第1章 第2節 正義感の源流 心を破壊するいじめ

 俺は、土屋一派から、依然として人気のない所で蹴られたり殴られたりしていた。俺はこの頃から、心の中で「転校する前に、こいつらをぶちのめしてやる。」と復讐を誓った。でも、今の自分じゃ勝てない。勝つ自信がない。


 俺は、土屋一派からのいじめを避けるために、昼休みは図書館に通った。本を読む場所は決まっていた。図書室の先生の目の前の机で本を読んでいた。


 そのことを知っていた土屋一派は昼休みに私を叩いたり、蹴ったり、殴ったりすることができなくなった。私は内心ホッとしていた。やっと心を休める場所が見つかったと思った。昼休みは僅か45分だったが、私にとっては緊張感を癒す救いの時間だった。この時間がずっと続けばいいと願っていた。


 ところがある日、昼休みの終わりのチャイムが鳴り、掃除開始の放送が流された。

私は、庭掃除のため、靴箱に行くと、信じられない光景を目にした。


「俺の、俺の、俺の靴に牛乳が入れられている。両方の靴に。」


 俺は、思わず声を出して泣きたくなったが、ぐっとこらえた。土屋一派の仕業シワザに違いない。その時、突然、


「おい、外国人、お前の靴に何か入っているなあ?汚ねえ靴だなあ。これじゃ掃除に行けないんじゃねえか、ハハハハ。」


 土屋が靴箱の裏の壁から出できた。私の苦しそうにしている顔を見ながら笑っていた。土屋の子分たちも裏の壁から出てきて笑っていた。


「おい、土屋、これが人間のすることか!」


 俺は、カッとなって土屋の胸ぐらをつかんだ。土屋は私のその腕を握りしめて、一本背負いをした。俺の体は弧を描いて宙を舞った。


「ダーン!」


 俺は、靴箱のすのこの上に叩きつけられた。息ができなかった。体全身に痛みが走った。


「おい、茶髪の外人、俺がやった証拠はどこにあるんだ?証拠も知らねえくせにお前は生意気なんだよ!」


 その後、俺の体に乗り、馬乗りになった形で、俺の顔面を殴ってきた。


「ガツン!ガッ!ボコッツ!ドン!ガッ!」


 私は両腕で自分の顔をかばったが、その隙間スキマを狙ってきて殴ってきた。

土屋の殴った一発が私の左の鼻の斜め上に当たり、私は鼻血を出した。すごい量の鼻血だった。それを見た土屋も驚き、殴るのをやめた。


「おい、外人、今度俺の胸をつかんだら、殺すからな、よく覚えておけよ!」


 そう言って、私の体から離れていった。その後、土屋と土屋の子分たちの話し声が聞こえてきた。



「土屋君、強えなあ。すごいよ。」


「土屋君は、道場で柔道を習っているんだぞ、黒帯だぞ。」


「まあな。幼稚園の頃からやっているから4年生で黒帯だぜ。俺の得意技は、さっき見ただろう?一本背負いなんだ。この前はよお、一本背負いで中学2年生に勝ったんだぞ。道場の先生も驚いていたぞ。」


「凄いなあ~、土屋君は。無敵だね。」


「あの荒川良平よりも強いんじゃねえの?」


「荒川って、空手の黒帯の荒川か?」


「そうだよ、荒川も体がでかくて筋肉がすごいらしいからな、皆、怖がっているんだぞ。体も柔らかくて、足が高く上がるって噂じゃん。」


「いやあ、それより土屋君のほうが強いよ。荒川が殴ってきたら、その腕をつかまえて一本背負いすれば楽勝じゃん。ねえ、土屋君?」


「まあな、橋口の言うとおりだ。俺があいつのシャツをつかまえたら絶対に俺が勝つに決まっている。」


「だよね、土屋君が近づいて荒川の制服をつかんだら、土屋君の勝ちだもんね。」


 俺は、土屋と土屋一派の子分たちの話を聴いていた。俺は、小学2年生の頃、荒川良平君と同じクラスだった。体がとても大きかった。でも、弱い者いじめをしない人だった。だからクラスの皆から人気があった。俺も一緒に遊んでいたし、とても優しい人だった。私は密かにそんな荒川良平君にアコガれていた。荒川君が空手を習っていることをその頃から知っていたが、荒川君は、空手のことを皆に自慢したり、威張ったりすることはしなかった。だから、俺は荒川君のことを尊敬し、「あんな男になりたいなあ。」と子供心に尊敬の念を抱いていた。

 

 それから俺は、掃除には行かずに保健室に行った。保健室の先生は私の顔を見てとても驚いていた。


「彰君、鼻血がすごいじゃないの、目の周りも紫色に腫れているわよ。ちょっと鼻を触らせてね。うん、骨折はしていないわね。でも、右目の周りが腫れ上がっているわよ。先生が指を出すから、左目を隠しなさい。今から先生が指を出すから何本に見えるか答えてね。」


「4本。」


「じゃあ、これは?」

「2本。」


「じゃあ、これは?」

「1本。」


「目は大丈夫みたいね。氷の入った袋とタオルを渡すから、タオルで氷をくるんで、右目の周りを冷やすのよ。」

「はい。」


「あなたのクラスの先生は誰なの?」


「迫田先生です。」


「誰に殴られたの。」


「土屋です。」


「ちゃんと、迫田先生に伝えるのよ、いいわね?」


「はい。」


 掃除の時間の終わりを知らせるチャイムがなり、5時間目のチャイムが鳴った。私は、氷で右目を冷やしながら教室に戻った。クラスの皆はとても驚いていた。

「彰君、どうしたの?」

 優しい肝付きもつきさんに声をかけられた。

「彰、土屋に殴られたんだろう?許せないなあ。」

 仲の良かった石神君も怒っていた。でも、正義感の強い石神君でも土屋には勝てなかった。


 5時間目の授業が始まった。担任の暴力教師の迫田先生が私の怪我に気付いた。


「おい、大和ヤマト、その怪我どうした?」


「土屋君に殴られました。土屋君が僕の靴に牛乳を入れていました。」


「土屋、本当か?」


「僕は、大和ヤマトの靴に牛乳を入れていません。証拠もありません。大和が、僕の胸ぐらをツカんできたから、叩きました。」


「大和、暴力は先にしたほうが負けなんだぞ。これからはするな。」


 俺は心の中でつぶやいた。「やっぱりな。暴力教師のくせに、自分の体が小さいから体の大きな土屋を怖がっている。他の者が授業中に騒いだら怒鳴るくせに、土屋が席を離れたり、友達に嫌がらせをしたりしているのを見ていても注意しない。土屋が暴れると、取り押さえることができないからほったらかしだ。最低な教師だ、この迫田って教師は。」俺はずっと教師に絶望感を覚えていた。暴力を振るわれている俺に手を差し伸べてくれる先生は一人もいなかった。残念でならなかった。もう教師は信じない。今はまだ土屋に勝てない。でも、自分が命がけで努力し強くなったら、必ず復讐してやる。


 それからは、俺の靴に牛乳を入れることはなくなった。しかし、私が風邪で高熱を出し、欠席をした次の日、登校して学校用のシューズに履き替えようとしたら、シューズの重さが明らかに違った。重かったのだ。


 シューズの中を見ると、針のようなものがたくさん出ていた。シューズの裏を見ると、画鋲がたくさん見つかった。私は、また声を出して泣きたくなった。でも、ぐっと泣くのをこらえて、そのまま職員室に行った。卑怯で暴力教師の迫田先生に見せたかったからだ。しかし、迫田先生はまだ職員室に来ていなかった。教頭先生と数人の先生しかいなかった。教頭先生が上履きをぶら下げている私に話しかけてきた。


「君は、何年何組の誰ですか?」


「4年7組の大和彰です。」


「大和君の担任は誰ですか?」


「迫田先生です。」


「迫田先生はまだ学校にいらっしゃっていないよ。」


「教頭先生でいいです。僕が登校したら、僕の上履きに画鋲がいっぱい刺さっていました。」


「大和君、職員室に入っていいよ。その上履きを見せてごらん。」


「失礼します。この前は靴に牛乳が入れられていました。今度は、上履きに画鋲がたくさん刺さっていて、上履きの中から針がたくさん出ています。」


「本当だね。こりゃあひどいなあ。迫田先生には、教頭先生から話をしておくから、この画鋲抜きで全部画鋲をとってごらん。教頭先生は右の上履きの画鋲を全部取るから、大和君は左の上履きの画鋲を取ってね。」


 教頭先生は若い先生だった。いい人だと思った。でも、迫田先生に言っておくからといった。教頭先生に期待した自分が愚か者だと知った。もうこのことは、卑怯で暴力教師の迫田先生には黙っておこうと思った。自分より体が大きくて喧嘩の強い土屋の味方をする姿が目に浮かんだからだ。迫田先生は一度土屋を叱って、一本背負いをされてから、なにも注意ができなくなっていた。だから、授業中がワイワイガヤガヤで、今でいう学級崩壊だった。


 俺は、教頭先生に深々と頭を下げてお礼を言った。そして、底が真っ黒になった靴下を履いたままそのシューズを履いた。そして、教室に入ると私の机の上に土屋が座り、土屋一派の子分たちは、私の椅子や周りの机に腰かけていた。


 土屋と土屋一派の子分たちは、私が教室に入ると、ニタニタ笑っていた。

「おい、そこは俺の机だ、どいてくれ。」

「おお、そうだったな。お前の机だったな。」


 土屋はそう言うと、私の机から素直にどいたが、私のシューズをじろじろ見て、ニタニタしていた。土屋の子分たちも笑っていた。


「土屋、お前は俺の上履きに画鋲をたくさん刺さなかったか?」


「はあ?知らねえよ?証拠でもあんのかよ?また、俺の胸ぐらを掴んで来いよ。今度は、靴箱のすのこじゃねえぞ。教室の床だ。床の下はコンクリートだぞ。」


「もう、胸ぐらは掴まないよ。死にたくないからな。」


「ハハハ、俺の強さが分かってきたじゃねえか。」


 そう言うと、土屋と土屋一派の子分たちは、サッカーボールを持って校庭に出て行った。私は、一人で抱え込むことができなかった。泣きそうになったからだ。教室に肝付さんと石神君が来ていたので、シューズの画鋲のことを話した。


「彰、大変だったな。辛かっただろう。」


「彰君、私と石神君も一緒に行くから、3人で迫田先生に言いに行こうよ。」


「美和、やめといたほうがいいよ。彰と俺と美和が3人で迫田先生に話に行っても無駄だよ。成績優秀の美和でさえ、往復ビンタするような先生だから、彰が俺と美和に頼み込んで、先生に話に行ったとなれば、また、彰が暴力教師の迫田先生に恨みを買うことになるんだ。だから、やめておこう。」


「肝付(美和)さん、石神君、ありがとうね。二人に話をしたら、なんだか気持ちが楽になったよ。本当にありがとう。二人が分かってくれれば、それで十分なんだ。」


「彰君、本当にそれでいいの?」


「うん、もういいんだ。」


「彰、お父さんとお母さんにいじめられていることを相談したのか?」


「いや、まだ、相談していないんだ。」


「我慢できなくなったら相談するんだぞ。」


「石神君、ありがとうね。そうするよ。」


 石神君は、3年生のころに土屋と土屋一派の子分たちから酷いいじめを受けていたから僕の気持をよく分かってくれる。石神君はお父さんとお母さんに相談して、校長先生に解決してもらった経緯がある。でも、私は、父と母から僕自身がいじめられるような存在だと思われたくなかった。だから、必死に一人で耐えていた。


 それ以降もいじめは続いた。俺の使っていたとび縄が真ん中から切られていた。いつも机の横についているフックにさげているとび縄が床に落ちていた。拾い上げて見てみるととび縄が真ん中から切られていた。ショックだった。でも我慢して耐えた。


 幼いころから父に言われていた言葉がある。「勧善懲悪」という言葉だ。「善いことを勧めて、悪を懲らしめる。」父は、兄と私に分かりやすいように説明した後、「水戸黄門」の時代劇を見なさいと言ってくれた。善いことを勧める水戸黄門が、悪い代官を懲らしめることの意味がよく理解できた。そのためにも「俺は命がけで強くなってやる」という思いをより一層強くもつようになった。




 





 

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