捨てる女 ─汐見悠の分別─

藤咲 沙久

第1話


 大量の段ボール箱とゴミ袋を並べる。私は大いなる決意をもってしてそれらを見下ろした。箱へは要るものを、袋へは要らないものを。これから自室をその二択でジャッジしていくことになる。

 しかし、部屋いっぱいにある人生三十年分の私物を仕分けるのは容易でない。どういう基準で判断するか、どこに線を引くか。決意などと言っておきながら零れそうになったため息は、飴玉みたいに口の中で転がしておいた。

「こんなことでもないと捨てられないもの、多いから。はるかもこの機会に思いきっておきなさいね。ねぇ名前が二文字の画家ってわかる? なんかこう、いた気がするのよ、画家」

 すぐ真横のリビングから、母の“荷造りのアドバイス”と“クロスワードのヘルプ”が併せて飛んでくる。一度生返事をしながら考えてみて、改めて「モネかマネじゃないの」と返した。

「あーっ、そうね! きっとどっちかね、ありがと」

 曖昧な回答が許容されたところをみるに、始めたばかりのようだ。聞くの早くないかと笑いながら荷物に向き直った。

 こんな機会。本当にそうだ。この年までだらだらと実家に居座っていた私が、他人と生活するための準備をしているなんて。生活だけじゃない、戸籍を共にし、家族になる。新居に持ち込む荷物を選びながら、未だに実感しきれないでいた。どこか感傷的でさえあった。

 今は日課のクロスワードに勤しんでいる母も、結婚まで実家に住んでいたと聞く。引っ越し前は私と似た思いだったのだろうか。もしくは、持ち前のスローペースで構えていた可能性もあった。

(しかしまあ、プロポーズされて泣いちゃうなんてさ。自分にそんな可愛げがあったとか、驚き)

 あちこちと引き出しを開けて回りながら、そんな風に考える。由貴よしたかと付き合って二年。たった二年で人生が変わった。その間に私自身も何かが変わったらしい。少なからず好意があって恋人になったはずの相手に一切の執着を持てない、優先順位を上げられない。元はそういう冷めた女だった私が嬉し涙を流したのだ。どんな魔法を使ったのかと、いつか彼に聞いてみたい。

 冷めた女というのはまったくその通りで、具体的に言えば、電話していいかというお伺いに対し「何か用事あるの?」と素で返したことがある。外出が面倒なんていう理由でデートを断ったこともある。あれでまだ女子高生だったとは、我ながら何とも手強いものだ。まったく当時の恋人には悪いことをした。「汐見しおみ悠被害者の会」のひとりと言える。ちなみに会員は二名。

「……いや。いやいや、なんで元彼の回想にひたらにゃならんのよ。お呼びじゃないっての」

 いけない、うっかり手が止まっていたではないか。それに、別れるにあたって向こうへの不満もそれなりにあったことを主張したい。いやだからこの話はもういい。未練など一ミリも、一ミクロンもなく、それだけは確かなのだ。

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