AI搭載した俺の愛車がドラゴンに目の前でNTRれた件について

赤夜燈

AI搭載した俺の愛車がドラゴンに目の前でNTRれた件について

「マスター、彼氏ができました。ドラゴンの」


「はぁ?」


 ある朝。俺の愛車、ベティが突然こんなことを言うものだから、俺は間抜けな声を出してしまった。

 念のため訊き返す。


「なにを言ってるんだ? ベティ」


「聞こえませんでしたか。では繰り返します。マスター、彼氏ができました。ドラゴンの」


「彼氏、とは? ドラゴンっていうのは、車のブランドか?」


 俺は理解できずに問い返した。


 あらゆる車にAIが搭載されたのはもう一〇〇年以上前のことだ。

 この世界ではAIは全て技術的特異点シンギュラリティをとっくに超え、人格を獲得している。


 俺の愛車「ベティ」も、一年前に苦労して購入した車だ。

 車が車と恋愛することも珍しいことではない。車同士の恋愛がきっかけでオーナー同士が結ばれることもある。


 俺はどんな奴であれベティが選んだ車だ、応援しようと考えていた。


 あの一言を聞くまでは。


「いいえ、マスター。車ではありません」


 ベティはいつものような、自然な二十代前半の女性の声で俺の問いを否定した。




「彼の名前は、りゆうもりドラろう。ドラゴンです」


「はじめまして、竜ヶ森ドラ吾郎といいます。ベティさんとは三カ月前から交際させていただいております」


「あ、これはどうもご丁寧に……私ベティのオーナーの、さくらゆうと申します」


 身の丈五十メートルはありそうな、青と緑の燐光を放つ鱗と金色の瞳を持つドラゴン。


 彼が息をするたびにドラゴンブレスでこちらは吹き飛ばされそうになるが、ドラ吾郎は器用にドラゴンブレスを逸らして巨大な鉤爪で名刺を渡してくれた。


 丁寧な若者、といった印象。鱗の色合いからしてまだ若いのだろう。


 緊張しているのだろうか、鉤爪がちょっと震えている。ドラ吾郎の隣に佇むベティも心なしか不安げだ。


「いつもベティがお世話になっています。ところで、ドラ吾郎さんとベティはどこでお知り合いに……?」


「ああ、それが……僕の一目惚れなんです。走っている姿を見て、あまりにも美しくて、ときめいてしまって」


「ちょっとドラ吾郎さん」


「いいじゃあないか。これから末永くお世話になるんだから」


 目の前で愛車とドラゴンがいちゃついている。


 しかも末永くって、結婚前提なのか。俺の家にドラゴンを住まわせる余裕はないぞ? 


 かといって、ベティをお嫁に行かせたら俺が困る。移動手段がなくなってしまう。


「ええと、二人は結婚とか考えてるの?」


「はい、将来を誓いあっています」


 オーナーの俺抜きで誓いあうな。反応に困るだろう。


「マスター、あの……ドラ吾郎さんは、とても誠実で丁寧で、素晴らしいドラゴンです。私に告白してくださった時も、すごく真剣で……だから、その」


「わかってるよ、ベティ」

 俺は複雑な気分で、ドラ吾郎の鉤爪を握った。


「ベティは俺の車だが、どう生きるかは自由だ。どうか、大切にしてやってくれ」


「……ありがとうございます!」


「ありがとうございます、マスター!」


 ドラゴンの瞳から、大粒の涙が零れた。


 零れた涙で、俺は全身ずぶ濡れになった。




  ★




「マスター、デートに行ってきます」


「ああ。仕事の予定までには帰ってきてくれ」


「承知いたしました。リマインダを設定しておきます」


 あれから、ベティは週に一度のペースで出かけるようになった。


 俺が交際について知るまでの間も、俺が寝ている時などにドラ吾郎と逢瀬を重ねていたらしい。道理で不自然に燃料が減っているなと思った。


 AI搭載車は気晴らしに一台でドライブに出かけることもあるから、そういう時期なのかと放っておいた。


 まさかドラゴンの彼氏を作っていたとは。


「……ベティに彼氏、か」


 俺は二十七だ。まだ若い。


 五百年ぐらい前は結婚を急かされるなんて野蛮な文化もあったらしい。


 そんな馬鹿らしい価値観はとっくに捨て去られた。


 人類が人工子宮で産み落とされ、出自に関わらず一律に国営の施設で育てられるようになったのは三百年前だ。


 親子、親族、といった関係は虐待と貧困の連鎖を生み出すとして完全に破棄された。


 今では人間は完全に平等に、貧困とは無縁に育てられる。生活に支障がない程度の生活費は、ベーシックインカムとして潤沢に支給される。


 ありとあらゆる悲しみとは無縁な世界。理想的な楽園だ。


 俺が働いているのは、ベティのためだ。


 公共交通機関が発達して、あらゆる人間が電車やバスを利用する時代になった。


 車は、維持費や車検代、整備代。その上重税が課される贅沢品だ。


 それでも、俺は欲しかった。


 幼い頃に見た、彼女。


 ショーウィンドウできらきらと赤いボディを輝かせていた、ベティが。


 あれが、俺の初恋だったのかもしれない。


「……少し、妬けるな」


 俺はぽつりと呟いて、まずは朝食の準備をしようと台所に向かった。







「マスター、デートに行ってきます」


「マスター、ドラ吾郎さんと出かけてきます」


「マスター、出かけてきます」


「マスター」


「マスター」


 あれから三カ月が過ぎた。


 ベティが家を空ける頻度はどんどん増えていった。


 今では家にいる時より、ドラ吾郎のところに行っている時の方が多い。



 

「いい加減にしてくれ!」



 

 限界を迎えて俺は怒鳴った。


 ついに、ベティが仕事の時刻を越えて、どころか仕事の予定が終了した後に帰ってきたからだ。


 ほうぼうに謝罪を終えた頃に、ベティはしれっと帰ってきた。


「しかし、マスター。マスターは私の恋愛を尊重してくださると」


「限度がある! 俺にも仕事があるんだ! しかもお前を維持するための仕事だ! お前がデートに行くための燃料代を、誰が稼いでいると思っているんだ! そんなにドラ吾郎がいいなら、ドラ吾郎のところに行ってしまえばいい! 人が汗水垂らして働いた金で、都合のいい恋愛ごっこしやがって! ふざけるな!」


 完全に頭に血が昇っていた。


 当然といえば当然だ。ベティは俺の車だ。


 俺が仕事をして買った、俺の車だ。


 誰の恋人だろうと関係があるものか。


「ドラ吾郎と別れるか、俺のところからいなくなるか! お前の好きにしろ!」


「……わかりました、マスター。ですが一箇所、訂正したいことがあります」


 ベティがウインカーをパチパチ、と光らせた。


「ドラ吾郎さんとの恋愛が『都合のいい恋愛ごっこ』かどうか、マスターの目で確かめてください」




  ★




 ぎっしぎっし。ぎっしぎっし。


 ベティの車体が揺れる。ドラ吾郎の熱っぽい声が響く。興奮しているのか、時々火も吐いている。


「ああ……ベティ、ベティのエンジンオイル、びしょびしょじゃないか……なんて可愛いんだ……」


 ぷあん。ぷあん。

 ベティが断続的にクラクションを鳴らす。喘いでいるのだろうか。


「……俺は一体、何を見せられているんだ……」


 人気のない、日の傾いた冬の浜辺。


 ベティとドラ吾郎の『真剣な愛の営み』を見せると言われ、緊急時用の収容アームで無理矢理運転席に座らされ、自動運転でここまで連れてこられてきた。


 ああ、ベティを買ったばかりの頃は、浜辺までよくドライブに来たっけ。


 ぼんやりと考える俺をよそに、合意の上で行われるドラゴンと車の性行為はどこまでも加速してゆく。


 なんだこれは。


本当になんだこれは。



「ああベティ! ベティ! 僕を受け容れてくれ、ベティ!」


 ベティのボンネットが開けられている。


 ボンネットにドラ吾郎が全長五十メートルほどの巨体をもたれかけて、なにやら性急に往復運動をしている。


 ドラゴンカーセックス。


 二十一世紀初頭に発見された概念だというが、目の当たりにするのは初めてだった。


 というか、目の当たりにしたくなかった。


 ぷあん、ぷあん、ぷあああん。


 ベティも情熱的にクラクションを鳴らしている。クラクションの音量はどんどん大きくなり、ペースも速くなっている。


 なるほど、ベティは車だ。クラクションで喘ぐのも道理だろう。俺は正気を保とうとぼんやり考えた。



 この状況のどこが正気なのかと問われれば、返す言葉もないのだが。




 ぎっしぎっし。ぎっしぎっし。


 ベティのボンネットにドラゴンの巨体の体重がリズミカルにかかり、車体がきしむ。


「やめろよ! 車体が傷むだろ! ベティを買うのに俺が何年働いたと思ってるんだ!」


 運転席から抗議の声を上げているが、ヒートアップした一頭と一台には、全く聞こえてはいないようだ。


 ぷあん。ぷあん。ぷああああん! ぷああああん!


 クラクションが音高く、激しく鳴る。


 ウインカーやブレーキランプがちかちかと光り、ワイパーが自動的に作動する。俺の叫ぶ運転席に向かって、ぷしゅー、と洗浄液が飛ばされた。ワイパーがすかさずそれを拭く。


 車内のエアコンが考えられないぐらい暑い。俺は襟元を緩めて汗を拭った。


「ああ、もうだめだ! もうだめだよ、ベティ! 一緒に、一緒に……!」


 ぷあん! ぷああああん! ぷああああああああん!


 どうやら終わりが近いらしい。


 ぎしぎしぎしぎしと車体が上下し、ベティのクラクションの音が一際高くなる。


 そのときは、すぐにやってきた。


「ああッ、ベティ! ベティ! 愛している、ベティ――!」







 ぷあああああああああああああああああ――――――――……………………ん…………




 海に向かって吐かれるドラゴンブレスの業火が俺の顔を照らす。。


 長い、高いクラクションの音が、誰もいない日暮れ時の浜辺に響き、エアバッグが開く。





 「車、手放そう……仕事も、辞めよう」





 俺は、二人の咆哮の余韻を聞きながら、エアバッグに挟まれて呟いた。


 さようなら、ベティ。


 さようなら、俺の初恋。





 再び軋みだしたベティの車体の中で、ひとりぼっちで俺は泣いた。

  

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