エルキア通りの錬金術店は今日も営業中~のんびり暮らしたい私とそれを許さない現実~
桃月とと
【錬金術師のお店】
王都の中央広場にある時計塔から鐘の音が聞こえる。時刻は10時。のどかな秋晴れの日、トーナはお店の扉の看板を【開店中】にかけ替える。オープン待ちをしていた馴染みの客が、おはよう! と挨拶をしながら店の中へ入って来た。
「最近夜寝つきが悪くって……ほら、前言ってた、なんとかのお香って……」
「レヴァンタ香ですね。お試し分差し上げますので今晩試してみてください。効きが悪ければまた別のものを考えましょう」
「あら!? そんなの悪いわ! ここの商品なら間違いないだろうし買うわよ!」
店員のベルチェがご近所のトルレス夫人に丁寧に接客をしていた。彼は戸棚の上から大きなガラス瓶を下ろすと、中にあるくすんだ紫色をした木屑のようなものを小さなスコップですくうと、手のひらほどの紙袋にパラパラと入れて夫人に手渡した。
「かまいません。夫人にはいつもご利用いただいておりますし。トーナにもご近所様は特に大切にしろと言われているので」
トーナの方は若い冒険者の接客をしていた。どうやら新人らしく、予算や手荷物に加えるべき品物に不安があると、冒険者街で評判を聞いたこの店に相談も兼ねてやってきたのだ。
もう一人の客は店員二人の接客が終わるのを待っている。彼女も常連で買う品物も決まっているが、今は新商品と書かれた塗り薬の説明文を熱心に読んで待っていた。
「お香はポーションと違って効き目が緩いので、これで以前のように眠れるようであればお身体の方は大きな問題はないかと思います。ただ、これでダメな時はまたご相談ください」
ベルチェはいつも無表情だが、それでも何故かお客はいつも彼から気遣いを感じ取ることが出来た。
「……ありがとう。お言葉に甘えるわ。あぁそれと! 旦那用の二日酔い止めのポーション、三本くださいな」
お客はそれぞれが目的のものを購入し、ご機嫌に去って行った。
「最近お香が良く出るわね~」
「急に寒くなりましたからね。何かと体調を崩す人が多いようです」
ここ数日、朝晩の冷え込むが日中はまだまだ暖かい日が多い。
「トーナの作るお香は匂いもいいですから、トルレス夫人も今晩はゆっくり眠れるでしょう」
「だよね~!」
嬉しそうにポーション瓶を並べ直す。健全に承認欲求が満たされて満足していた。
(ああ! これぞ私が望んでいたの生活!)
ちょっぴり誰かに必要とされ、食うに困らない程度に稼ぎ、ストレスなく自由気ままに生きる。ずっとずっと彼女が切望していた理想の暮らしだ。
なのに……。
「あ……」
ベルチェが小さく声を出した瞬間、店のドアベルがなり、一人の青年が入って来た。
「いらっしゃいま……」
振り返りながらトーナは途中で挨拶するのを辞めた。あからさまに嫌そうな顔になる。
「ようトーナ! 今日も暇そうにしてんな」
「アレン……アンタも暇ねぇ~……」
「なんだよ~客が来たってのにその態度!」
魔術学院の首席、未来の魔術師のエースと目される男、アレン・オルディス。オルディス辺境伯の長男で青みがかった銀髪に、深いブルーの瞳の持ち主だった。
(コイツほんと……私の事大好きだよね~~~)
小学生男子のように隙あらばトーナにちょっかいをかけてくるこの男を、いよいよ鬱陶しいと感じる彼女はその気持ちを隠すことはない。
「あ……」
またもやベルチェのつぶやきの後、一人の背の高い男が店の中に入ってきた。赤髪を短く刈り上げ、たれ目で、オレンジ色の瞳は周囲に暖かな印象を持たせた。
「おはようトーナ!」
「あらランベルト、昨日ぶり」
「えへへ……あの、ポーションを」
「一昨日も買ってたじゃない……そもそもランベルトってポーション使う機会あるの?」
「いや、その、同行者とか……」
人懐こい笑顔を浮かべるランベルトは、この国に数人しかいない最高位
「そしたらホラ……これ食べて感想聞かせて。栄養補給用の固形食。味はどうかな」
ベルチェが気を利かせて店の奥から大きな皿を持ってきた。常連さんに渡してるんだ、とトーナは念のため一言付け加えて、四角い少しかためのクッキーを手渡す。冒険者や旅人向けの栄養価の高いお菓子のような食べ物だった。
「すごい! 面白いもの開発してるね!」
「私じゃ試食しすぎてわけわかんなくなっちゃったからさ」
「喜んで引き受けるよ!」
ないはずの尻尾がブンブンとふっているのがわかる喜びようだった。そしてそれを不機嫌そうに見ている男、アレン。
「俺が見てやる! そいつの舌じゃたいしたことはわからないからな!」
敵意むき出しだが、ランベルトは全く意にも介さない。ただ出されたお菓子をもぐもぐと幸せそうに食べていた。
「失礼な男~……あげるから食べたらさっさとオウチに帰りなさいね」
「なっ! またそんな子供扱いしやがって! 同い年だろ!?」
「いらないの?」
呆れ声で尋ねると、ぐぐぐと少し悔しそうに口ごもった後、
「この俺に食べてもらえて感謝するんだな!」
という謎の捨て台詞を吐いてクッキーを口に放り込む。
店は人口密度が上がっていく。扉の開く音がしたかと思うと、さらに煩い男が入って来た。
「さあ! 今日こそオレに買われる気になったか!?」
とんでもない第一声を聞いて、アレンとランベルトが途端に鋭い空気を纏わせて扉の方へ振り向いた。
「何も売るものはありませーん。同業者の方はお帰りくださ~い」
「オレは錬金術師じゃない。ただの大商会の跡取り息子だ!」
この自信に満ち満ちた男はリーノ・ロッシ。自己紹介通り、ロッシ商会という国内有数の貿易商の1人息子である。ブルネットの髪をサッとかき上げ、格好を付けているが誰も何も触れない。
「お前のような出自のわからない女を店ごと買い取ってやるといっているんだ。こんな有難い話はないだろう?」
感謝しろとばかりに上から目線だ。とはいえリーノは家の力を使ってトーナの店を潰すなんてこともしない。むしろ上手く使えば入手が難しい素材を手に入れくれたりと、この失礼な口の悪さだけを除けば(都合の)いい男であった。
「なんだなんだ。今日は騒がしいな」
(んもぉぉぉ! 今日は厄日か!?)
トーナと同じ黒髪黒目の美しい青年が店内へと入って来た。腰に剣を携えた表情のかたいお付きも一緒だ。
「これはこれは殿下。わざわざこんな狭いところにいらっしゃらなくても」
「殿下!?」
店内にいる三人はその単語にギョッと目を丸くする。
「はは! トーナ、そんな冗談……王家への不敬だぞ?」
笑っている風だが笑っていない目をしたこの男は、この国の第二王子のレオハルト。本来は金髪に鮮やかなグリーンの瞳だが、お忍びで城下をうろつく時はいつも黒髪黒目に変装していた。
「それで。ご用向きは? レオーネ様」
レオーネは彼の変装時の名前だ。ここで騒ぎになっても面倒だと、トーナは大人しくすることを選んだ。相手は油断ならない。イマイチ何が本当の目的かわからないのだ。
「フフ。相変わらずつれないね。愛しい君の顔を見に来ただけだよ」
(胡散臭~~~!)
彼の笑顔が完璧なのが余計そう感じさせる。歯の浮くような言葉への返事はトーナの引きつった表情でわかったようだ。レオハルトは面白そうにクスクスと笑っていた。
もちろん今のセリフを聞いて他の三人の男は不意打ちを打たれたかのように動きを止めている。そして一呼吸置いた後、
「「「はぁぁぁぁぁあ!!?」」」
同時に非難めいた声を上げた。
(あーあ……イケメンに見初められてラッキー! なんて浮かれてたあの日の自分を殴りたい……)
最初はよかった。トーナの記憶をさかのぼると、モテ期なんて前世の園児時代が最後だった気がしたからだ。顔もよく立場もある人間からの好意に浮かれもしたが、いざ現実的に考えると、彼らと仲良くすることは彼女の望む平穏な毎日から遠ざかる可能性が高い。
(つーかすでに散々巻き込まれてるし……)
トーナはロマンチストではあるが、根幹は現実主義者だ。このファンタジーの世界を楽しみながらも、地に足のついた生活を手に入れようとしている。彼らの存在はその生活を破壊する、ある種の脅威だった。
「あら~今日は男前がいっぱいだねぇ」
扉のベルと共に息子に付き添われた老女が入って来た。老女の方はなにやら面白そうな気配に笑顔だったが、息子の方は何事かと圧倒されている。
「おはようクランツさん! すぐいつものポーションだしますね!」
トーナはこれで口実が出来たとばかりに、男共を出口へと押し出す。
「はい! ここはイケメンの託児所じゃないんでね。さっさと帰った帰った!」
「えぇ!?」
「いやまだ」
「ちょ……」
「トーナ!」
ごちゃごちゃと言い足りないことがたくさんあるようだったが、全く取り合わずに全員を追い出してわざとらしく扉をバタン! と閉めた。
「うるさくってごめんなさいね~」
「あらあら~これから面白くなりそうだったのに~」
クランツ夫人はフフフと笑った後、
「気楽に考えればいいのよ~人生楽しまなくっちゃ~」
「かぁちゃん!?」
「ハハ……」
気楽に付き合えない激重メンバーとの攻防はまだまだ続く。
平穏な毎日を守るために、トーナは今日も戦います。
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