第7話 晴れのち曇りの日

 予定通り1週間後、トーナは王都へと戻ることが出来た。アレンとサニーという荷物持ちが増えたおかげで、素材も予定より多く持ち帰ることができ、大満足の採取旅だった。初日の悪天候を除いてあとはずっと天気も良く、採取も捗った。


「お茶でも飲んでってよ!」


 トーナはホクホクと満足そうな表情が続いている。必要な素材も、レアな素材も手に入れた。しかも錬金術師であるサニーはその採取方法や取り扱いも丁寧だ。これがただ雇っただけの冒険者だとこうはいかない。

 さらにアレンがいたおかげで、魔物の気配に神経をすり減らす必要もなかったので、1番の目的である採取に集中できた。

 日頃邪険に扱っているアレンに対してだって、ご機嫌に接することが出来ると言うものだ。


「しかたねぇな~」

「ではおじゃまします」


 アレンは喜びを隠しきれず、サニーはご機嫌なロロと一緒にいられることが嬉しくて、2人とも嬉々としてトーナの錬金術店へと入っていった。


「予定通りだな」

「わっ! リーノ! いらっしゃい」


 リーノが店のカウンターの前に陣取っていた。ちゃっかりベルチェのお茶も飲んでいる。


「わ~! ぼっちゃん。わざわざお出迎えすみません」

「だーれがお出迎えだ! オレを置いて先に行っただろう!」


 珍しく不機嫌な顔つきのリーノはジトっとした視線をサニーに送る。


「だってぼっちゃん付き護衛の準備なんて待っていたら、トーナさんに追いつけないじゃないですか」


 サニーは魔道具を借りるだけ借り、雇い主のリーノを置いてトーナを……ロロを追いかけていた。


「はぁ~まったく……しっかり報告書を提出しろよ」

「もちろんです!」

「それでいいんだ!?」


 思っていた以上に対応が緩くて驚く。雇い主に無礼な態度をとってお咎めなしだなんて。


「サニーの仕事への情熱……いや、探求心はお前も見ただろう? アレを買って雇っているからな」


 やれやれと一息ついていた。


(いい会社だな!?)


 トーナが呆気に取られているのに気が付いたようだ。


「フッ……オレは小さなことをグチグチ言う男じゃないぞ。全体を、未来を見て判断している!」

「ついさっき文句言ってたじゃねーか」


 アレンはリーノが気に入らない。リーノが金を使っての我がライバルに取り込んでいるからだと理由付けているが……。


「はは。オルディス家のご子息に嫉妬いただけるなんて光栄ですね」

「ああ?」


(なーんかめんどくさい雰囲気になってきたわね……)


 トーナの危険感知センサーが反応する。


「はいはい喧嘩しない喧嘩しない。上で待ってて! 美味しいもの食べて落ち着こ!」


 サニーを含めた3人とロロを来客用の部屋に押し込み、トーナは荷物を下ろす。


「ロロ〜誰か騒いだら叱ってあげてね〜」


 という言葉を残していたせいか、お茶とお菓子を部屋に持って入ると、室内はシーンと静まり返っていた。


(やりずら!)


 ロロはトーナが戻ってきたと声を出して喜んでいる。


「ロロ、見張りご苦労様! ちゃんと全員お利口にしてたのね」


 キュウキュウと鳴きながら、アレンとリーノの周りを飛び回った。


 そしてそれを見たサニーが騒ぎ始める。


「皆さん見ました!? やはりロロはトーナさんの言葉を……我々の言葉を理解していますね! しっかりこの部屋の中を見張っていましたよ! 特にあのお2人を!」


 ねぇ!? と、アレンとリーノに同意を求めるが、2人共、そーだな。とそっけない返事だった。


「やはり竜種は知能が高いですね。繁殖方法が確認されている魔物は総じて知能が高いという話ですが、その中でも抜群なのでは!?」

「確かに、教えたわけでもないのに指示には従うわよね」


 なにか訓練を積んだわけではないのに、ロロとの意思疎通はスムーズだった。まだ生まれてそれほど時間が経ってはいないのに。


「しかしロロ、ひと回り大きくなったんじゃないのか?」


 サニーが会話の主導権を握り、ひたすら語り続けるパターンを察したリーノが話題をずらす。今はサニーよりトーナとの会話を楽しみたい。


「よく食べてたもんねぇ」


 それはもうバリバリむしゃむしゃと。まだ幼いと言うのに竜種の強さを垣間見た。


「よしよし。いい子だ。いい飛竜になるんだぞ」

「ぼっちゃん、父親みたいですねぇ!」


 サニーが雇い主に気を利かせた発言をする。彼はリーノのこともよくわかっているので、ポイント稼ぎもお手のものだ。


「まぁ似たようなものだろう! トーナが母親なら尚更な!」

「「はぁぁぁ!?」」


 アレンとトーナの否定、批判の叫び声が被る。


「父親ぁ!? 全く少しも面倒見てないだろう!」


 先に否定したのはアレンだ。


「父親より親戚のおじさんって感じじゃん!」


 トーナもしっかり反論する。

 

「オレの稼いだ金で魔獣を食べ安全な部屋の中でくらせているのです。父としての役割は果たしているでしょう」


 リーノは余裕綽々に返事する。彼の価値観ではこれで充分養育していることになる。


「昭和のオヤジか!?」


 思わずトーナは彼らに理解されないツッコミを入れてしまった。


 先の採取旅ではアレンは確かにロロに魔獣の倒し方を教えようとしていた。ロロの方はツンとした態度だったが、アレンのやり方が効率がいいと気づくと積極的にその方法を取り入れた。だがそれをみて調子に乗ったアレンが、ごちゃごちゃと細かい口出しを始めると、魔獣を狩る真似をしてアレンに雷撃を当てようとしていた。竜にも鬱陶しいという感情があるんだなぁと、トーナとサニーはこっそり観察したのだ。


「アレン様こそ、トーナに取り入りたいからと冒険者の真似事を」

「それはお前んとこの使用人がわざわざ俺に依頼に来たからだろ!」

「はいはいはいはいはい! もうお終い!」


 トーナも久しぶりの採取旅で疲れている。いい加減ノンビリしたいというのに、と徐々に苛立ち始めた。


(ちょっと気を許したらも~~~! これ私が悪いの!?)


 そんなことを考えているが、実は少しも自分が悪いとは思っていないトーナはついにハッキリと言葉にした。


「だいたい良いとこのお坊ちゃん2人が、生まれもわからん女の尻追っかけて! 親が泣くぞ!?」


 アレンもリーノもギョッと目を丸くしている。アレンはトーナへの気持ちを自覚していないし、リーノは自分が好意を寄せていることをこれほど鬱陶しそうに拒絶されるとは思いもしていなかった。


「いい加減成人してるんだからさっさと結婚して落ち着きなさいよ!」


 どうだ正論だろうと、怒りながらもドヤ顔をかますトーナだったが、まさかのサニーから茶々を入れられる。


「口うるさい親戚みたいですねぇ」


(確かに!)


 しかし聞こえないふりだ。


 アレンはあわあわと頭が回っておらず、先に異議を唱えたのはリーノだった。 


「考えが古いぞ! 今時の商家は家柄より聡明さを求めるのだ。優秀な跡取りが必要だからな。……まあもちろん身分があればより好ましくはあるが……」


(考えが古い!? この私が!? この世界の人間より考えが古い!?)


 倫理観を指摘されたトーナは衝撃を受けていた。リーノの小さな声での補足説明を聞き逃すくらいのショックだ。


「学院にいる間は結婚できないんだぞ! そういう取り決めで入学している。結婚したければ学院を辞めるしかないんだ! だいたい、他人の結婚を急かすなんて失礼だろう!」


 アレンも一生懸命考えて反論している。彼はもちろんアチラからもコチラからも卒業後の婚姻話は来ているが、どうも気が乗らずに断り続けていた。


「えー!!? だ、だって……お貴族様も金持ちの家の子も成人したらすぐ結婚してるじゃん!」

「家それぞれだ! 事情も知らずに俺達にあてはめるな!」

「う……ご、ごめんなさい……」


 まさかの正論返しという返り討ちにあったトーナは、ショボショボと小さくなる。話がずれてしまっていることにも気が付かず、この世界の倫理観をいつも上から目線で見ていた自分が古い人間だと言われた衝撃から立ち直れていなかった。

 アレンとリーノはこれ以上の追い打ちはかけてこない。余計なことを言ってボロが出てはまずいとわかっていたのだ。


 そうしてこの話題は曖昧なまま終わった。ショボンとしたトーナを見てロロが2人に向けて電撃砲を放ち、それどころではなくなったからだ。


◇◇◇


 トーナは久しぶりのベッドに転がり目を瞑る。窓からは星が見えなかった。厚い雲で覆われているようだ。


(今日はバタバタしたな~……でも明日からまた忙しいわ。初級ポーションも作らないと在庫が……ランベルトの簡易結界の下準備も……)


 そうして急にガバっとベッドから起き上がる。


「いや、お前らの事情なんか知らんわ! 四の五の言わず大人しくしとけ! 私に絡むな! って言えばよかった~!!!」


 だが今更遅い。

 寝る前になってようやくトーナは捨て台詞を考え付いたのだった。

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