第8話 強風の日
王都ではまだまだ寒い日が続いている。トーナは簡易結界の下準備のアイテムをせっせと作っていた。お店はベルチェに任せているが万事順調だ。ただ、少し気になることも。
「初級ポーションの効能を落としたほうがいいかもしれません」
「なんで!?」
ベルチェの思ってもみなかった突然の提案にトーナは動揺した。彼女は上手い塩梅にこのポーションを作っているつもりだった。他の錬金術店より効能が少しよく、飲みやすく、使用期限が長い、なのに価格は他と同じくらいだ。近隣住人や冒険者から好評で、だがそれほど目立つことなくやっている。これで効能を落としたりしたら、途端に評判も落としてしまう。そんなことはベルチェもわかっているはずだ。
「季節風邪が流行り始めたようです。中級ポーションでもなければすぐに完全回復にはいかないところですが、トーナが作ったものであれば初級ポーションでもおそらく治るでしょう」
目立ちたくないと言っていたでしょう? と無表情で伝えられる。
「うわ……そうか……あーどうしよう……」
そうなるとマズイことはトーナにもわかる。騒がれて目を付けられてり、身元がバレるのは嫌だ。せっかく店はいいペースで上手くいっている。
「せっかく初級ポーションの在庫作ったのに~!」
これからしばらく簡易結界の調合作成に入る為、あらかじめ売れ筋商品を増産していたのだ。
「……薬瓶変えて中身は初級ポーションいれてさ、季節風邪用ポーションです! って売ったらダメ?」
アトリエの机にガックリと項垂れながら、投げやり気味に【護り石】をゴリゴリと砕いていた。
「それはそれでいいかもしれませんが、バレたらそれこそ信用を失いませんか?」
フィアルヴァに似てきましたね。と、少しだけ頬が上がっていた。
「うわーん! わかってるよぉ!!! 言ってみただけだよぉぉぉ!!!」
徹夜作業のポーション作りが無意味に終わった認めたくないあまり、ぐずぐずと文句を垂れる。どうしようもないことを愚痴っても仕方がないことはわかっているので、こういう時ベルチェは嫌な顔一つせず……無表情に会話を続けてくれるのが有難かった。
「いやしかし、季節風邪用のポーションを作るのは悪くないのでは?」
「こんな小さな店の特化型ポーションなんて誰も買わないよ~やるけど! やるけどさ!」
そうしてまたフィアルヴァの
(たしか……初級ポーションを転用したレシピがあったのよね……)
どうしてもあの
(んあぁぁぁ時間があれば自分で調合考えたかったのにー!!!)
しかしまた今回も出遅れるのは嫌だ。何より早くポーションが広まればそれだけ人が助かる可能性が高まる。この時期、流行り病で亡くなる人は多い。
「ちきしょ~! ばっちりしっかり治る特製ポーションの出来上がりじゃ~!!!」
夜のアトリエにトーナの叫び声が響いた。
結局、初級ポーションをベースに作る季節風邪用のポーションは、翌日には店に並べることができた。特化型ポーションにもかかわらず、価格は初級ポーションより少し高い程度。残念ながら利益はほとんどない。常連は目ざとく見つけ、喜んで買っていった。
「いや~助かるよ! 中級ポーションは高くってなぁ……それも家族分となると」
イザルテの店では客層的に中級ポーションがあれば事足りる為取り扱いがなく、他のトーナのような小さな錬金術店にはこの低価格で創り出せる特化型ポーションのレシピがなかったのだ。
「社会貢献というか、お客様還元というか……まあ、皆さん生き延びてうちでまた何か買ってください!」
(しまったー! 市場調査してなかったな……これ、あとから同業者のクレームがくるかも……)
と言っても下手すると命に係わる話なので、ちょっとチクリと言われる程度だが。極端な価格競争を始めると、小さな店は潰しあいになりかねないので、お互いその辺は忖度しあっている。
トーナは代金を受け取りながらご近所さんと談笑する。アトリエか店に籠ってばかりのトーナにとって、ロロの所に行くことを除けば、新鮮な情報に接する大事な機会だ。
「アハハ! またなんか小難しいこと言ってんな!」
「そうだなぁ~今年のは長引いて厄介だって話だから怖いよなぁ」
(もう少し作っておいた方がいいかな)
その予想が当たり、この特化型ポーションはバンバンと売れて行った。
「よかったですね」
「利益なんてないようなもんだけど、気分はいいわ」
お陰で冒険者街とエルキア通り周辺の住民は皆ピンピンしていた。その余波かこの時期不足気味になる中級ポーションも市中にいきわたり、当初恐れられていたより大きな混乱もなく季節風邪は終息に向かっている。
そうして強風と一緒にやって来たのがこの男。ドアも風の勢いでバタン! と勢いよくしまる。
「トーナ! 君はとっても素晴らしいことをしたね!!!」
今日も寒いね! などと言いながら胡散臭い笑顔で店の中に入ってきたはレオーネ。お付きのリッキーは相変わらず無愛想だ。
「はぁ……なにがでしょうか?」
トーナのテンションもリッキーと同程度。出来る限り早くお帰りいただきたい相手だ。
店内にいる他の客の反応はそれぞれ。あぁ、たまに来るお貴族様か~とノンビリ構える常連客。貴族御用達店なのか!? と驚く初来店の冒険者。
「君は利益も出ないような値段で特化型ポーションを販売しているじゃないか! それで救われた命がどれだけあるか……!」
大袈裟な演技で感動を表現している。
(ああその話か……)
確かに国の政を司る王族側からしたらこういう小さな話でも有難いことかもしれないと納得した。
(レシピ寄越せって言いにきたのかしら? まぁこれに関しては寄越せと言うなら渡すけど……いくらで買い取ってもらおうかな~)
などと呑気な皮算用を始める始末。
「えっ!?」
トーナが驚いたのは、急にレオーネが跪いたからだ。
「トーナ! 私と結婚しよう!!!」
「……は?」
「レレレレオーネ様!!!!!!!?」
誰よりも驚いているのはトーナではなく苦労人リッキーだ。そして店内にいるお客達。平民の女の子がどうやらお貴族様に求婚されている場面に遭遇し、どうしたらいいのか固まってしまっている。
トーナはもう呆れ顔だ。こいつなら何かしらやらかしてくると思っていたので心の準備は出来ていた。
(それにしても唐突に来たな~)
「詳しい話は上で伺いましょうか……ベルチェ~お店よろしく」
「わかりました」
「なんだ! もう少し感動してくれてもよさそうなものだが?」
「誰が感動なんかするか! ……おっと失礼」
また強い風が吹いて窓と扉がガタガタと大きな音を鳴らして揺れた。リッキーはもうトーナの言葉など聞こえていないようで、主人の奇行に顔を真っ青にしている。
◇◇◇
いつもの殺風景な来客用の部屋で、今日はお茶も出さずに第2王子を座らせている。
「それで? 目的はなんなんですか?」
「やだな~すーぐに裏を読もうとするんだから~」
「裏でもなきゃあんなこと言わないでしょ!」
レオーネのニヒルな笑みがその確信を強める。トーナが早く言えとばかりに圧を強めると、まあ仕方ないかと話始めた。
「君が今回作った特化型ポーションだが、レシピはこちらにもあるんだ。フィアルヴァが残してくれている」
「あら残念。高値で売りつけたかったのに」
と、同時にアレ? と頭を傾けた。
「じゃあどうしてそのレシピを公開してないんですか?」
王家は初級ポーションを含めた基本的な錬金術のレシピを一般に公開していた。こういった流行り病に効くものも同じだ。
「君と違って、他の錬金術師じゃあ同じ効果が得られなくってね」
「え?」
「同じものを創っているはずなのに……不思議だ」
そうして探るようにトーナの反応を見た。
「知らないですよ!? こっちが聞きたいんですけど! なんで!?」
そう言えば、レオーネが使っている変身薬も効果が薄いという話が依然合ったことを思い出す。
「それと結婚の話は全く別の話でしょう!」
急に我に返ったようにリッキーが騒ぎ始めた。
「一体どういうおつもりですか! あ、君は殿下の話を鵜呑みにしないように!!!」
レオーネを責めたり、トーナを牽制したりと忙しそうだ。
「真に受けるわけないじゃないですか~」
トーナは失礼なとばかりにぶすっとリッキーを見返す。
「そんな! 私は本気だよ?」
「殿下!」
「今は殿下禁止~私はレオーネだよ」
そうして今度は呆れ顔のトーナの方を見つめて、
「君はこの国に必要な人材だ。フィアルヴァが王宮を去った今、君がいればどれだけ心強いか」
「それって別に結婚する必要ありませんよね」
冷静に反論する。ここで感情的になるのも癪だからだ。
「じゃあ王宮錬金術として国の為に働いてくれるかい?」
王宮錬金術師はフィアルヴァが去った後、仕方がないことだが明らかにレベルが下がってしまっている。
「嫌で~す」
じゃあって何よ、と不満をあらわにする。リッキーは何か言いたそうだが、今だけはトーナの態度を咎めない。
「ではやはり私の妻になるしかないじゃないか」
「もっと嫌です。飛躍し過ぎでは?」
ふむ。とレオーネは少しだけ考えた後、長々と説明するように一気に話した。
「じゃあこう言おう。私が個人的に君にとても興味を持っている。君のような女性はこれまで出会ったことがないからね。それに君がいれば国にとっても都合がいいんだ。私の妻という肩書があれば王宮錬金術師相手にも大きな顔ができるだろう?」
「まさかの面白れぇ女枠!?」
ついツッコんでしまってトーナは負けた気になった。
「というか、今度は正直すぎでは!?」
包み隠さず話したからかレオーネは満足そうにしていた。
「だっていつまで経っても私の事を信用してくれないようだし。本音を隠さず言ってみたんだ」
「そうですか……」
トーナの嫌だという表情が良くわかる表情を見て少し困ったように笑うと、
「でも無理強いはしないよ。そんなことをしても誰も幸せにならないからね」
レオーネは優しい声で伝えた。
「え!? じゃあ今の騒ぎ必要でした!?」
明日からご近所さんの噂の火消しに走る自分の姿が想像できたトーナは今更気遣われても、と不服そうだ。
「うーん難しいな。大体の令嬢はこうやって優しくすると許してくれるんだけど」
「私だって優しくしたいですよ! やったことの大きさ自覚して下さい!」
だがレオーネは楽しそうに声を上げて笑った。
「とりあえず今日の目標である君に意識してもらうことはできたかな? 本気だってこと、忘れないでね」
そう言うと以前と同じようにトーナの手の甲にキスをした。
トーナはもう力が抜けてされるがままだったが、帰り際にリッキーの腕をつかみ、
「お願いだから貴方のご主人様をどうにかしてくださいっ!」
そっちでコントロールしろと眼光で訴えかけた。
「それが出来れば苦労はしていない……っ!」
と、その悲痛な表情は思わずトーナも同情してしまうほどの苦労を感じさせた。
そうして強風にあおられたリッキーのマントが彼の顔を隠した瞬間、レオーネが目の前からいなくなっており、
「んあぁああ!」
と、悔しそうな声を上げて走っていくのを見送った。
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