院の門……ではなく、その先通り過ぎた脇道に入って行った。メイン通りからそれほど離れてはいないはずだが人気がない。トーナはやっと少し頭が働くようになってきたが、時すでに遅し。確実にマズイ状況に巻き込まれたのだと気が付いた。


「あの……」

「シィ!」


 指先で石畳の模様を確認していたエルマが、ある時点で動きを止めて魔力を流し始めた。


(え!?)


 青白い光が輪となって広がり、地面に穴が開く。きちんと梯子付きだ。ヒョイヒョイと手招きされたトーナは大人しくエルマについて地面の下へと降りていく。


(あぁ~……これでもう引き返せないな)


 という小さな後悔をしながら。


「あの~……これって……」

「秘密にしてくださいね。ご卒業された先輩方が作られた秘密の通路ですの」

「エリートでもこんなドデカイ規則破りするんですねぇ」


 魔術学院は寮生活だ。夜間の無断外出は許されていない。


 人が一人通れるくらいの狭くて細い通路を進んでいく。魔術でくり抜いたのだとしてもかなり大変な作業に違いないが、きっと本人達は楽しい青春だったのだろうと、トーナは知りもしない魔術学院の先輩方に思いをはせた。


(世界は違えど、深夜徘徊は少年少女の憧れなのかな……)


「トーナ様!」

「は、はい!」


 急にエルマは立ち止まった。適当なことを考えていたのがバレたのかと、ビクッ! と体が震える。


「私のマントを着てください! 貴女の身元がバレてもいけません!」

「え? あの?」

「さあ早く!」


 彼女はマントを二重に来ていた。急かされるままエルマのマントを羽織る。魔術師学院のマントはトーナのものより軽い。


「あの~……いい加減これから何をするのか教えていただきたいのですが~……」

「アレン様を助けてくださいと申したではありませんか!?」

「え? いや、アレン様が大変だとは聞きましたが……?」

「まあ屁理屈を! 大変な方を助けるのは当たり前ですよ!」

「えぇ~……」


 だがトーナの来ていたマントを受け取ると、やっと何が起こっているのかを教えてくれた。


「アレン様が決闘をなさるのです」

「決闘……相手は強いんですか?」


 アレンはかなり魔術師としての腕はいい。そこはトーナも認めている。


「いいえ。ですが相手はブラン公爵家。アレン様がベルナデット様のお誘いを断ったのを根に持っておられて……1学年上のご兄弟、セザール様がいたくお怒りになり、決闘を挑まれたのです」

「うわぁ~……」


(要は公開リンチね~入学しなくて本当によかった~!!!)


 魔術学院は入試を受けた時にイメージしたままの状況であることがわかった。一応、学院内では全生徒は平等である。在学中のイザコザを卒業後に持ち出すべからず、という決まりもあるのだが、実際のところは守られているのか怪しいという話もトーナは聞いたことがあった。結局は貴族階級がモノを言う。


「これをお飲みになって!」


 はい、とエルマから手渡されたのはポーション瓶だ。瓶の模様でイザルテの店の商品とわかる。


「変装薬です」


 飲むのを躊躇っているトーナを急かすよう中身を教えてくれた。


(ああ~嫌な予感がする~……)


 これから自分が何をさせられるのか。トーナは頭の中に浮かんでくる内容が実現しないよう祈り続けた。


「貴女はこれからその決闘に乱入してセザール様をぼっこぼこにしてくださいませ!」

「やっぱり!? やっぱりそういうこと!?」


 あああ……と、頭を抱えながらも変装薬の入った瓶を受け取り、ゴクゴクと一気に飲み干した。


(ええーい! ここまで来たらやったろうやないか~!!!)


 アレンを鬱陶しく感じることもあるが、最近じゃあ良いお客でもある。トーナのことを身分にかかわらず見下すこともなく、ライバルと言うくらい対等に扱ってくれる人物でもある。どこぞの公爵家よりも肩を持ちたくなるのは当たり前だ。……たとえ助けたら助けたで、また何やら騒動が待ち受けている予感がしたとしても。


(勢いよ! もう勢いでやるしかないわ!!!)


 1分も経たないにトーナの髪の毛が柔らかな純白に変化し、瞳の色も薄いグレーへと変わった。エルマが貸してくれた手鏡で自分の姿を確認する。


「わ~ベルチェみたい!」


 ちょっとだけウキウキ声になってしまうが、すぐに現実を思い出す。


「あぁちょっと! マント中にゴーグルがあるのでとってもらえますか?」

「ゴーグル?」


 ごそごそとマントについた大きなポケットをエルマが探る。


「これかしら?」

「そうそうそれです!」


(念には念をってね!)


 これは暗視ゴーグルだ。ルヴェール島のガラス工房に特注で作ってもらった錬金術アイテムだが、今回はただ変装の為につかう。本来は夜にだけ咲く薬草を取りに行くために購入したものだが、試しに使ってそのまま入れっぱなしにしていたのが役に立つことになった。


「よっしゃ! じゃあ行きましょうか!!!」

「その意気です!!!」


 女子2人、地価の狭い通路で気合を入れた。


◇◇◇


 決闘は同じく地下空間でおこなわれる。通路とは違い、楕円形に広がった大きな岩をくり抜いたようなその空間は、古いランプが点々と置かれており、その周囲を少しずつ照らしていた。


(暗視ゴーグル正解じゃん)


 すでに決闘は始まっていた。アレンじゃない方、セザールの方が一方的に攻撃を続けていた。


(あれが公爵家の坊ちゃんか~王族と同じ金髪碧眼だけど……レオーネ様と違って意地クソ悪い顔してるわ~)


 観客もたくさんいる。ニヤニヤと下品な笑いを浮かべる者、恐々としながらも目を離せない者、真面目な顔をして現状を見極めている者、怒り心頭でいまにも飛び出しそうな者も。


「アレン様……」


 まだトーナ達は抜道の暗がりから場内の様子を見ていた。隣に立つエルマがぐっとこぶしを握り締めているのがわかる。不安と怒りと自分へのやるせなさでいっぱいのようだ。


(いや~心配しなくてもよさそうだけどな~)


 アレンは全ての攻撃を軽々とかわしていた。面倒くさそうに。ベルチェが見ていたらきっと、トーナのような表情だと言っていただろう。そして相手はそれを見てますますヒートアップしていた。どんどん攻撃が激しくなっていく。


「トーナさん……お願いします……!」


 今度はトーナの手を両手でギュッと握り締めて潤んだ瞳で見つめた後、エルマは頭を下げた。


(あらやだ可愛い)


 まだ少し酒が残っているのか、トーナは自分が少しワクワクしてきているのがわかった。変装して気が大きくなっているのかもしれない。


「じゃあヒーロー登場と行きましょうかね!!!」


 そうして暗がりから勢いをつけて飛び出していった。 

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