第2話


 私はまた別の引き出しを開けた。開けるだけで空かないから、どんどん部屋が散らかっていくようだった。今の思考回路もまた、同じようなものかもしれない。何においても片付けるのが下手だ。とりあえず、混雑した中身に手を突っ込んでみた。ガチャガチャと音を立てて色々引っ張り出される。

 母に習いながら刺繍をし、初めて作った巾着。指にささった針の痛みを覚えている。綺麗な生成色だったのに、重ねた月日の分だけ斑に変色してしまっていた。心苦しいがさすがにみっともないので、手放そう。

 大学時代、文芸サークルの課外活動で訪れた中華街。あの香る肉汁は忘れられない。そこで買ったチャイナ服姿のパンダストラップが現れた。今でも可愛いが飾りもせず埋もれているくらいなら、手放そう。

 小瓶、布切れ、片方だけのイヤリング。存在も忘れていたような小物はまだまだ出てくる。その都度私はリビングの母に向かって、やや大きめの声を出した。

「母さん、陶器みたいなこう、容器ってどうやって捨てるの」

「んー? まあ不燃ゴミね」

「母さん。手元照らす小型ライト。照明。何ゴミ?」

「不燃ゴミだわ」

「母さん、ねえ、謎の充電器とケーブルは燃えたりする?」

「それはー、うーんちょっと待って。早見表がこの辺に……あったあった。不燃ゴミ!」

「私の部屋不燃ゴミだらけじゃん」

 もちろん燃える方もそれなりにあるが、どうも“買ったものの正直使ってないやつ”はほぼ不燃だった。だからなんだよと思いつつ、古い携帯ラジオを手に取る。法則通りならこれも該当するということか。

「あ、ちょっとちょっと。ひとつ聞かせて、大きな仕掛けで人が出たり消えたりするのはマジックショーよねぇ? 七文字だから絶対いけると思ったのに、他とちっとも合わないのよ。◯リ◯ー◯ヨ◯……ヨは一致するんだけど」

「えー……七文字? リ、ヨ……イ・リ・ユ・ー・ジ・ヨ・ン、でどう」

「イ、リ、ユ……あらほんと! あんた賢いわね」

 称賛に若干気を良くしながら“引き出し開け”を続行する。捨てるものは予想外に多かった。箱よりも袋がどんどん埋まっていく。しかし同時に、箱と袋の中間、床の上にも小さな山が誕生しつつあった。──保留案件である。今この一時を凌いだところで決断を延ばせるものではないのに、どうにも仕分け難い洋服や品物が積もっているのだ。

 学生時代、漫画研究部の後輩が描いてくれた誕生日や卒業を祝うイラスト多数。上手いのもそうじゃないのもたくさんだ。たかが一、二年の付き合い、親しかった子ばかりではないが、人の作品というのは処分しにくくてならない。

 子供の頃に母から譲り受けたアクセサリー。どのみち幼い娘に渡すくらいだからオモチャのようなものなのだが、親から贈られたという事実一点で捨てずらさが勝つ。もうずいぶん昔の話だというのに、難儀なものだ。

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