第3話 突然のヒーロー
轟音を立てて、えぐれた道路がまたえぐれる。
三~四メートルくらいあるのだろうか。大きなスクラップの塊は、まるで意思を持った生物のようにこちらへ向かってくる。
「ぼさっとしてんな!!」
腰が抜けたアルファの両脇を理人が思いっきり持ち上げた。
「いや、はは」
抜けた返事をするアルファと理人の頭上を、大きな腕が風音を立てて薙ぐ。さすがに命の危険を感じてアルファは漸く立ち上がったものの、足に力が入らない。
周りを歩いていたほかの生徒達はとっくに逃げ出し、アルファと理人だけが取り残されていた。
理人に抱えられるようにして飛んだ瞬間、今までいた所にマキナントの腕が直撃した。アスファルトが飛び散り砕け、また地面がえぐれる。
なんとか歩けるようになったアルファは理人と共に近場の裁判所の敷地へ駆け込んだ。騒ぎに気付いた職員達も、同様に逃げ出している。
裁判所には分厚い塀があるから何とかなるのでは。という希望的観測は、マキナントの剛腕でいとも容易く打ち砕かれた。
理人はというと、例の謎の武器、丁度いい感じの金属の棒を手にして無謀にもその足元に飛び掛かる。が、パキンと乾いた音を立てて、謎武器はあっさり折れてしまった。
「あ~~~~やっぱ駄目か!!」
相手は鉄塊、細い金属の棒でどうにかなるとは万が一にも思えない。
二人は敷地内を逃げ惑うが、一向にエージェントの姿は見えない。
「大体なんで私らを襲ってくるわけ!!」
「知らん!!」
聞いても仕方のない事でも、何か会話してないとどうかなりそうだった。ニコラ、まだか。まだか。などとアルファが思った刹那、理人が思い切り転倒した。よく見るといつも几帳面に結んでいる靴紐が解けている。
「理人っ……おっも!!」
さっき自分がされたように、アルファは理人を抱えようとした。しかし理人の体は動かない。アルファより一回り体が大きいとはいえ、びくともだ。恐らく、先ほどのアルファ同様腰が抜けてしまったのだろう。能動的に起き上がれない人間の体は滅茶苦茶重い。
「いいから逃げろ!」
「よくねえわ!!」
言い合いながらアルファは力の限りに理人を引っ張る。しかし無情なるかな。二人は巨大な影にすっぽり覆われ、完全にその腕の射程に入ってしまった。
「ぬああああああああああ!!」
アルファは声ともつかない叫びと共に、更に踏ん張って理人を何とか起こそうとした。するとどうだろう、びくともしなかった理人の体が軽々持ち上がった。火事場の馬鹿力とはこの事を言うのだろうか。
しかし、今まさにあの鋼鉄の腕が頭上にある!
バギン
理人の武器が壊れた音よりもっと大きい。鈍い音だった。
アルファが咄嗟に突き出した右手の先で、マキナントの腕がおかしな形に曲がってた。それ以前に、アルファの右手の甲は青く光り、手の甲には「00(ゼロゼロ)」とも読める記号が浮かんでいた。
目を見開いたまま、アルファは咄嗟に光を振り払おうと手を振った。すると急に目の前の巨体が物凄い勢いで横に飛び、裁判所の塀に叩きつけられた。
「ハァ?!」
目を白黒させつつ手を握ると今度は、マキナントが轟音を立てながら勝手に崩壊していった。
アルファは恐る恐る指を曲げ伸ばしする。すると丁度その位置に対応したマキナントの部位が、べこべこに凹んでいく。
マキナントは完全に機能を停止し、壊れた塀の下でただの鉄くずになっていた。
「マキナントは――?!」
聞き覚えのある大人っぽい声がした。ニコラだ。
綺麗なアイスブルーの瞳をこれ以上ないくらい見開き、鉄くずになったマキナントとアルファ達を交互に見ている。
長い金髪をなびかせて、ニコラはこちらへ駆け寄ってきた。格好こそ同じ学校の制服だが、手には鉄塊のようなグローブをはめている。恐らくあれでマキナントを倒すのだろう。
エージェントの能力とあの物々しいグローブでやっと倒す相手。それがなぜ急に、アルファの手の動きにリンクするみたいに壊れたのかは全くわからない。
そしてふと手を見ると、さっきまであんなに眩しかった光は収まり、「00」の文字だけがぼんやり浮かび上がったままになっていた。
「怪我は」
「かすり傷だと……」
理人が茫然としたまま答えるが、ニコラは手慣れた様子で救急車を要請していた。
「誰が倒したの?アルファ?」
ニコラの鋭い視線を浴びて、アルファは咄嗟に右手を後ろに隠し、愛想笑いをしながら首を傾げる。が、結果的に倒したと言えば倒したし、事実は事実だ。
「たぶん……」
するとニコラは何故か眉根を寄せてため息をつき、明後日の方を向いた。
「あんたも能力が出ちゃったんだ」
信じ難い一言は、まるで憐れむかのようだった。
「私もこうなったのは二年前だった。本部の人達がやってきて、そのまま強制的にスカウトって形」
「……というと」
「あんたもたぶん、エージェントになっちゃう。やだよね、こんなの」
そう言ってニコラは更に長いため息をついた。
辛そうなのは学校で見ていた。でもそんな過酷なの。アルファは脳内で独り言ちながら眉根を寄せた。
「辞退、もしくは逃げるというのは」
「そんな権利あるわけないでしょ。能力持ちは貴重なんだって上の人よく言ってる」
そこまで言って、ニコラはふっと少しだけ笑ってみせた。
「まあでも安心して。別に機密を知ったから引退後に消されるとかそういうのじゃないから。ただ、マキナントが出たら嫌でも出ていかなくちゃいけないし、色々面倒になるってだけ」
アルファが理人に視線だけ向けると、理人は呆気にとられた様子でアルファとニコラを見比べていた。その後は皆言葉も無いまま、救急車のサイレンが遠くから聞こえ始めていた。
+++
「まさかお前が能力持ちって」
夕食の席で、理人が相変わらずぼんやりしたまま呟いた。あの後病院へ運ばれたものの、異常はないという事で家に戻ってきた。それでもあんな出来事の後なので、暫くは安静にするよう、アルファも含めて言われている。
大好物のオムライスを食べかけたまま、アルファはまた自分の右手を見た。でもあの文字は綺麗に消えていた。
言葉が途切れがちになる食卓、皆あまり食が進まない。
なぜか重吉も難しい顔をしたままで、何か考え事をしているようだった。
店はいつも二十一時閉店なのだが、今日は朝一時間開けただけだった。
「能力って言われてもさあ……」
半分ほど残ったオムライスを突きながらアルファもぼやく。このままぐずぐずしているのもいたたまれず、アルファは静かに立ち上がった。
「ジュース取ってくる」
こういう時は景気付けだ。お店の明かりをつけてアルファはレモンソーダを冷蔵庫から取ってきた。売り物なのだが、飲みたい時に飲んで良いと重吉には言われている。理人の好きなエナドリも持ってきたものの、珍しく理人は首を横に振った。
落ち込みは想像以上のようだ。
アルファがレモンソーダを一口飲んだ刹那、玄関の方からノック音が聞こえた。古いこの家にはインターホンという文明の利器は存在しない。
さっき電気つけちゃったから、お店が開いてると勘違いした人かな。もしかしたらお得意先の飲み屋さんかも。などと思いながら、アルファは席を立った重吉の後からついていった。
もし配達なら、落ち込みのどん底にいる理人に代わって手伝おうと思ってだ。
重吉がドアスコープを確認してドアを開ける。するとそこには一人の男の姿があった。
「ご無沙汰しています、
背の高い重吉より更に背の高い男は、重吉を「部長」と呼んだ。
茶色がかった黒髪をゆるく後ろに流し、口元には髭を蓄えている。しかしヘーゼルの瞳は柔らかで、どこか憂いを湛えていた。そして何より端正な顔立ち、イケオジとは彼のための言葉だろう。
まじまじと男を見ながら、アルファは目を丸くする。男前ぶりに驚いたわけではない。その声は、かつて聞いた声だった。
男も同様にアルファを見やり、男が口を開くより先に、アルファは思わず呟いた。
「ヒデちゃん……」
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