第1話 何も思いつかない

「はあ!!」

銀のナイフと、獣の牙が交差する。

鈍い金属音が、世界を奏でる。

怒りが、殺意がぶつかり合う。

片や、影の無き少年、アレフ。

ナイフを持ち、迫り来る敵の心臓を撃つ。

4度に至る殺害。アレフが空を見上げる。

六つの火球。世界を、燃やし尽くさんとするそれが、アレフへ飛ぶ。

高い身体能力を活かし、迫り来る火球を避ける。天壤に至る劫火が、世界を燃やし尽くす。

黒煙が、二人を遮った。

片や、混血の少年、シャード。

少年は、黒煙の敵を見つめ、笑っていた。

「ぐっっっ………がぁ……!!」

少年は、潰れた右肩の瞳を、リボルバーのシリンダーを回すように新たな眼を出した。

「がああああぁぁぁぁぁ!!」

少年の右半身が黒い獣と化していた。

獣が、声を荒げる。

龍のような巨大な牙が、シャードの右半身を覆い尽くす。現れるは、巨大な爪。

黒煙のカーテンが消える。

視線を交わす。

「はあ!!」

刃と牙がぶつかり合う。

炎が二人を囲む。ナイフが弾かれ、牙が折れる。

武器を回収する余裕なんてなかった。ナイフを拾わず、牙を作らず、ただ拳を交える。

黒い瞳に映る朱。シャードの右腕が、アレフの心臓を潰した。

「が……」

「俺の勝ちだ、アレフ。お前の旅はここで終わった。門は、閉じさせない」

勝ちを確信したシャードが、ニヤリと笑う。

アレフの視界がぼやけてくる。意識が、肉体が落ちていく。

遠くから多数の足音が聞こえてくる。

「……ちっ……ウルグラか……」

シャードはアレフを変異した右腕で思いっきり投げた。

アレフの身体が川へと落ちる。炎が世界を焼き尽くす。

変異した右腕が元に戻り、今度は足がカンガルーのように強い足へと変化した。シャードは一度、後ろを振り返ると、思いっきり跳躍をした。


遠い、昔の話。

2つの世界があった。

交わることのないはずの、独立した世界。

一方は、豊満な大地、名をマグナカルタ。

多種多様な生命が闊歩する理想郷。

一方は、枯れた大地、名をジャキルア。

死が世界を覆い尽くす理想郷。

ある時、2つの世界をつなぐ、門が現れた。

ジャルキアから食料を求め、多くの命がマグナカルタへ訪れた。

彼らは移民を受け入れた。

長く、平和が続いた。

けれど、根本的に彼らは違った。

月と太陽。影と光。彼らは交わるべきではなかった。

ある時、ジャルキアよりきたれし住民<鬼異>と、マグナカルタの住民〈昏〉二つの世界の戦争が始まった。

全てを焼き切る鬼異。なす術もなくやられていく昏。力の差が余りにも強すぎた。

戦争というよりも、侵略に近かった。

大勢が死に、全てが奪われる。

阿鼻叫喚の地獄が、世界を包んだ。

戦いが終わると、豊かだった筈の緑が、灰色に染まっていた。これでは、ジャルキアと何も変わりない。鬼異達は生き残った、昏を奴隷とした。

何百年が経ち、荒れ果てたディストピアは、生命の都となった。果てに、何十にも鬼異の国が出来た。ある国は、昏を奴隷とし、ある国は、昏と共生をし、ある国は、昏を排除し鬼異だけの国を作った。

昏にとって、どれほど屈辱的だったのだろうか、鬼異には分からない。

仮初の平和、それが今のマグナカルタだった。

不平不満がいつ、爆発してもおかしくはなかった。

二つの人種が共生しているとはいえ、彼らが交わることはなかった。孤立、隔離、扱いは昔から変わっていなかった。

世界は門を中心として広がる。南の果て、ハルカンドラに彼は生まれた。昏と鬼異の混血。虐げられてきた者と、侵略者の子。それは、希望でもあり本来、あり得ない存在だった。黒い髪、名をシャード。

ハルカンドラの隣り、ウェルザードで彼は生まれた。彼は生まれた時から影が無かった。それは、絶望でもあり本来、あり得ない存在だった。彼は前世の記憶を持ってこの世に生まれた。茶色の髪に、水色の瞳。名をアレフ。

この世界で影が無いというのは死と同意義だった。昏と鬼異を別ける一番重要な要素が、影なのだ。

影が無ければ、昏は鬼異を傷つけることはできない。しかし、鬼異が昏を傷つけることはできる。つまり、一方的に攻撃されるのだ。

二人が出会ったのは歳が10になった時だ。

教育を受ける場所、つまり学校で彼らは出会った。初めは皆仲良くしていた。

けれど、歳が重なるにつれて、人はイレギュラーを嫌うようになる。違うものを、排除しようとする。

影が無い、混血、理由はそれだけで充分だ。

標的は二人になった。初めのうちは仲間外れから、酷い時になると物が捨てられていた。

彼らは二人に何かされたわけでは無い。ただ、目障りだった。それだけ。

汚され、迫害され、暴力を振るわれた。

二人は互いを励まし合い心の拠り所にして、何とかイジメを乗り越えていった。

数年の時が経ち、二人は立派な青年となった。

けれど、その瞳はどこか、淀んでいた。

あるとき、二人は旅を始めた。北の果てまで、西の果てまで、東の果てまで、世界中を周った。

とても苦しかった。どこか悲しかった。けれど楽しかった。言葉を喋るトカゲに会った。人と共に生活をする龍がいた。

いつまでも争いを繰り返していた。

巡り巡った旅の果てに二人は考えた。

何故、争いは絶えないのか。

それぞれの結論に至った。

門を閉じ、完全に世界を元に戻すと。

門を壊し、完全に世界を一つにすると。

二人の歯車が狂う。

結局は自分が一番だった。友など二の次だった。考え方の合わなかった二人は別れた。自分の目的を達成するために。その為に、友を殺すことさえ厭わない。

それが、数年前のことだった。

アレフとしては彼が住んでいた世界に帰りたかった。死ねばまた、別世界に行けるのだろう。そう思い何度も自殺を図った。けれども彼は一度たりとも死ぬことができなかった。




「珍しいね。ここに人が来るなんて、何年ぶりだろう」

意識が朦朧とする中で川のせせらぎと少女の声が聞こえる。

「はじめましてかな?いや、三回目か」

重い瞼をこじ開けると背丈に見余る黒い大鎌をかついだ少女が目に映る。

「君が前回死んでからざっと10年か……まあ、頑張った方じゃない?」

あたりを見渡すと、流れが緩やかの三途の川。その傍らで小柄の少女リリスが薪を集めていた。

アレフと目が合うと少女は微笑み積み上げていた枝に火をつけた。







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