第9話 王族
飛竜の子供は結局ロッシ商会がその身柄を預かることになった。ただやはり幼竜と言えど凶暴で、トーナ以外の言うことを聞かない。
「初めて見た強い者を親と思う……かぁ~」
「流石竜種。強さこそ正義だな!」
ハッハッハ! と、リーノはその性質を気に入ったようだ。
幼い竜は小さいながら魔物の骨を噛み砕く顎と雷撃、ついでに攻撃性もキッチリ備えていた。トーナ以外には牙をむき、少しも懐く様子はない。今も撫でようとしたランベルトの手をバクン! と噛みつこうとする。
「こらダメ!!!」
トーナの伝えたいことがわかったようだ。ダメと言われたことは決してしなかった。……トーナの前では。
だがその様子を見て焦るのは彼女の方だ。
(あぁぁあ……情が移る前にどうにかしないと!)
どう言うわけか、こんな貴重な生き物をトーナに預けようとするリーノになんとか突き返そうと必死だ。
「弱小錬金術店が飛竜なんて飼えるわけないでしょ!? 即ご近所問題よ!!!」
物理的に無理だと主張する。そもそもロッシ商会の案件だ。所有権もそちらにあるとまくしたてた。
「欲のないやつだな。飛竜だぞ? いくらでも儲け話を作れるだろう?」
「今の言葉をまるまる熨斗つけて返すわ!」
ノシ? と首を傾げたが、
「色気のないが価値の高い贈り物だ。嬉しいだろう?」
自分の言動に酔っているように、髪をかき上げて格好をつけるリーノをトーナは一蹴する。
「いらん!!!」
するとリーノの方もやり方を変えてきた。
「ここまで竜が人間の言うことを聞く姿なんて見たことがない。研究も難しい生き物だ。お前が側にいればわかることも増えるだろう。この機を逃すことはないだろう」
「ぐっ……!」
彼は錬金術師の琴線に触れる言葉が良くわかっていた。この
結局、トーナが飛竜の育成に協力する、と言うことで話はついた。
◇◇◇
ロッシ家の屋敷は店と共に王都の
「ロロ~いい子にしてた~? 相変わらず私よりいい生活してるわね~……」
屋敷内に結界が張られた大きなホールを与えられたロロの近くには、ロッシ家お抱えの錬金術師サニーが立っている。彼がこの屋敷でのロロの世話係だ。傷だらけだがとても幸せそうにしている。
ロロと名付けられた飛竜はすくすくと育っていた。トーナがくると嬉しそうに飛び回る。彼女はわりと頻繁にこの部屋へと通い、親代わりを果たしていた。ついでに落ちた飛竜の鱗や、生え変わっていらなくなった牙を持って帰り、いざというときの資産にしようと蓄えている。
『その内、貿易船の護衛竜になるぞ! これ以上心強い護衛もいまい!』
というのが、リーノの見立てだった。
「いい子でしたよ! 僕の手を噛む回数もうんと減って……成長が寂しいくらいです!」
「そ、そう……それはよかった……?」
リーノは忙しくあちこち飛び回っているらしく、屋敷内で出会うことがないのはトーナにとっては有難かった。何と言っても、トーナの身を案じて騒ぐ男が2人もいるのだから。
「これ、よかったら。ポーションと違って染みないと思います」
トーナは手のひらサイズのガラス瓶に入れた塗り薬を渡した。
「わぁ! 助かるなぁ~ありがとうございます! って自分で作れって話ですよねぇ」
エヘヘと笑う顔から察するに、作る気はないことがわかる。彼は錬金術で何かを生み出すよりも、今あるものを観察、研究する方が好きなのだ。
「竜種関連の素材といえば余すことなく使えるというのが常識ですが、ロロがこれだけ魔力があるモノを好んで食べて魔力を蓄えているのをみると、当たり前のように感じ始めましたよ」
そしてその後もベラベラベラベラと話し続ける。
「周りからあれこれ言われてもロッシ商会にいてよかったー!!!」
と、言うのが最近の彼の口癖でもある。
「おぉ! この傷薬、キヤスの雫が入ってます?」
サニーは手に塗った薬をクンクンと匂う。ほんの少しだけ木のような香りがするのだ。トーナの薬もまた、彼の研究欲をそそる対象だった。
「流石! 匂いだけでわかるなんて」
「トーナさんのは通常のレシピといつもほんの少し違うので探すのが楽しみなんですよ。随分研究されたんでしょう」
うんうん。と1人納得して頷いている。
「アハハ……」
(フィアルヴァのレシピ通りに作ってるだけなんだけどね~)
とは言えないので笑って誤魔化すしかない。
◇◇◇
リーノの屋敷から店への帰り道、王都の目抜き通りを歩きながら、トーナは久しぶりにウインドウショッピングを楽しんでいた。流行りのドレスやジュエリーが置いてある高級店に用事はないが、ただ飾られているのを見るだけで満たされる。
(この街のいいところって、こうやって庶民が窓に寄って見てても追い払われたりしないところよね~)
もちろんこういう店は
(身分制度があるにしては平民が暮らしやすくはあるわよね?)
こちらの世界に生まれ変わってもこの国の外に出たことがないトーナには実際のところはわからないが、他国から来た商人や冒険者の話を聞くと、やはりずいぶん暮らしやすくはあるようだった。
(王家がちゃんとしてるって話だけど)
フィアルヴァはトーナに出会う前、王家直属の大賢者だってので、ほんの少しだけ話を聞いたことがあるが、
『つまんないっちゃつまんないんだけど、平和じゃないと研究どころじゃなくなるしな~。そういう意味では名君なんじゃない?』
と言っていたので、実際はかなりマトモな人物なのだろうと想像している。フィアルヴァは真面目な堅物タイプの人間を『つまらない』と言うことが多々あった。絶対に彼の悪ノリに付き合わないタイプという意味だ。
(ん?)
ランカの花屋の前で、なにやら人だかりが出来ていた。
「オーイ! 誰か衛兵を呼べー!!!」
この街で衛兵と言えば治安維持の警備兵の事を言う。ということは、何かトラブルが起こっているということだ。
「お貴族様がバカにしやがって!」
「そんなつもりはないよ」
黒髪黒目の美しい青年が、昼間から酔っぱらっている男に絡まれていた。周囲が簡単に判断できるほど、その青年は綺麗な身なりをしていた。貴族でなくても金持ちであることは間違いないだろう。
(でも1人?)
そんな人がお付きもつけずに街中を出歩くなんて珍しい。いくら治安がよくとも、こういうヤカラがいないわけではないので不用心だ。
酔っ払いも彼の側に護衛が見当たらないからこそ強く出ている。
「おい! いい加減やめろって! 後で大変なことになるぞ! そもそもお前が悪いんだからっ」
「うるせぇぇぇ!」
周囲が止めに入るが、酔っ払いはスイッチが入ってしまっているようで怒りが収まらない。
「どうしたの?」
トーナが顔なじみのランカの奥さんに尋ねた。
「いや~うちの店に来た時からあの人号泣しててさ。どうやら振られた彼女に再度花束を贈ろうとしてたみたいで……イチャモンみたいに難癖つけられちゃってね」
「ありゃ……」
まさか貴族相手に喧嘩を売るなんて……と、
「困ってるアタシを助けにあのお貴族様が話に入って来たのが気に障ったみたいでさ」
大きくため息をついた。
「お前! お前みたいな顔だけのやつに!!! 愛しいコンスタンツェは!!! うぅ……チキショー!!!」
(逆恨みもいいとこじゃん!!!)
ウオォォォと叫んで酔っ払いは青年にツッコんでいった。
「危ない!」
トーナが魔術を発動するより前に、青年は酔っ払いの力を利用して、ポイっと投げ捨ててしまう。
(合気道!?)
おぉ~! っと、歓声が上がった。
酔っ払いはそのままぐったりと伸びてしまっている。
青年はほんの少し困ったように笑って、
「すまないが、誰かポーションを持っていないだろうか?」
透き通るような声だった。
「はいはい。どうぞ」
トーナは腰のポシェットに入っていた初級ポーションを渡す。
「悪いね。後で代金を届けるよ」
「奢りますよ。すごいもの見せてもらったし」
トーナのポーションをのんだ酔っ払いは、我に返ったように地面に頭をつけて青年に詫びた。
青年はちょうどやって来た衛兵に、
「私の声のかけ方がよくなかったのだ。どうかあまり手荒なことはしないであげてくれ」
そう言うと、急いでその場を立ち去って行った。
「はー! なんて清々しいお貴族様だ!」
人々は口々に褒めたたえた。
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