第14話 力と夢
一週間ほどの滞在を終え、三人はエリア3へと戻った。
アルファ宅にて、再会したニコラはどこかむくれていた。
恐らく、以前の高校生活に戻ったようで心底退屈だったのだろう。が、理人がエリア1限定のうさぎのぬいぐるみをプレゼントすると機嫌は一気に直った。
ニコラはしいて言えばヴィクトリアケーキが好物なのだが、エリア3でも購入できる上、日持ちがしない。
そして何より、ニコラの趣味はぬいぐるみの収集だ。特にうさぎのぬいぐるみがお気に入りらしく、旅行に行ってはより可愛いものをと求めている。理人が土産に持ち帰ったのは特に入手が難しいもので、単身での渡航だったニコラには手に入れられなかったものだった。
「可愛い~~~~!!めっちゃ並んだでしょ?大変だったんじゃない?」
「俺暇だったし」
などと言いつつ理人は頬をかきながら明後日の方向へ目をそらす。
実際、かなりの長時間並んだ。しかも滞在中はあの後ずっと降雪が続き、寒い中店頭で並び続けるのは中々の苦行だった。
「でもほんとありがと!この限定版ずっと欲しかったんだ~~」
そう言って満面の笑みでニコラはぬいぐるみを抱きしめる。ふわふわした毛足の長い生地で作られたぬいぐるみは触り心地も最高だ。
色は無難に白にしようかとアルファにメッセージを送った理人だったが、さすが同じクラスで接する時間も多いからと言ったところか、アルファからの提案でピンクとなった。
ピンク=女子という発想はナンセンスだろうと感じての事だったのだが、「確かに私とか水色白あたりが好きだけど、ピンク好きな子もいるんだって。ていうかニコラの私物ピンク多いもん」というのがアルファの言だった。
一方、土産を広げてわいわいやっている子ども達を残し、英生は二階の仕事部屋――元は重吉の部屋でキアンからの通話を受けていた。
『ソムニウムの拠点だけど、ドーム外だった。それも複数エリア付近に』
この報告に思わず英生は目を見開き、訝し気に問い返す。
「だが近頃はドーム外の気候も厳しい筈だ」
ドーム外の気候が、より一層厳しくなっている事を伝えていた今日のニュースが思い出される。
ドームはさすがに全地域を覆う事ができない。そのため放棄された地区に住んでいた住民の中にはソゴルに反発し、頑なに引っ越しをしなかった者も大勢いる。
ソゴルもある程度はドーム外地域を見舞っているのだが、ドーム内ほどに目は行き届かない。それを踏まえれば拠点をドーム外に構えるというのも当然と言えば当然ではあった。
『拠点は簡易型ドームが設置されているらしいの。――だから』
「やはりジョージが内部に居る……」
『と、思って間違いない』
点が線に繋がった。安堵もあったが、苦々しさの感情の方が大きかった。
+++
キアンとの通話を終え、英生が階下へ戻ると三人は理人の周りに集まって何やら真剣に見ていた。
「何かあったのか?」
英生の声に我に返ったかのように、三人は一斉に顔を上げる。
「こないだの事件あったじゃん」
理人はそう言いつつ英生を見上げた。
「あれがあって、ゼーロスの入会審査が厳しくなるんだって。それと、ソムニウムからも釈明と陳謝があったんだよね」
「だからなんか、思うほど危ない組織じゃないんじゃないかって……思っちゃって」
言葉を濁しながらアルファが呟く。
「……確かに『力を持たない人のため』を謳っていて、少なくとも犯罪組織じゃあない。だが武装組織だからな」
英生は眉根を寄せながらため息をついた。
「あ、あとあのおっさん。レナードさんからなんかディガンマによろしく的なメッセージもあったよ」
と、言いつつ理人は携帯を見せた。
「?――そうか、バッジだな」
「うん」
ゼーロスのメンバーは必ず会員証としてバッジをつけている。パーク街の襲撃事件の際、英生と話す理人に気付いていたのだろう。
その時、理人の携帯へ着信があった。
「えっ……」
理人は表示を見て一瞬固まる。そこには「スペロ」の名前が表示されていた。
益々眉間の皺を深くする英生と携帯とを交互に見つつ、理人はスピーカーモードにして応答した。
しかし、相手は無言だ。
聞き返すべきか否か逡巡していると、静かな声が部屋に響いた。
『力と夢を選べ。我々はそれを提供する』
穏やかな男の声だった。しかし
「何が夢だ!いい加減にしろ!!」
怒りも露わに答えたのは、英生だった。
見た事も無い英生の様子に三人は一様に驚くが、通話の主、スペロからの返答はない。
三人の様子を見てあの時のように漸く我に返ったのか、英生は大きく息をつきながら口を噤む。
耳が痛いほどの沈黙が訪れる。
英生はまだ何か言いたげだったが、落ち着いて言葉を探しているかのようだった。すると
『かくてゼウスの御心からは逃れ難し』
スペロはそう言い、通話は切れた。
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